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                      <title>rassic｜農を学んで食を知るちょっとおいしいwebマガジン</title>
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                      <description>rassicは農を学んで食を知るちょっとおいしいwebマガジン</description>
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			  <title><![CDATA[佐治の町を守る「たにがみ農園」]]></title>
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			  <pubDate>2020-01-02 13:55:42</pubDate>
			  <description><![CDATA[<h2>わたしたちは「梨のお医者さん」</h2><p class="rassic">鳥取市佐治町で3代にわたって続く「たにがみ農園」の歴史は、昭和23年、当時くわ畑だった場所に植えた15本の梨の苗からはじまります。今では「あっちの斜面も、こっちの斜面も、全部うちの梨です。」とおっしゃるほどに広がった梨園。案内してくださる3代目の雄亮さんの車に乗り込むと、あっという間に山の中へ。</p><p class="rassic">左右に曲がりながら山をぐんぐん登っていくのがわかります。「こんなに高い所にあるんですか？」半信半疑で降り立つと、想像以上に急な斜面に、想像以上の数の梨の木がぎっしりと並んでいました。「斜面が急だから水はけが良くて、陽も良く当たるから木もどんどん上に伸びて、美味しい梨ができるんですよ。」2代目の正樹さんが作業の手を止めて話してくださいました。</p><p class="rassic">梨の生産は、剪定・受粉・摘果など、夏場の収穫期以外にも1年中休みなく世話が必要です。中でも袋がけが2回必要な「20世紀梨」には手間がかり、足場の悪い斜面での作業はとても大変です。収穫を終えた冬は、梨の木の様子を見ながら花芽を剪定します。「一本一本3年先まで想像しながら剪定するんですよ。本来1メートルほどの枝に8つくらい実がなるところ、木の状態によっては花芽を減らして負担を軽くしてやったり…」まさに“梨のお医者さん”です。</p><h2>家族のチームワークこそが「たにがみ農園」の強み</h2><p class="rassic">ひと昔前まで佐治町には300世帯もあったという梨農家も、今では60世帯ほどに減ってしまいました。「どこの梨農家も皆、子どもの世代に強く勧められるわけではないよ。１年中、天候や梨の生育に合わせた生活になるからね。それに、梨は袋がけとか細かい作業が多くて女性の仕事量が意外と多くて大変なんだ。」と正樹さんはおっしゃいます。</p><p class="rassic">「たにがみ農園」は繁忙期には人の手も借りながら、ご家族で続けてこられました。「大変ではあるけど、その辛さを子どもたちには伝わらないようにしてきたからかなあ。」と笑う正樹さん。当然、昔は梨農家の子どもも多く、雄亮さんは中学の卒業アルバムに「友達と二人で梨農家になる！」と書き残したそうです。</p>
<p class="rassic">しかし、実際に梨農家を継いだ友人は一人もなく……「同世代って呼べる仕事仲間はいないんですけど、頑張りますよ。」と、完全な世代交代を目前に控えた3代目の決意を語ってくれました。また、「たにがみ農園」のホームページからもご家族の暖かい雰囲気が伝わります。</p><p class="rassic">それもそのはず！ロゴマークなどのかわいいイラストを描いているのは娘さんなのです。今は離れて暮らす娘さんも「たにがみ農園」を遠くからサポートしてくれているというわけです。「私が生産部長で、息子は販売部長。娘が広告部長で、妻は加工部長、ってとこかなあ？」正樹さんが「加工部長」と呼ぶ奥様は、梨をつかったお菓子の生産をご担当。梨のジャムやシフォンケーキなど、道の駅でもお土産として人気を集めています。</p><h2>佐治の町・未来の子どもたちをも守っていく</h2><p class="rassic">佐治町は「五しの里」と呼ばれ、「梨・和紙・話・石・星」に恵まれた町です。佐治町には、農家さんなど一般の家庭に宿泊し、「五し」に触れる様々な体験ができる民泊事業があります。谷上さんのご自宅も民泊の受け入れに協力されています。「今の子どもたちの生活は土と離れすぎていて、かわいそう。これじゃ生きる力が育たないですよ。」とおっしゃる正樹さんは、民泊にやってくる小・中学生たちに、梨の袋がけ体験や、山の植物、畑の野菜に触れる機会を提供しています。</p><p class="rassic">民泊事業に積極的に関わる雄亮さんは、佐治の町を案内してくださいました。自分の暮らす町の魅力を真剣に伝えていける若者が、今どれだけいるでしょうか。雄亮さんが「たにがみ農園」だけてなく、佐治町にとっても“期待の星”であることを実感しました。これからも「たにがみ農園」は梨作りだけでなく、佐治の町、そして未来の子どもたちをも守り続けていくことでしょう。</p>]]></description>
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		    <item>
			  <title><![CDATA[お客さまへの思いを込めた梨作り／味果園（みかえん）岡部純雄さん]]></title>
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			  <pubDate>2020-01-02 16:18:23</pubDate>
			  <description><![CDATA[<h2>初代より100余年　おいしい梨をたくさんの方へ</h2><p class="rassic">秋の味覚と言えば梨。シャキシャキとした食感と、さわやかな甘みのある果汁が魅力です。鳥取砂丘からほど近い「ふくべ梨狩街道」には約30軒もの梨狩り園が並び、秋になるとたくさんの観光客で溢れます。「ふくべ梨狩り街道」で最大規模を誇る「味果園」では、二十世紀梨をはじめ、新甘泉や新興梨など20種類以上の梨を作っています。</p>
<img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2022/03/mikaen_1.jpg" alt="" /><p class="rassic">初代から100余年、「味果園」4代目の岡部純雄さんは「一人一人の顔が見え、直接意見が聞ける」と、直販のみで営業しており、お客さんの声を大切にしています。最近では、全国各地からのお客さんに加え、香港・韓国・中国などのお客さんも多く、海外の方も梨狩りを楽しんでいます。</p>
<h2>雨の日も濡れない梨狩り　お客さまの立場から</h2><p class="rassic">濡れながらの梨狩りでは、せっかくの楽しみも半減す。雨の日でも、お客さんが濡れずに梨狩りができるようにと、味果園では開閉式のビニールハウス「雨よけハウス」があります。開閉式なので、晴れの日はさわやかな秋風を感じながら梨狩りができます。また、トイレをウォシュレットにしたり、駐車場を整備したりとお客さんの立場に立った設備投資と接客を心がけています。</p><h2>“基本にコツコツ”がお客さまの喜びに</h2><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2022/03/mikaen_2.jpg" alt="" /><p class="rassic">実りの秋に果汁溢れるおいしい梨。その陰には、梨農家の1年間の地道な作業があります。「味果園」では、20種類以上の梨の収穫が終わる12月から3月までは、剪定（せんてい）と棚付けが行われます。樹形を整えながら余分な枝を切り落とし、まんべんなく太陽が当たるように果樹棚に枝を結びつけていきます。「冬の作業を地道にコツコツと、基本に忠実に行うことが大切なんです」と岡部さんは言います。</p><p class="rassic">4月に一斉に梨の花が咲き誇ると人工交配が行われ、実がつくと摘果が行われます。梨は1カ所に8〜10個の実がなるため、その中から形のよいものや大玉になりそうなものを選んで間引いて1個にします。そうして選ばれた梨に袋を掛け、傷や害虫から梨の肌を守ります。梨の成長に合わせて「小袋」と「大袋」の2回、袋駆けが行われます。</p><p class="rassic">こうしてようやく収穫の時期を迎えるのですが、年間を通して休む間もなく、地道な作業で梨作りがされています。<br/>良い梨を作ってお客さまに喜んでもらいたい。そんな梨農家の思いが、秋の味覚を運んでくれるんですね。</p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2022/03/mikaen_1.jpg" alt=""/>]]></description>
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			  <title><![CDATA[若き梨農家が描くこれからの二十世紀梨 / フルーツギフト夢冒険中村理司さん]]></title>
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			  <pubDate>2025-08-29 02:00:51</pubDate>
			  <description><![CDATA[<h2>もともと持っているモノを大切に</h2><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2022/03/yumebouken_1.jpg" alt="フルーツギフト夢冒険中村さん"/><p class="rassic">鳥取の名産と言えば、甘みと酸味が程よく効いた二十一世紀梨。秋の声を聞くと食べたくなりますよね。その梨を鳥取市河原町で栽培する中村理司さんは現在31歳、梨農家の3代目です。神戸のホテルで4年間調理の仕事を経験し、Uターンしました。今は、父親とともに減農薬での梨栽培に取り組んでいます。</p><p class="rassic">減農薬の土作りには肥料は使わず、冬に剪定（せんてい）した梨の枝を粉砕し、チップ状になったものをまきます。「土がもともと持っているモノで育てたいと思っているんです。土自体が栄養を持っていて、それで十分育ちますから」中村さんの言葉からは、豊かな土への愛情と誇りが伝わってきます。思い通りにならない天候で、臨機応変さが求められる梨の栽培。だからこそ日々発見があり、そこに楽しさがあると中村さんは感じています。</p><h2>手間も愛情もかけて育てられる二十世紀梨</h2><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2022/03/yumebouken_2.jpg" alt="nashnouka4"/><p class="rassic">二十世紀梨は、他の品種に比べて栽培が難しいとされています。二十世紀梨は自家受粉しないため、耳かきの綿のような道具を使用して花粉をつけていきます。4月の半ばから、花が咲いている2、3日中に終えねばならず、10人以上で一気に行います。その後、実が小豆大になってくると栄養が行き届くように、摘果（間引き）の作業です。形や大きさを見ながら、10分の1ほどに減らします。</p><p class="rassic">6月になるともっとも大変な袋がけが始まります。袋をかけない品種もありますが、二十世紀梨はまず小袋をかけ、その上からさらに大袋をかけます。虫や病気がつきやすいためです。すべて手作業で、今年は10万袋という気の遠くなるような数を掛けました。このようにしてあのおいしさが生み出されているのです。</p><p class="rassic">そしていよいよ8月末、収穫です！二十世紀梨の収穫時期は2〜3週間と短いため、集中しなければなりません。中村さんは朝4時に起き日の出とともに作業を始め、夜7時頃まで学生アルバイトも参加して総出で行います。</p><p class="rassic">このように手間と愛情をかけて、おいしい二十世紀梨が私たちの手元に届けられます。</p><a href="https://rassic.jp/content/12392" class="tirasi">青梨の傑作「20世紀梨」</a>
<h2>“農業のルネッサンス”を目指して</h2><p class="rassic">中村さんが経営する「フルーツギフト夢冒険」は、農業で経済的に自立することを目標に父親が立ち上げ、以来28年間、生産者直販を続けています。生産から選果と、箱詰め、チラシやダイレクトメールの作成まで、仕事は多岐に渡ります。けれども、その分良いものができた時の喜びも大きく、お客様からの反応が直に伝わる良さがあります。「夢冒険」ではメインとなる二十世紀梨の他に、西条柿やオリジナルの加工品などを販売しています。来年には、梨の新品種“新甘泉”の栽培も始める予定です。</p><p class="rassic">良いところを大切にしながら新しいものも取り入れる――農業のルネッサンスを目指し現在進行中です。</p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2022/03/yumebouken_3.jpg" alt="フルーツギフト夢冒険"/>]]></description>
		      </item>
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			  <title><![CDATA[西尾園さんの「家族の絆の深さ」と「代々受け継がれてきた技術力」を生かした、らっきょう作り／西尾園　西尾祥幸さん]]></title>
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			  <pubDate>2024-05-15 02:00:10</pubDate>
			  <description><![CDATA[<h2>見渡す限り広がる、らっきょう畑</h2><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2022/03/rakkyou_nishioen_1.jpg" alt="福部町の西尾園" /><p class="rassic">「見渡す限り、一面らっきょう畑なのはこの辺りぐらいです。」そう遠くを見ながら話してくれたのは、らっきょう農家である西尾園の西尾祥幸さん。</p><p class="rassic">鳥取砂丘の砂の美術館の脇の道に入ると、「らっきょう畑」と標識に書いてあります。その道を少し走ると、緑の細い葉がぴょんとはねたらっきょう畑が見渡す限り広がっていました。見えるのは、青々としたらっきょう畑と、道と、遠くにうっすら見える海。そして砂丘で人気者のラクダもいます。</p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2022/03/rakkyou_nishioen_2.jpg" alt="西尾園西尾さん" /><p class="rassic">農家さんにお会いすると、ここは〇〇の畑で、隣は〇〇で、と何種類かの野菜を同時に育てている方が多く、これだけ一面に同じ野菜が育てられているという光景をみる経験はありませんでした。それだけ、砂丘で作物は育てることは難しく、その厳しい環境でも強く育つのは、らっきょうくらいなのだと西尾さんは教えてくれました。</p><p class="rassic">元々、砂丘の土地は、戦後に軍から払い下げられた土地でした。「ここで何を作ったら育つだろう」と考え、当時は桃などを育てて見たそうです。今もその名残で桃を作っている農家さんもいらっしゃるそうですが、らっきょうがこの砂地には合う、とらっきょう作りが盛んになっていきました。そして、この鳥取市福部町のらっきょうは「砂丘らっきょう」と呼ばれるようになり、この地の特産品となっていきました。</p><h2>鳥取砂丘で作られたらっきょうの特徴は</h2><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2022/03/rakkyou_nishioen_3.jpg" alt="西尾園のらっきょう" /><p class="rassic">鳥取のらっきょうの特徴は、真っ白なその色と、シャキッとした食感。これはここでないと作れないと西尾さんは言います。その色と食感を作り出しているのが、きめ細やかな砂地のおかげなのです。</p><p class="rassic">ですが、この砂地はとてもやっかいで、栄養が少なく、水通しが良すぎるとのこと。１０キロ肥料を入れても７キロ流れていってしまうそうです。しかし、流れるからといって肥料や水をあげないわけにはいかず、ほどよくいれてあげ、雑草を抜いてあげ、砂が風でかかってしまったら埋もれた部分を出してあげて、と収穫までいろいろな手入れを重ねます。</p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2022/03/rakkyou_nishioen_4.jpg" alt="福部町西尾さんのらっきょう畑" /><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2022/03/rakkyou_nishioen_5.jpg" alt="福部町西尾さんのらっきょう畑" /><p class="rassic">らっきょうは、植え付けの時からとても大変な野菜で、７月２５日頃から８月２０日頃までと一番暑い時期に、中腰になって一つ一つ手で植えていきます。西尾さんのところは１３、４人ほど植え付けの時に手伝ってくれる人が来てくれるそうですが、３日あたりで続けられる人、続けられない人と分かれるといいます。</p><p class="rassic">１０月から１１月上旬ころまで、らっきょうの花が咲きます。みなさん、らっきょうの花は何色かご存知ですか？紫色なんです。一面の紫色の花は圧巻で、観光客の方が見にこられるほどにきれいなのだそうです。その時期にまた訪れたくなりました。</p><p class="rassic">そうしているあいだにも、人件費や時間をかけて雑草を抜く日々が続きます。この作業をしないと肥料が雑草に持っていかれて、大きくならなかったり味が落ちたりします。手間暇をかけ、丁寧に育てられたらっきょうは５月２５日〜６月２５日ころ１０ヶ月の時間を経て、ついに収穫・出荷されます。</p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2022/03/rakkyou_nishioen_6.jpg" alt="西尾園根付きらっきょう" /><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2022/03/rakkyou_nishioen_7.jpg" alt="砂丘らっきょう収穫" /><p class="rassic">収穫されるらっきょうはなんとコンテナ１２００杯ほど。収穫したらっきょうを葉の部分、根の部分を切る作業があるのですが、その作業は４０人もの人の力を借りて出荷作業を行います。次の植え付け作業は７月２５日ころ、ということで出荷から植え付けまで１ヶ月ほどしかなく、らっきょう農家さんにとって５月から８月の３ヶ月間は目が回るほどの忙しさなのです。</p><h2>西尾園さんの強み</h2>
<p class="rassic">「会社員の方が楽でしたよ」と話す西尾さん。</p><p class="rassic">西尾さんは、以前は会社員として働いていましたが、ある日、1人で切り盛りしていたお父さんの体調が悪くなり、戻るか、西尾園がなくなるかという選択を迫られました。「いずれは農業に戻る」という気持ちも心の中にありましたが、いろいろと考えた結果、会社を辞め、２００２年４月から就農することを決めます。半年後、西尾さんが会社を辞め実家に戻ったことを知った弟さんも就農することとなり、家族揃って新しい体制になった西尾園を２０年近く、盛り上げてきました。</p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2022/03/rakkyou_nishioen_8.jpg" alt="西尾園西尾さん" /><p class="rassic">農業を継ぐ際に、先代が亡くなられてから就農される方もいる中で、ご両親と一緒に仕事することができることで、技術の伝承の面での有難さや、やりやすさがあったと西尾さんはおっしゃいます。また、家族経営ならではの密なコミュニケーションにより、円滑に仕事を進めることができるなど、強みを生かしたらっきょう作りをされています。</p><p class="rassic">今後について伺うと、「うちだけ、というより他の農家さんとらっきょう作りはこんなにやりがいがある！と地域で盛り上げていきたいという気持ちがあります」と笑顔でおっしゃっていました。鳥取砂丘で作られたものでしか味わえない、シャキシャキのらっきょう。その味は何代にもわたって、多くの人の手がかけられ、今も大事に守られて来ています。</p>]]></description>
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			  <title><![CDATA[「人」が支え、「手」がつなぐ、福部の砂丘らっきょう／鳥取砂丘・岡野農園　岡野　巧さん]]></title>
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			  <pubDate>2025-06-01 01:00:08</pubDate>
			  <description><![CDATA[<h2>福部の砂丘らっきょう</h2><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2022/03/rakkyou_okanonouen_1.jpg" alt="福部町らっきょう収穫" /><p class="rassic">鳥取県の北東、海沿いにある「鳥取市福部町」は、見渡す限りのらっきょう畑が自慢です。5月下旬の福部町にはカタカタカタカタカタ・・トラクターの音が広大ならっきょう畑に響きます。畑の向こうには青い海、どこまでも続くらっきょうの葉の緑、あちこちに積まれたオレンジ色のコンテナ。</p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2022/03/rakkyou_okanonouen_2.jpg" alt="福部町岡野農園" /><p class="rassic">らっきょうの匂いがふわっと風に乗ってやってくるこの景色は、鳥取の宝とも言えそうな美しさです。鳥取県は全国１位を誇るらっきょうの産地ですが、鳥取砂丘のらっきょうにはどんな特徴があるのでしょう。野菜作りの要は土壌と言われるように、畑の砂が要なのです。</p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2022/03/rakkyou_okanonouen_3.jpg" alt="鳥取砂丘" /><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2022/03/rakkyou_okanonouen_4.jpg" alt="岡野農園の砂丘らっきょう" /><p class="rassic">畑の砂はキメが細かく、水はけが良いため、らっきょうの実の層が薄くなり、シャキシャキとした歯ごたえが生まれます。また、土で育ったらっきょうに比べ、色が白くスッと細身で上品な姿も自慢です。毎年5月20日頃にらっきょうの収穫が解禁され、6月下旬あたりまで収穫作業が続きます。岡野農園の1日の収穫量はなんと、コンテナ180杯分。オレンジ色のコンテナに岡野農園の「お」の文字が光ります。</p><h2>最高の仕事道具は、らっきょう生産に関わるすべての人の「手」</h2><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2022/03/rakkyou_okanonouen_5.jpg" alt="岡野農園らっきょう収穫中" /><p class="rassic">「とりあえず見てごらん。」鳥取砂丘・岡野農園の岡野巧さんの畑で、早速収穫作業を見せていただくことになりました。トラクターの後ろにコンテナが5つ積まれ、準備OK！トラクターが動き出した途端に砂の中のらっきょうが跳ね上がり、ポンポンとおもしろいようにコンテナに入っていきます。</p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2022/03/rakkyou_okanonouen_6.jpg" alt="福部町のらっきょう" /><p class="rassic">よく見てみると、畑は緑色の葉っぱがすべて刈り取られています。つまり、収穫前にまずは葉の刈り取り作業があるということ。そして二人の従業員さんがコンテナの後ろについて進み、らっきょうがバランスよくコンテナに入るように手を入れたり、足元に掘り残しがあれば手で拾い上げてコンテナへ。決してトラクター任せの収穫ではないのです。</p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2022/03/rakkyou_okanonouen_7.jpg" alt="岡野農園らっきょう" /><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2022/03/rakkyou_okanonouen_8.jpg" alt="岡野農園らっきょう収穫コンテナ" /><p class="rassic">収穫後、夕方にはコンテナが次々とトラックに乗せられ、根と茎を一粒ずつ切る「切り子さん」のところへ向かいます。福部町内など近場はもちろん、佐治町など離れたエリアへも運び、掘り立てのらっきょうと入れ替えに前日預けたらっきょうを受け取るという毎日。そして驚くことに、らっきょうは植え付けから収穫まで10ヶ月もの間砂の中にいるのです。植え付けは種用のらっきょうをひと玉ずつ田植えのように手で埋めていくのだそう。植え付けから収穫・出荷まで、らっきょう生産に関わる人の数に驚かされ、そして何よりも重要な仕事道具が「手」であることを実感します。</p><h2>岡野農園三代目の誇り</h2><p class="rassic">らっきょう農家の子は収穫の手伝いをして育ったという方が多い中、岡野さんは「全然手伝わなかったですねえ。」と笑っておっしゃいます。「若い頃は当然継ぐ気もなかったから、親には少しずつ規模を縮小していって。」と話していたというから驚きます。そんな岡野さんに転機が訪れたのは20代半ば。お母様が怪我をされ、仕事を休職して生まれて初めてらっきょうの収穫をした年のことです。その時に感じた「あ、イヤじゃないかも・・」という感覚。そして、その年の収量、収支などの記録を目にしたときの「これ、頑張ったら儲かるんじゃないか！？」というひらめきから、三代目として岡野農園を継ぐことに。</p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2022/03/rakkyou_okanonouen_9.jpg" alt="岡野農園岡野さん" /><p class="rassic">25年たった今では朝夕に組合の仕事もあるという多忙な日々を送りながら、「最近やっと人に任せることを覚えたかな。自分が健康でないと長く続けられないなって思うようになったんで。」とおっしゃいます。後継者問題は当然らっきょう農家全体の問題でもあり、200軒近くあった農家が今や70軒くらいになっているそう。「えらい（大変な）とこばっか見せてたら、そりゃやりたくなくなるよね。こうやったら儲かる！とか、希望を持てるようなことも伝えていかないとね。」岡野農園の繁忙期は10年通い続ける従業員さんたちに支えられ、さらに今年は20年ぶりに戻ってこられた方もいらっしゃいます。まだまだ人の手を借りなければ成り立たないらっきょう栽培、岡野さんのお人柄こそが、岡野農園のらっきょう生産の原点なのです。</p>
<img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2022/03/rakkyou_okanonouen_10.jpg" alt="岡野農園の仲間たち" />]]></description>
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			  <title><![CDATA[ものづくりのプロが引き出す新たならっきょうの魅力 ／株式会社シセイ堂デザイン]]></title>
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			  <pubDate>2024-05-01 08:00:12</pubDate>
			  <description><![CDATA[<h2>新たなフィールドへの挑戦</h2><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2022/03/shiseidodesign_1.jpg" alt="シセイ堂デザイン植木さん" /><p class="rassic">「無から有を創り出す・・これがシセイ堂デザインの理念です。」こうおっしゃるのは鳥取市吉方温泉に本社を構える株式会社シセイ堂デザイン、取締役の植木美恵子さん。グッズ製作や商品パッケージなどのデザインを多く手がけるシセイ堂デザインが、自社ブランドを立ち上げて商品開発から販売まですべてを手がける「らっきょうピクルス」についてお話を伺いました。</p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2022/03/shiseidodesign_2.jpg" alt="らっきょうピクルス" /><p class="rassic">発端となったのは10年前の「とっとりブランド戦略会議」の100品構想。5年間で100社100品の商品を開発し、新たな鳥取を発信するというねらいです。鳥取で活躍するクリエーターやメーカーなどとタッグを組んで挑む新事業で、シセイ堂デザインは特産品である「らっきょう」に目をつけたのです。健康志向が高まる今の時代に合い、鳥取らしい、でも今までにない商品を作りたい！そんな思いから、自社ブランド「スワンセ」は動き出しました。</p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2022/03/shiseidodesign_3.jpg" alt="シセイ堂デザイン宮田さん" /><p class="rassic">食の分野へ踏み出すのは初めてながらも、ものづくりのプロたちは得意分野の「パッケージ」から商品イメージを膨らまし始めました。当時らっきょうといえば、ビニルパウチされた商品ばかり。店頭では寝かせて置くことになるので、どうしても華やかさにかけます。プロダクトデザイナーの宮田さんは「県外でも注目されるような商品作りを目指していたので、瓶詰めの高級感あるスタイルを選びました。」とおっしゃいます。</p><h2>文字通り「試行錯誤」の日々</h2><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2022/03/shiseidodesign_4.jpg" alt="スワンセらっきょうピクルス" /><p class="rassic">鳥取らしい、でも今までにない商品・・商品開発チームが出した答えは「ピクルス」でした。らっきょうをハーブの効いた洋風漬物にすることで、組み合わせるメニューも幅が広がります。プロトタイプを作る日々が続き、ようやくはじめての商品が完成。そして瓶入りのらっきょうにスタイリッシュなラベル、化粧箱も揃い、贈答用としての準備も順調に進んでいきました。</p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2022/03/shiseidodesign_5.jpg" alt="スワンセらっきょうピクルス" /><p class="rassic">バリエーションを増やす際も、100品構想の原点を忘れず、鳥取ならではの食材の組み合わせを大切に丁寧な挑戦を続けます。</p><p class="rassic">中でも「ごはんに合うらっきょう漬け」の商品開発は大きな挑戦でした。果たしてらっきょうが「ごはんの友」になれるのか・・試行錯誤の末、「味噌漬け」に至りました。</p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2022/03/shiseidodesign_6.jpg" alt="ゆず味噌ごはん" /><p class="rassic">ゆず味噌の中にごろっとらっきょうの粒が入っているので食べ応えもしっかり。らっきょうの風味が移った味噌はなんともご飯が進みます。</p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2022/03/shiseidodesign_7.jpg" alt="シセイ堂宮盛さん" /><p class="rassic">「おかげさまで今では、ふるさと納税の返礼品としても喜んでいただいています。」とおっしゃるのは、ブランド戦略室・MD統括マネジャーの富盛さん。</p><h2>卓球10分！らっきょう3粒！まずは社員の健康から</h2><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2022/03/shiseidodesign_8.jpg" alt="らっきょう３粒" /><p class="rassic">取材に伺う直前、本社前を通りがかるとガラスの向こうに卓球をされている人たちがいるのを見かけました。うかがってみると、植木さんは「毎日お昼休みに卓球するんですよ。卓球は誰でも気軽にできるでしょう。社員の健康維持のために会社に卓球台を置いているんですよ。コミュニケーションも取れますしね。」とおっしゃいました。</p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2022/03/shiseidodesign_9.jpg" alt="卓球10分" /><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2022/03/shiseidodesign_10.jpg" alt="らっきょうゆず味噌" /><p class="rassic">なるほど納得！自社ブランドでのらっきょうピクルスへの挑戦も、らっきょうの健康効果に目をつけて始まったのでした。合言葉は「1日に卓球10分！らっきょう3粒！」という社員みなさんの雰囲気が良いのもまた納得です。</p><p class="rassic">スワンセの立ち上げから10年を迎えた今、これからの展望について尋ねると、これまでの丁寧な歩みを実感させるお言葉が戻ってきました。「やめることは簡単でも、続けていくことは難しい。だからこそ心をこめて続けていくことが大事だと思っています。」</p>]]></description>
		      </item>
		    <item>
			  <title><![CDATA[梨農家の1年は、とても熱く充実している／ありのみ倶楽部　前田大生さん]]></title>
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			  <pubDate>2025-09-17 01:00:16</pubDate>
			  <description><![CDATA[<h2>大切に育てた梨をたくさんの人に届けたい</h2><p class="rassic">梨の産地として知られる鳥取県。「ありのみ倶楽部」は、鳥取市の河原町水根にあります。代表である前田大生さんは、両親と兄弟と共に、梨を育てている農家さんです。前田さんのところでは、二十世紀梨はもちろんのこと、鳥取大学が15年の歳月をかけて育種した秋栄（あきばえ）、鳥取県オリジナル品種で甘さの強い新甘泉（しんかんせん）、パンチの効いた酸味の強い新興（しんこう）など珍しい品種を中心に、現在育てている梨は20品種にもなります。</p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2022/03/arinomiclub_1.jpg" alt="ありのみ倶楽部" />
<p class="rassic">前田さんの梨園に足を踏み入れると、梨の木の枝がアーチ状となり、ずっと奥まで並んでいます。そこに、日差しがやさしく差し込んでくる様子はとてもきれいで、太陽の恵みを受けて甘くなった梨が、ここで育っているのだと実感する時間でした。</p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2022/03/arinomiclub_2.jpg" alt="ありのみ倶楽部の梨" /><p class="rassic">梨のシーズンには、収穫した梨を選別して、直売所でお客様に販売する生産直売の農園です。ありのみ倶楽部さんの梨は、鳥取市が運営する「とっとり市」などを通じて、インターネットで購入することもできるので、毎年同じお客様が注文していただけることも多く、全国のお客様に鳥取の梨をお届けしています。</p><h2>梨のかたちを変えるチャレンジ</h2><p class="rassic">梨園の中にある小屋には、すこし大きな機械が置いてあります。その機械はドライフルーツをつくるための乾燥機とのこと。シーズンにはたくさんの梨が収穫できるので、梨をあますことなくお客様にお届けしたいと思い、ドライフルーツにしています。</p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2022/03/arinomiclub_3.jpg" alt="ほしなし" /><p class="rassic">収穫した梨の皮をむいて、薄く切り、丸2日間機械の中で乾燥させてつくります。たくさんの梨を切って40時間も乾燥させてつくるので、実は意外と重労働。そんな手間をかけて手作りする「ほしなし」というドライフルーツは、梨の旨みが凝縮されていて、素材本来のおいしさを感じる味がします。</p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2022/03/arinomiclub_4.jpg" alt="梨ジュース" /><p class="rassic">前田さんはドライフルーツ以外にも、二十世紀梨が1玉まるごと入った梨のゼリーや、鳥取オリジナル品種「爽甘」 を絞った、梨100％のジュースを作っています。特別に試食させていただきましたが、どれも梨の風味が味わえるので梨好きには嬉しい商品でした。</p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2022/03/arinomiclub_5.jpg" alt="梨ゼリー" /><p class="rassic">今までお客様に届けることが出来ず廃棄していた小ぶりな梨や、大量に収穫できる時期に残ってしまう梨を加工することで、大切に育てた梨をあますことなくおいしく食べてもらいたい。それが生産者の素直な想いなのです。</p><h2>これからも新しいなにかを求めて</h2><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2022/03/arinomiclub_6.jpg" alt="ありのみ倶楽部" /><p class="rassic">梨の加工品のすべての発案は、大生さんの父親である前田完治さん。完治さんがやりたいと発案したことを形にしていくのが、大生さんたちご家族のようです。「父はやりたいと言いだしたら、止まらなくなる人」と、すこし困ったような表情を見せる大生さんでしたが、ご家族で協力して、父親のやりたいことを、なんとか形にしていくために日々努力をされています。</p><p class="rassic">ありのみ倶楽部さんでは、梨のほかにも、さくらんぼや桃を育てる観光農園の一面もあります。今年からはシャインマスカットも育てているとのこと。梨の選別をおこなっている倉庫の前には、土の色が新しい開墾中の畑もあり、これからも新しい果物を育てながら、多くのお客様に美味しさをお届けしていこうとしています。</p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2022/03/arinomiclub_7.jpg" alt="ありのみ倶楽部" /><p class="rassic">梨農家では収穫シーズンはもちろんですが、おいしい実がたくさんなるように、土づくりから、受粉、摘果、剪定など、年間を通じて多くの手入れが必要となります。そんな多忙の中、さらにお客様に喜んでいただけるものを提供しようとしている、前田さんご家族が営む「ありのみ倶楽部」。これからさらにどんな新しいことがはじまるのかとても楽しみです。</p>]]></description>
		      </item>
		    <item>
			  <title><![CDATA[お米農家の仕事は米を作ることではない／砂川重雄さん(鳥取市鹿野)]]></title>
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			  <pubDate>2020-01-02 11:42:28</pubDate>
			  <description><![CDATA[<h2>鳥取市鹿野で出会ったお米農家砂川重雄さん</h2><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2022/03/okome_sunakawa_1.jpg" alt="鳥取市のお米" /><p class="rassic">鳥取市鹿野は、鷲峰山など多くの山々に囲まれた豊かな自然があふれる地域。棚田には冷たい水が豊富に流れ、おいしいお米の生産に適しています。一方、斜面が多いため作業がむずかしくなることも多い地域です。特に草刈りは田植え前に大々的に行ってからあとは定期的に作業していきますが、夏場や雨の後は草が伸びるため、斜面の多い中山間地の田んぼは特に大変なのだそうです。</p><p class="rassic">そんな鳥取鹿野で米農家の砂川さんに出会いました。サラリーマン時代に兼業ではじめ、今ではお米作りを専業で営んでいます。砂川さんのお米は「香り」「つや」「甘み」の三拍子揃っていると評判です。美味しいお米の特徴でもある、冷めても美味しいお米だそうです。これは食べてみたいですね！</p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2022/03/okome_sunakawa_2.jpg" alt="お米農家砂川さん"/><p class="rassic">「おいしいお米にはとにかく水と土！」と砂川さん。化学肥料を使わず、木の枝や牛糞・米ぬかなどを三年程寝かせて丁寧に作られた自家製肥料、そして鳥取で取れる紅ズワイなどのカニの殻を使った肥料を使って、長い年月をかけ地道にコツコツと土を作ってきました。これに山から流れるミネラルたっぷりの水が加わり、最高においしいお米ができるというわけですね。</p><h2>お米農家の仕事は米を作ることではない</h2><p class="rassic">「水が入ればあとは人ができることはお手伝いだけ」砂川さんが理想とするのは「江戸時代の農業」。化学肥料を使わず、コツコツ作り上げた田んぼの土に含まれている多くの微生物が良質な土作りを手伝ってくれます。自然にまかせたお米作りは、年によって出来の善し悪しもあります。</p><p class="rassic">その中で、お米農家の役割は、お米自身が最大限の能力を発揮して美味しくなるために、手助けをすることと砂川さんは考えます。田んぼの環境も場所によって変わる中で、偏りが無いように手を入れ、地道に努力をするしかないのだとか。美味しいお米は美味しい田んぼで育つのですね。</p><h2>お米を通販で直販する理由</h2><p class="rassic">みなさんはお米を選ぶとき、どのように選びますか？例えば「コシヒカリ」といった銘柄でも、育った環境、そして作る人によって全く味が違います。実際にお米を通販などで買うときを考えると、地域や銘柄で選ぶことが多いのではないでしょうか。「お米を作る人」からお米を選ぶことはなかなかないと思います。</p><p class="rassic">地域や銘柄に関わらず、普段使いのお米として選んでもらうためには、まず食べてみてもらわないとわかりません。そのため、砂川さんは、お米を直接届けることが出来る販売方法にこだわりを持っています。お米農家のお米が美味しいのは当たりまえ。だからこそ、砂川さんは「砂川さんのお米だから食べたい」と選んでもらう、そんな農家を目指しているのです。</p>]]></description>
		      </item>
		    <item>
			  <title><![CDATA[“大好き”の思いが作り出す 安全とおいしさいっぱいの梨/やぶやフルーツガーデン田中克昌さん]]></title>
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			  <pubDate>2020-01-02 11:49:39</pubDate>
			  <description><![CDATA[<h2>自分次第で可能性が広がる梨栽培</h2><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2022/03/fruitgarden_1.jpg" alt="フルーツガーデン"/><p class="rassic">「小さい頃から大好きだった梨を鳥取で作りたい」と話す、やぶやフルーツガーデンのオーナー田中克昌さんは、根っからの梨好き。出身は屋号（やぶや）にもなっている兵庫県養父市で、営業などいくつかの仕事を経験後、鳥取県で梨農家になりました。やぶやフルーツガーデンは、この地で梨を作っていた方が亡くなり、2014年に田中さんが引き継ぎ始めました。</p><p class="rassic">梨農家の仕事は、想像以上に大変だったけれども、もともとアウトドア派で体を動かすことが好きな田中さんは、それほど苦にしていません。能動的に動けてストレスもなく、自分次第で可能性が広がるのが良いと思っています。</p><p class="rassic">ここでは「二十世紀・幸水・新甘泉」の3種類の梨を栽培・販売しています。梨は赤梨と青梨の2種類に分けられますが、二十世紀は青梨で食感が固めでさっぱりとしています。一方、赤梨の幸水や新甘泉は食感が柔らかめで、甘みが強いのが特徴です。「大ぶりで甘くておいしい梨が収穫できたときの喜びは、何物にも代えがたい」と話す田中さんの言葉からも、大好きな梨を作れることの喜びが伝わってきます。</p><h2>「二十世紀・幸水・新甘泉」に太陽と愛情もたっぷり注いで</h2><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2022/03/fruitgarden_2.jpg" alt="フルーツガーデン梨" /><p class="rassic">やぶやフルーツガーデンの栽培の大きな特徴は2つあります。除草剤をまかずに草を刈ってその草を肥料にすることと、通常カラスや風の被害から守るための網かけ＝ネットを張る作業を行わないこと。できるだけ薬を使わずに自然に近い形で、太陽の光をいっぱい浴びた、安全でおいしい梨を育てたい。その分作業は大変になりますが、全ては甘くておいしい梨作りのために行っています。今後は、通常は行う梨の袋かけもやらずに無袋のまま育てられるように、新しい栽培を考えているそうです。</p><p class="rassic">「梨も生き物。常に手をかけてあげることを大切にしています」と田中さん。何の用がないときでもなるべく果樹園に足を運び、梨の木の状態を見て回っているそうです。このお話からも梨への深い愛情が感じられますね。</p><h2>近隣の農家との付き合いも楽しみの一つ</h2><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2022/03/fruitgarden_3.jpg" alt="フルーツガーデン"/><p class="rassic">梨農家を始める前に研修先としてお世話になったのは、秋栄（あきばえ）という品種の梨をハウス栽培している農家でした。そこで初めて「秋栄」を食べたときの感動が今でも忘れられず、今後の新しい展開のために、秋栄も作っていくことに決めました。さらには、近隣の農家さんに教わりながらブドウや桃、柿などの栽培にもチャレンジしていくつもりです。</p><p class="rassic">「近隣の農家との付き合いも楽しみの一つ」と話す田中さんは、近隣の農家と助け合いや情報交換をしながら、もっともっとおいしさを極めていきたいと意気込んでいます。自然に近い農法を目指す田中さんの挑戦は、これからも続いていきます。</p>]]></description>
		      </item>
		    <item>
			  <title><![CDATA[良い梨作りには「技術よりもまず、良い品種を選ぶこと」／ありのみ倶楽部 前田完治さん・大生さん]]></title>
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			  <pubDate>2020-01-02 12:53:59</pubDate>
			  <description><![CDATA[<h2>多品種の梨を作る農家が選ぶ一押しは!?</h2><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2022/03/nashidukuri_arinomi_1.jpg" alt="ありのみ倶楽部"/><p class="rassic">「技術よりもまず、いい品種を選ぶこと」梨農園「ありのみ倶楽部」の前田さんに、おいしい梨を作るのに必要なことを聞くと、意外な答えが返ってきました。剪定（せんてい）や有機肥料、排水管理といった技術も大事だけれど、何よりも「良いDNAを持ったものを栽培すること」が重要だと、前田さんは断言します。</p><p class="rassic">梨農園「ありのみ倶楽部」は、もともと鳥取県河原町水根で10代以上続く農家です。現在は息子の大生さんに引き継いでいますが、完治さんの先代から始めた梨栽培は、今や鳥取で一、二を争うほど多くの品種扱うようになりました。</p><p class="rassic">中でも前田さん一番のおすすめは秋栄（あきばえ）です。鳥取大学が開発した梨で、糖度が高くコクのある甘味が人気です。この梨は開発途中に問題が起こり、協力していた他の農家が手を引いていきました。けれども前田さんは開発中の教授と協力しながら、最後まで粘ったとか。「ちょっとは商品化の役に立ったかな？」当時を思い出しながら、穏やかに話してくれました。</p><h2>「誰もせんようなことをしてみたい」前田さんの原点</h2><p class="rassic">そんな前田さんですが、農家を継ぐ時には梨に対していい感情ばかりではありませんでした。「誰もしないことをしてみたい」という思いに反し、当時、水根地区の農家はどこでも梨を栽培していたからです。就農後、牛の飼育や花の栽培などの挑戦をしましたがはかばかしくなく、結局梨1本に戻りました。</p><p class="rassic">けれども、現状に甘んじない前田さんは品種開発にかかわったり、常に新しい品種を試したりして、今に至っています。その姿勢の源には、常に「誰もしないことをしてみたい」という、若い頃の初志が貫かれています。</p><h2>情報を制するものが市場を制す</h2><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2022/03/nashidukuri_arinomi_2.jpg" alt="ありのみ倶楽部の梨" /><p class="rassic">梨農家としての前田さんの強みを聞くと、即座に「情報を得ていること」と返ってきました。常にアンテナを張り、新しいものを見つける情報収集力。情報収集手段の一つとしてSNSを活用している前田さんは、年齢経験関係なく面白そうだと感じた相手には自分から積極的につながっていきます。そして得た情報が良さそうだったら、すぐに取り入れてみる思い切りの良さも前田さんの強みです。</p><p class="rassic">さらに後継者がいることも強みとなっています。現在66歳の前田さんは、後継者がいなければ、今ある品種で終わっても十分に思っていました。しかし、息子さん2人が就農し立派な後継者ができた今、これからも農園が続くからこそ、挑戦できると、喜びをにじませます。妥協せず常により良いものを目指して進んでいく姿勢 「生涯現役」の道はまだ続くようです。</p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2022/03/nashidukuri_arinomi_3.jpg alt="ありのみ倶楽部" />]]></description>
		      </item>
		    <item>
			  <title><![CDATA[すべてに対する愛情の深さが美味しさにつながる／山本きのこ園　山本さんご夫妻]]></title>
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			  <pubDate>2025-08-30 08:00:08</pubDate>
			  <description><![CDATA[<h2>山本きのこ園の舞茸</h2><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2022/03/yamamoto_kinoko_1.jpg" alt="山本きのこ園" /><p class="rassic">鳥取市国府町法花寺、田畑の広がる穏やかな風景の中にある「山本きのこ園」。舞茸を生産されている山本隆さんご夫妻を訪ねました。訪ねたのは5月の下旬。「舞茸と田植えが重なるこの時期が1年で一番忙しくてねえ」とおっしゃるや否やさっそく舞茸の生産工程を見せてくださいました。</p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2022/03/yamamoto_kinoko_2.jpg" alt="山本きのこ園" /><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2022/03/yamamoto_kinoko_3.jpg" alt="山本きのこ園" /><p class="rassic">まずはきのこにとって畑の土と同じ役割の培地を作る〈培地室〉へ。培地は「おが粉」と「ふすま」を水で練って作ります。おが粉とは、いわゆる木屑でおがくずよりも粒子が細かいため菌が伸びやすく、ふすまとは小麦の外皮のことで、菌床に加えるのは菌のエサになるから。練り合わせたものをビンに詰めて殺菌すること７時間。そしていよいよ〈接種室〉で菌を植え付けます。〈芽出し室〉で舞茸の芽が出るのを待ち、〈栽培室〉でさらに10日育てます。</p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2022/03/yamamoto_kinoko_4.jpg" alt="山本きのこ園" /><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2022/03/yamamoto_kinoko_5.jpg" alt="山本きのこ園" /><p class="rassic">栽培室に入ると湿度と舞茸の香りがすごい！「本当ですか〜？もう僕らは慣れてしまって何とも思いませんよ。でもよかった、やっぱり香りと歯ごたえが舞茸の美味しさですから。」と笑う山本さん。「それで、ここで妻とバトンタッチなんですわ。」収穫作業は奥様のご担当。梱包・出荷をお手伝いいただくスタッフの出勤前に収穫を終えるというから驚きです。菌床作り、収穫作業と、山本さんご夫妻の仕事は毎朝4時から始まるのです。</p><h2>菌床を最後まで循環させる</h2><p class="rassic">舞茸栽培がこんなに長い道のりで、こんなにも手をかけられているとは驚きの連続でした。けれど、収穫後の菌床の旅はまだまだ続いていくのです！残った菌床は〈かき出し〉という作業を経て、瓶の中から取り出され、砕かれて良質な「肥料」になるのです。それも当然、おが粉にふすま、そして舞茸の菌という栄養満点の肥料です。</p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2022/03/yamamoto_kinoko_6.jpg" alt="山本きのこ園" /><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2022/03/yamamoto_kinoko_7.jpg" alt="山本きのこ園" /><p class="rassic">山本きのこ園では近隣の方に差し上げているそうで、「少しはお役に立てているかなあ。」なんて謙遜される山本さんですが、実は少しどころではないんです。山本きのこ園の隣にはあらゆる野菜や果物そしてお花が気持ち良さそうに育っています。良質な肥料があるからこそ、何を育てても根がよく伸びるんだそう。</p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2022/03/yamamoto_kinoko_8.jpg" alt="山本きのこ園" />
<p class="rassic">中でもいちごは近隣の幼稚園や老人福祉施設の方々が「イチゴ狩り」を楽しみにやってくるそうで、山本きのこ園の舞茸は素晴らしい地域貢献に繋がっているのです。「いいものだからね、菌床を無駄なく使い切りたいものね。」愛情が循環しているのです。</p><h2>奥様と二人三脚で歩んできた21年</h2><p class="rassic">「21年間休みなしですわあ。」さらっとおっしゃる山本さん。「機械が壊れると修理に来てもらっても何日か止まってしまうから、いつも部品を手元に置いといて自分で直すんですよ。」それもそのはず前職はエンジニアで、21年前に、年をとっても雨でもできる施設栽培に挑戦されたのだそう。</p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2022/03/yamamoto_kinoko_9.jpg" alt="山本きのこ園" /><p class="rassic">お父様が椎茸の生産者で林産物に関わる仕事をそばで見てきたこともどこか影響しているのかもしれません。山本さんのお話の中で印象的なのが奥様のお話をされる時。とってもにこやかで嬉しそう。控えめな奥様にもお話を伺うと、「24時間一緒だからね。初めはぶつかったりもしてパートさんが笑ってましたよ。でもお互いにできんことを助け合ってやってるんかな。朝も早いけどお昼寝もしてるから〜。」と、苦労なんて全く感じさせません。</p><p class="rassic">舞茸生産はもちろん、山本菜園とでも呼びたくなるような畑にもお二人の愛情溢れる作物がたくさん実っていました。最高の品質を保てるように、自分たちのできる量を守って作っているから・・すべてに対する愛情の深さが美味しさにつながる、ということを山本きのこ園で教わりました。</p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2022/03/yamamoto_kinoko_10.jpg" alt="山本きのこ園" />]]></description>
		      </item>
		    <item>
			  <title><![CDATA[鳥取で梨一筋、まえた農園前田真也さん。]]></title>
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			  <pubDate>2020-01-01 18:13:03</pubDate>
			  <description><![CDATA[<h2>鳥取で梨一筋、まえた農園前田真也さん</h2><p class="rassic">鳥取で梨一筋で梨を作り続けるまえた農園前田真也さん。そんな前田さんに、梨作りと販売方法への想いを伺いました。</p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2022/03/maetanouen_maetashinya_1.jpg" alt="まえた農園前田さん" /><p class="rassic">「先々代はずっと市場に梨を出荷していたんですが、自分の父親の代から直売に切り替えたんです。選果場に梨を出荷して終わり。とにかく数をさばけばいい。でも、お客様が実際に手に取ったときの驚きの表情や、また買いに来てくれるニコニコした表情を見られないなんて、もったいないじゃないですか。」買いにきてくれる人の表情を思い浮かべると、梨の出荷がピークの期間、連日15時間にも及ぶ仕事も苦ではないそうです。ギフト梱包をし、翌日には関東に住むお客様にも届けることが出来ます。</p><h2>梨は鮮度が命</h2><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2022/03/maetanouen_maetashinya_2.jpg" alt="あきづきの出荷"/><p class="rassic">「どうしてもスーパーなどに並べようとすると、梨は鮮度が命。5～6日後にしか店頭に販売されない。そういう意味でも、直売に切り替えた父の判断には自分も心から共感しています。」</p><p class="rassic">前田さんのお父さんの趣味は、自作のログハウスに人を呼び、仲間と酒を酌み交わすことでした。どんなに苦しいことがあっても、仲間と笑って酒を飲めば元気になれる。「お客様にも、自分が作った梨を食べることで、笑顔を一緒に届けたい。」まるでお父様が生きていてそのセリフを私に伝えてくれたかのように、前田さんご自身が最後に話してくれました。</p><h2>梨を直販で届けること</h2><p class="rassic">梨の販売を直販に切り替えてからは、作ることが半分、売り先を探すことが半分のハードな日々。父が亡くなってからは母と二人、250本の梨の木を育てています。今年の秋もすでに常連さんからのオーダーが入ってきており、届ける方の笑顔を想像しながら、今日も前田さんは農作業をこなします。その笑顔のひとつに、あなたもなってみませんか？</p>]]></description>
		      </item>
		    <item>
			  <title><![CDATA[挑戦し続ける梨のプロフェッショナル／広岡農場 漆原泰雄さん]]></title>
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			  <pubDate>2020-01-01 18:27:47</pubDate>
			  <description><![CDATA[<h2>自然を活かした栽培にこだわる梨作り</h2><p class="rassic">鳥取市を一望できる高台に広岡農場さんはあります。昭和46年、先代が鳥取市を一望できる場所で梨づくりをしたいということから広岡地区での梨づくりがはじまりました。高台のため、水環境の管理が大変ですが、高低差を利用して、水環境を整えながら今日まで歩まれてこられました。収穫時期を早めたり遅らせたりせずに、あくまで自然状況に合わせて栽培されています。自然な成長と人間の欲する時期というのは自然と合うというのが鉄則のようです。</p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2022/03/hirookanoujo_urushibara_1.jpg" alt="広岡農場からの眺め"/><p class="rassic">自然な成長をさせるために、16haのうち5haしか梨はつくっていないとのこと。日当たりや風通しの良い環境作りをしてあげることで、のびのびとして美味しい梨が出来ます。しかも梨は全て自然の恵みを活かした露地栽培。土は梨に最適な赤土を使用しミネラルたっぷりの梨が出来るようにしています。</p><h2>梨そして青果を1年間楽しんでもらいたい</h2><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2022/03/hirookanoujo_urushibara_2a.jpg" alt="広岡農場の漆原さん" /><p class="rassic">お客様第一を掲げる広岡農場さんは二十世紀をはじめ新甘泉、夏さやかなどさまざまな品種の梨を栽培しています。そのため8月から1月まで長い時期梨を楽しんでもらえるとのこと。梨は甘さ・酸味・水分のバランスが絶妙な大きな玉で出荷されます。皆さん口を揃えて広岡農場さんの梨はどこよりも玉が大きく立派で、それでいてみずみずしいと話されます。</p><p class="rassic">また、「のどごしを意識している」と話されていた通り、実際に梨を食べさせていただいたとき、口に入れたときの水分の広がりがすばらしかったです。甘さ・酸味・水分の最高のバランスで出荷し、お客様に最高の梨を届けたいという想いが伝わる逸品です。梨の時期以外には、桃・いちじく・梅・柿も栽培されておられ、年中楽しめるように工夫をしています。</p><p class="rassic">お客様への想いはこれだけに留まらず、梨のスパークリングワインや梨ワイン、梅ドリンクなど食べる果実としてではなく、飲む果実としても生産されておられます。1年中販売できる商品を模索していた際に海外でシードル（りんごのお酒）に出会い、梨の方がすっきりしたものがつくれるのではと思い、製品化されたそう。お客様に梨を1年中楽しんでほしいという漆原さんの情熱は尽きることはありません。</p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2022/03/hirookanoujo_urushibara_2.jpg" alt="広岡農場梨" /><h2>6次産業化へ―そして世界に挑む</h2><p class="rassic">次々と6次産業化されている漆原さんですが、つくられている梨や製品は海外に輸出もされているそうです。それも「鳥取を知ってもらいたい」という想いから。鳥取に世界から人が来るような場所をつくりたいと今度はレストラン経営も計画されているそう。鳥取市を一望できる高台という立地で、おいしい梨のワインと料理を堪能して鳥取の魅力を感じてほしいと話されます。</p><p class="rassic">世界へ販路を拡大されるときに日本貿易振興機構（ジェトロ）の協力を得て世界進出に成功されましたが、ジェトロの活用事例としては農業関係ではじめてだったそうです。「人のつながりのおかげで今があり、いろいろな人に逢うことで気が引き締まるよ」。いつも初心の気持ちで挑み続ける漆原さん。全ては世界中のお客さまのために、そして先代から受け継がれてきた農園を守るために、今日も漆原さんの挑戦は続きます。</p>]]></description>
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		    <item>
			  <title><![CDATA[人にもイチゴにも 快適な環境をつくる／香川・三豊市　横山 千恵さん　]]></title>
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			  <pubDate>2025-04-15 04:00:36</pubDate>
			  <description><![CDATA[<h2>きっかけは「さぬきひめ」との出会い</h2><p class="rassic">結婚当初は横山さんも、ご主人も会社勤めでした。ご主人の実家は農家でしたが、お二人が就農する予定はなかったそうです。しかしご主人が、香川県オリジナル品種のイチゴ「さぬきひめ」をテレビで知り「これや！これをやりたい」と言い出したときからお二人の人生が変わることになります。</p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2021/03/yoko_1.jpg" alt="横山千恵" /><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2021/03/yoko_2.jpg" alt="横山千恵" /><p class="rassic">当時横山さんは、農業だけで生活できないのではないかと不安で就農を決めかねていました。考えが変わったのは応募で参加したバスツアーです。訪れたイチゴ農園で、「さぬきひめ」を食べて感動しました。「もともとイチゴを食べるほうじゃなかったのですが、そのときに食べたイチゴが本当に美味しかったんです。こんな美味しいイチゴを作りたい！と思いました」香川県で栽培が始まってからまだ数年のことでした。「さぬきひめ」は、甘味と酸味のバランスが絶妙で、果汁が多くみずみずしい食感です。鮮やかな赤色で形が可愛くケーキ屋さんにも引き合いがあります。</p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2021/03/yoko_3.jpg" alt="横山千恵" /><p class="rassic">横山さんが本格的に「さぬきひめ」の栽培に携わり始めたのは、ご主人が 1 年間農業研修を受けた後でした。当然横山さんは初めてのことばかり。JAや先輩農家の助言を受けながら試行錯誤を続けました。就農当初、一番大変だったのはパック詰めです。</p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2021/03/yoko_4.jpg" alt="横山千恵" /><p class="rassic">「粒の大きさごとに選別して向きを揃えながら詰めていくのですが、重量を合わせることには特に苦労しました。当時は、詰め作業用の重量判別機をまだ持っていなかったんです。家庭用の計量器だったので、1粒ずつ調整するのに時間がかかりました。またイチゴの果実はとても繊細です。少しでも力を入れ過ぎると傷つき出荷できなくなってしまうので、持つ力の加減が難しく、何度も失敗を重ねながら覚えました」。</p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2021/03/yoko_5.jpg" alt="横山千恵" /><h2>若い人のお手本になりたい</h2><p class="rassic">高齢化は進んでいるものの、西讃地域では県外から移住して農業を始める人や、地元で新しくイチゴ栽培を始める人もいます。横山さんは、若い移住者の見学や中学校の職場体験などを積極的に受け入れています。そして若い人のお手本になれるよう、自分たちが得た知識はどんどん伝えていきたいと考えています。「これからイチゴ栽培を始める若い人たちに楽しく仕事をしてもらえたらと思います。必要ない苦労はしなくていいですから」 。</p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2021/03/yoko_6.jpg" alt="横山千恵" /><h2>イチゴとともに自分の人生も輝く</h2><p class="rassic">横山さんのハウスは、イチゴも人も快適に過ごせる環境づくりを心がけています。まずハウス内には音楽が流れています。これは近所の小学校からオルゴールの音楽が流れてきたときに、イチゴも音楽聞いたら気持ちよく育ってくれるのではと思って始めました。また毎日の掃除は特に気を配り、清潔な環境を保っています。そしてハウスの一角には木製のテーブルと椅子が並べられた休憩スペースを設けています。</p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2021/03/yoko_7.jpg" alt="横山千恵" /><p class="rassic">「楽しくイチゴ作り！」をモットーにしている横山さん。楽しみながらイチゴ栽培を続けるにつれ、横山さん自身にも変化があったといいます。「もし会社員を続けていたら、変わらない人間関係の中で生きていたかもしれません。しかしイチゴ栽培を続けたおかげで、これまで出会えなかった人に会えることができました。本当にイチゴ農家になってよかったです」。前向きにイチゴ栽培に取り組むことで横山さん自身も輝く日々を送っています。</p>]]></description>
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			  <title><![CDATA[夫婦二人三脚で地域の魅力を高める 商品開発に取り組む／香川・三豊市　組橋 愛子さん　]]></title>
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			  <pubDate>2025-05-15 03:00:41</pubDate>
			  <description><![CDATA[<h2>「三豊市の果物」をお客様に直接届けること</h2><p class="rassic">組橋さんは「まるく農園」の名前で、みかんやキウイをショッピングモールの産直コーナーやインターネットを通じて販売しています。販売当初、香川県のみかんは県外の認知度が低く苦労することもありました。しかしお歳暮などの注文を受けて県外にも発送する機会が少しずつ増え、リピーターにも繋がっていきました。</p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2021/03/kumi_1.jpg" alt="組橋愛子" /><p class="rassic">みかんの箱詰めは組橋さんの仕事。現在は年間3000件分の箱詰めをひとりで対応しています。「出荷のピークは12月です。忙しさで頭が真っ白になるときもありますが、お客様から直接美味しかったという声が届くと丁寧に箱詰めしようと思います」。</p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2021/03/kumi_5.jpg" alt="組橋愛子" /><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2021/03/kumi_6.jpg" alt="組橋愛子" /><p class="rassic">農業は食の原点なのでお客様の声が近いとのこと。農園から直接販売しているため、責任とやりがいはひとしおです。</p><h2>「農家が農家のためにやる地域商社」を目指す</h2><p class="rassic">「箱詰めはもちろん、営業、販路の開拓まで全てやっています」と組橋さん。ご主人が代表を務める「みとよのみプロジェクト」にも携わっています。「みとよのみプロジェクト」は、三豊市にある農水産物の販売や商品開発を行い、一次産業の新しい魅力を発掘しています。行政などから援助を受けて立ち上げたこのプロジェクトは、将来的に三豊市の農家自身で経営していくことを目標にしています。</p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2021/03/kumi_3.jpg" alt="組橋愛子" /><p class="rassic">「先頭を切って三豊市の農業のために活動している夫を見ていると、私も頑張らなくてはと思います」と前向きな気持ちで取り組んでいます。</p><h2>夢だった食品加工にチャレンジ</h2><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2021/03/kumi_7.jpg" alt="組橋愛子" /><p class="rassic">栽培、出荷作業、農園の経営といった幅広いサポートを担う組橋さんには、食品加工をしたいという夢がありました。その第一歩として始めたのがキウイのドライフルーツ製造です。「運良くタイミングが重なりました。機械メーカーの営業の人が来たり、みとよのみプロジェクトで周囲の人たちがサポートしてくれたり・・・たくさんの人達の支えがあって、商品開発、販売まで実現できました」。</p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2021/03/kumi_2.jpg" alt="組橋愛子" /><p class="rassic">もちろん最初はメーカーの担当者に機械の使い方を教えてもらいながら、手探りの日々が続きました。「加工に適した熟度がいつなのか。その見極めが出来るようになることが最初の難関でした。キウイの個体差や季節などによって加減は異なります。試作を重ねてようやく、キウイを触ったら分かるくらいになりました。出荷時の選別経験がここで役に立ったと思います」。</p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2021/03/kumi_4.jpg" alt="組橋愛子" /><p class="rassic">多くの方との出会いが重なり、夢だった食品加工への道を踏み出した組橋さん。組橋さんのドライフルーツは現在県産品ショップなどで販売されています。今後は日頃からドライフルーツを求める方々に知ってもらえるよう、関西や首都圏を中心に販路を広げていきたいと話してくれました。</p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2021/03/kumi_8.jpg" alt="組橋愛子" /><p class="rassic">組橋さんのみかん畑の眼下には海が見えます。「ここは眺めがいいでしょう」と組橋さんの顔がほころびます。今後もこの三豊市で、ご主人と二人三脚で農業に取り組んでいきます。</p>]]></description>
		      </item>
		    <item>
			  <title><![CDATA[地場産の野菜を家族でずっと守り続ける／香川県・坂出市　大西 泰加さん]]></title>
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			  <pubDate>2024-04-30 02:00:09</pubDate>
			  <description><![CDATA[<h2>野菜生産と和牛の繁殖、相乗効果で好循環</h2><p class="rassic">大西さん夫妻は結婚した当時は働きに出ていて、ご両親が酪農と金時にんじん、金時いも、米の栽培をしていました。大西さん自身は子供が生まれてから仕事を辞め、育児に専念しました。その後ご主人から会社を辞めて農業をしたいと相談され、一緒に就農することを決めました。</p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2021/03/oonishi_nin_1.jpg" alt="大西泰加" /><p class="rassic">専業にするなら毎月出荷できるようにと品目を増やし、収入の安定を図ることに。すでに栽培していた金時にんじん、金時いもと収穫時期が重ならないブロッコリーやアスパラガスの栽培を開始しました。また酪農をしていたご両親が、和牛の子牛生産に切替えました。和牛の生産は毎日朝夕の搾乳作業がなく、餌やりと体調管理が中心となるためご両親の負担が軽減され、さらに野菜と組み合わせることで別のメリットも生まれました。</p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2021/03/oonishi_nin_2.jpg" alt="大西泰加" /><p class="rassic">「畑ではどうしても売り物にならない野菜が出てしまいます。うちの牛はその野菜を食べているんです。無駄なく良い循環だと思います」。大西家の和牛は小豆島に運ばれ、オリーブ牛などのブランド牛になることもあります。</p><h2>地域との関わりを通して人とつながる</h2><p class="rassic">人を雇わず家族のみで経営している大西家ですが、大西さん自身は地域の方々とどう関わっているのか伺いました。「私、何年か前に入った女性部では一番年下なんですよ」。</p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2021/03/oonishi_nin_5.jpg" alt="大西泰加" /><p class="rassic">大西さんが所属する農協の女性部は、年に2回ある地域の祭りに参加することが恒例で、夏はおはぎ、冬はうどんを作って販売しています。特に坂出市名物の「天狗うどん」は、地元の野菜がふんだんに使われておりお客様からの評判も上々。</p><p class="rassic">他にもワークショップをしたり旅行に行ったりすることもあるそうです。「集まるのは農家ばかりなので、それぞれが栽培している物の生育状況などの話で盛り上がり情報交換もできます。何より仲間と交流できることは楽しいです」と話してくれました。</p>
<h2>野菜生産と和牛の繁殖、相乗効果で好循環</h2><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2021/03/oonishi_nin_3.jpg" alt="大西泰加" /><p class="rassic">金時にんじんは甘味ときれいな紅色が特徴で、料理の彩りにも好んで使われています。「シチューに入れても甘くて色がきれいなんですよ」と大西さんは嬉しそうに話します。</p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2021/03/oonishi_nin_4.jpg" alt="大西泰加" /><p class="rassic">金時にんじんはお盆の時期から砂地の田んぼで作ります。坂出の特徴である砂地が金時にんじんの生育には必要です。水やりは夏の暑い時期には１日4回。葉には虫がつきやすいので細かく状況を把握しながら、野菜に合わせて丁寧に育てています。人手が必要な時期は息子さんと娘さんが手伝ってくれます。特に害虫を防除するときには、100ｍもあるホースを息子さんが引っ張ってくれるのでとても助かっています。収穫してからは１本ずつ刃物で葉と根を切り、規格ごとに選別し、洗浄、出荷という工程が続きます。「みんなで葉を切り、母が選別して、夫が洗って、翌朝出荷するというペースです。出荷までは全て手作業なので、収穫期は家族総出になります」とのこと。収穫が一段落したら、家族で外食に行くことを楽しみにしています。</p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2021/03/oonishi_nin_6.jpg" alt="大西泰加" /><p class="rassic">「大変なこともありますが、いいものが出来たら嬉しいです。おすそ分けした人から美味しかったよって言われるとまた頑張ろうと思います。それに地場産のものがなくなったら寂しいので、これからも守っていきたいです」。大西さんは穏やかに微笑みながら、今後も地場の誇りを守り続けていきたいと話してくれました。</p>]]></description>
		      </item>
		    <item>
			  <title><![CDATA[家族の幸せに合わせたイチゴ栽培で 心も身体も健康に／香川県・綾川町　谷本 和美さん]]></title>
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			  <pubDate>2026-01-15 05:00:39</pubDate>
			  <description><![CDATA[<h2>育児と仕事の両立で就農を決める</h2><p class="rassic">結婚した当時は両親が兼業農家で、谷本さん夫妻は働きに出ていました。ご両親が55歳になったとき、早期退職して専業農家になったそうです。その後谷本さんは子供を授かり退職。そろそろ再就職を考えていたときのことでした。ご両親がイチゴ栽培を新たに始めるタイミングで「一緒に働かないか」と声をかけてくれました。「働きに出たら子供を預けたりするのも大変だから、一緒に働けば育児にいいんじゃない、と言われました。時間の融通がきくことが決め手でした」。</p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2021/03/tanimo_1.jpg" alt="谷本和美" /><p class="rassic">谷本家では朝の家事は谷本さんが担当します。朝食を作りご主人を送り出した後、残った家事を片付けます。ご両親は先に収穫などを開始し、谷本さんもすぐに作業に合流します。このように役割分担が出来るのは家族経営ならではの利点です。</p><h2>試行錯誤しながら掴んだ家族に最適なペース</h2><p class="rassic">現在はイチゴ栽培にも研修が整っていますが、谷本さんが始めた当時は、JAや農業試験場の方々に教えてもらいながら自分で栽培方法を学びました。出荷時の規格は、使用する箱まで納品先ごとに細かく決まっているため、その工程を把握するだけでも大変でした。</p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2021/03/tanimo_3.jpg" alt="谷本和美" /><p class="rassic">谷本家の栽培方針は、家族の状況に合わせて少しずつ変えています。イチゴ栽培を始めた当初、育てていた品種は「女峰」でした。当時は苗作りもやっていて、正月も夏も休みがありませんでしたが「さぬきひめ」に切り替えたときに、苗作りはやめることにしました。それからは夏休みに家族で旅行に行けるようになったそうです。</p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2021/03/tanimo_2.jpg" alt="谷本和美" /><p class="rassic">また5年ほど前にお母様が体調を崩したときにも、ハウスを減らし、３人で出来る範囲のことをやろうと決めました。それまで谷本さんは、収穫しても出荷作業が間に合わず処分するイチゴを作ってしまうことに罪悪感があったそうです。しかし「収穫した日のうちに収穫した分だけ出荷する」というペースを保つようになってからは、気持ちも楽になりました。「今が一番ゆっくりできています」と笑顔で話してくれました。</p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2021/03/tanimo_4.jpg" alt="谷本和美" /><h2>試行錯誤しながら掴んだ家族に最適なペース</h2><p class="rassic">谷本さんは、地域の女性農業者グループである中讃農業女子ネットワーク（通称、ぼやっとガールズ）にも参加しています。ぼやっとガールズでは、畑と家との往復になることが多い農業女子のために、家族以外の人と交流を深めるきっかけを作っています。年に何度かメンバーで集まり、農場を見学したりマルシェに参加したりしています。「出かける機会が少ないので、とてもありがたい」とのことです。</p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2021/03/tanimo_5.jpg" alt="谷本和美" /><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2021/03/tanimo_7.jpg" alt="谷本和美" /><p class="rassic">農業は作物の都合に合わせてしまいがちですが、身体や心に負荷をかけてしまうこともあります。しかし谷本家では、農作物のペースに合わせ過ぎて身体を壊してしまうのは本末転倒だと考えています。「一番大切なことは家族が健康で毎日過ごすことです。その範囲でこれからも家族にとって最適なペースで、イチゴ栽培を続けます」と谷本さん。家族を思いやりながらイチゴの栽培に日々取り組んでいます。</p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2021/03/tanimo_6.jpg" alt="谷本和美" />]]></description>
		      </item>
		    <item>
			  <title><![CDATA[小豆島の自然に囲まれて、 豚と共生する暮らし／香川県・小豆島町　鈴木 博子さん]]></title>
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			  <pubDate>2020-12-22 09:39:56</pubDate>
			  <description><![CDATA[<h2>セネガルの主婦から小豆島の農園主へ</h2><p class="rassic">鈴木さんは、2014年にご主人の母国であるセネガルから帰国し、鈴木農園を営み始めました。「子どもの頃からおじいちゃんが小豆島で農業をしていて、自然に囲まれた環境にいられることが幸せだったので、私もずっと農業がしたいと思っていたんです」。石川県立農業短期大学を卒業し、家畜に関する基礎知識はあったものの、就農前は専業主婦で経験ゼロからのスタート。養豚農家に相談し、作業も体験しながら、イメージを膨らませていきました。</p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2021/03/suzu_1.jpg" alt="鈴木博子" /><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2021/03/suzu_2.jpg" alt="鈴木博子" /><p class="rassic">実際に就農して学んだことは、いくら段取りや計画をしても、自然相手では思い通りにいかないということです。「豚が言うことを聞いてくれなくて大変。私たちが毎日山の中を走り回っています」と笑う鈴木さん。今では、「やるべきことをやったら、あとは流れに身を任せています。お肉の注文が少ないときも、ギリギリになってパタパタと入ったりして、最終的にどうにかなるんです」とおおらかに構えています。</p><h2>のんびり自由な養豚に広がる共感の輪</h2><p class="rassic">鈴木農園の豚たちは、豚舎ではなく耕作放棄地だった雑木林で飼われています。餌のほとんどは、島内の農家から出る熟しすぎた野菜や刈り取った草、残飯、素麺くずなどの食品残さ。「人間が食べきれないものを豚が食べて、人間が豚のお肉をいただく。この循環を守りたいですね」。</p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2021/03/suzu_3.jpg" alt="鈴木博子" /><p class="rassic">山の中で自由に動きまわり、自然の食べ物を食べて過ごす豚たち。運動量が多いため、豚舎で飼われる豚よりも成長がゆっくりなのだそう。その分、出荷できる量も限られてしまいますが、「私は自然の中でくつろいでいる豚を見るのが好きなんです。沖縄の古い本を読んでも、豚は人間の残飯を食べて1年かけて大きくなると書いていました。それが自然の流れなのだと思います」と鈴木さん。</p><p class="rassic">宣伝はとくにせず、SNSで農園での暮らしを発信しているだけですが、どこからか聞きつけた人が鈴木さんの考えに共感して全国から見学に来ます。それは、レストランのシェフや地方に移住して就農したい人などさまざま。</p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2021/03/suzu_4.jpg" alt="鈴木博子" /><p class="rassic">最近では、小豆島にUターンした人が「鈴木農園の豚で生ハムを作りたい」と、加工・販売をはじめました。「島の魅力を伝えたい、というその人の想いから始まったこと。私もその想いは同じです。農業をやっていると、こういう出会いがあることがうれしいです」。加工品ができたことで、安定した販売も可能になりました。</p><h2>自然を循環させて、より環境にやさしい放牧を</h2><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2021/03/suzu_5.jpg" alt="鈴木博子" /><p class="rassic">その昔は、豚を飼う農家が多かったという小豆島。ところが、においの問題で住宅地との共存が難しくなり、その多くが廃業してしまったそう。「養豚のにおいを隠して、お肉のありがたさや命を感じずに食べていいのかな、と思います。においも含めて地域で受け止めることではないでしょうか。豚を食べてもらうことで、この問題を一緒に考えるきっかけになれば」と鈴木さん。月に2回の販売のたびに、想いをつづったお便りを書き、豚肉と一緒にお客さんに届けています。</p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2021/03/suzu_6.jpg" alt="鈴木博子" /><p class="rassic">「豚も私たちと同じ命。兄弟ゲンカもするんだよ、うれしいときは尻尾を振るんだよ、と伝えたいですね」。放牧地では、豚が木に体をこすりつけたり地面を踏み固めたりするので、どうしても自然に負荷がかかってしまいます。今後は、「新しい放牧地を探して今の放牧地を休ませ、草木を再生したい。そしてまたその地で豚が草を食べて育つという、より環境にやさしい循環型の放牧養豚を目指しています」と鈴木さん。一緒に農園を営むご主人や、お手伝いをしてくれる3人のお子さんも一緒に、尊い命に日々向き合い、食べ物のありがたさを感じながら自然のままに暮らしています。</p>]]></description>
		      </item>
		    <item>
			  <title><![CDATA[無理せず自分らしく。自然体のアグリライフ／香川県・三木町　谷井 美樹さん]]></title>
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			  <pubDate>2025-10-10 02:00:07</pubDate>
			  <description><![CDATA[<h2>ホテルマンから農場経営主へ</h2><p class="rassic">谷井さんは、米・麦・ブロッコリー合わせて20ヘクタール以上のほ場を父親の慶二さんから受け継ぎ、二人で農業を営んでいます。今では大型のトラクターやコンバインも軽々乗りこなしますが、就農前は高松市内のホテルで働いていたそうです。「17年間勤務するうち、後輩を指導する立場になって、精神的にも体力的にも大変で。転職を考えていたところに祖母の体調が悪くなり、実家に帰ることになりました。その頃は、自分が農業をするとは思ってもみませんでしたね」と谷井さん。それでも、慶二さんの仕事の助けになれば、と2013年から農業の手伝いを始めました。</p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2021/03/tani_1.jpg" alt="谷井美樹" /><h2>自由な働き方で生き方まで変わった</h2><p class="rassic">「一緒にほ場に出て、父がやっていることを目で見て覚えていきました。父は、『ああしろ、こうしろ』とは言わない人。機械の乗り方も、ざっくりとポイントだけ教えてもらいましたが、あとは自分の感覚です」。最初は稲を刈るにもうまくいかず、慶二さんとの仕上がりの差を感じたそうですが、コツをつかんで少しずつ上達。3年間の手伝いを経て一通りの仕事をこなせるようになり、2016年に本格的に就農しました。</p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2021/03/tani_2.jpg" alt="谷井美樹" /><p class="rassic">就農して大変だったのは、夏場の暑さ。しかし、「熱中症にならないように、初めのうちは軽トラで休憩しながら作業していました。でも慣れますよ。誰かが『今日は暑いよね』と言っていても今は全然へっちゃら。35度でもまだ涼しいくらいです」と頼もしい谷井さん。</p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2021/03/tani_3.jpg" alt="谷井美樹" /><p class="rassic">最近では作業の効率化を進めたことで、プライベートにもずいぶん余裕が生まれたそう。仕事をするときは集中して仕事をし、翌日は休みを入れるなど、メリハリのある働き方でうまく自分の時間を作っています。「会社勤めの頃は私用で休むことはできませんでしたが、今は愛犬の調子が悪いときは仕事を休んで病院に連れて行きます。自分の段取り次第で時間を自由にできるところがいいですね。せっかく始めた農業。努力して、楽できるところは楽しています」。</p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2021/03/tani_4.jpg" alt="谷井美樹" /><p class="rassic">そんなライフスタイルが性に合うのか、ホテルに勤務していた頃の同僚からは「前より表情が生き生きしてるね」と言われるそう。「昔はピリピリしてたけど、今はそんな雰囲気がなくなった、と（笑）。人に気を使わなくていいから、楽なんでしょうね」。</p><h2>「おいしい」の声が直接届く</h2><p class="rassic">生産した農作物は主に、販売店やレストラン、地域の人たちに販売しています。「おいしかった」という感想を直接聞けることが、なによりの楽しみ。とくに今年は「甘くてもちもちしておいしかったよ」と電話がかかってきたりLINEが入ったりと評判だったそうです。</p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2021/03/tani_5.jpg" alt="谷井美樹" /><p class="rassic">ただ、コロナ禍で納入先のホテルや焼肉店は一時営業休止に。「納品する量は年間で決まっているので、先方は『持ってきてくれて構わないよ』と言ってくれたのですが、古いお米を置いておいても、お店も困るでしょう」と谷井さん。在庫のお米は販売店に古米として売ったそう。もちろん、販売価格は安くなります。それでも谷井さんは、「せっかくならおいしい新米を食べてもらったほうがホテルや焼肉店のお客さんも喜ぶだろうから。ホテルで働いていたから、余計にそう思うのかもしれません」と話します。</p><p class="rassic">「おいしいお米を食べてほしい」。その気持ちは忘れることなく、無理はせずに自分のペースで、自然体で。「今のままを維持して、体を壊さないように1年1年を過ごしていきたいですね」とリラックスした表情で話してくれました。</p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2021/03/tani_6.jpg" alt="谷井美樹" />]]></description>
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		    <item>
			  <title><![CDATA[ぶどう農園を武器に、 地域活性に全力でチャレンジ／香川・さぬき市　長谷 真里さん]]></title>
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			  <pubDate>2025-07-01 07:00:13</pubDate>
			  <description><![CDATA[<h2>「ありがとう」のためなら頑張れる</h2><p class="rassic">お祖父さんの代から50年以上続く「長谷ぶどう園」を継いで4年目。長谷真里さんは、さぬき市志度でピオーネやシャインマスカットなど3品種のぶどうを栽培しています。「5年前、農園を経営していた父が体調を崩してしまったんです。赤ちゃんの頃からある農園がなくなるのは寂しくて、私が継ぐことにしました」。エステティシャンの仕事を辞め、1年間香川県立農業大学校へ通ったのちに就農しました。</p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2021/03/nagata_5.jpg" alt="長谷真里" /><p class="rassic">「エステの前はツアーコンダクターの仕事をしていましたが、やりがいはどちらも、お客様から『ありがとう』『また長谷さんにお願いしたい』と言われること。農業も同じです。いろんな人と巡り合って、リアルで触れ合って、喜んでもらいたいんです」と長谷さん。現在は8割が直接販売。顔の見えるお客様から「おいしい」「また来年もお願いね」と言われることが何よりのモチベーションです。</p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2021/03/nagata_2.jpg" alt="長谷真里" /><p class="rassic">ぶどうは秋に収穫されるのが一般的ですが、長谷さんは、お盆に焦点を合わせて逆算し、8月の中頃に完売するように栽培しています。「孫が田舎に帰省したときのおやつや仏壇のお供えなど、みなさんが本当に欲しい時期においしくなるように作っています。そして私は、夏にもらった『ありがとう』の言葉を糧にして、その栄養でまた1年間栽培を頑張るんです」と笑顔を見せてくれました。</p>
<img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2021/03/nagata_3.jpg" alt="長谷真里" /><h2>地域の活性化のためにできること</h2><p class="rassic">今の課題は、収益を上げること。「増益だけを考えれば都心のデパートなどに卸せばいいのですが、うちの農園が儲かればそれでいいわけではありません。私の目標は、地域の活性化。農業はその手段なんです」と力強く話す長谷さん。地域の活性化のためには、栽培面積の拡大や従業員の雇用も視野に、農園が一定の収益を確保する必要もあります。旅行会社やエステサロンで働く中で培ってきた販売やサービスの力を生かして、販売の強化にも取り組みたいと話します。</p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2021/03/nagata_1.jpg" alt="長谷真里" /><p class="rassic">また、農福連携にも積極的です。市内の障害者就労施設のスタッフと連携し、どんな作業なら依頼できるか、工夫をしながら利用者が仕事できる環境づくりに取り組んできました。「お客様に喜んでもらう商品開発や地域の耕作放棄地の再生、同園で働く人の環境や待遇の整備。微力だけど、少しずつ広げていきたい」とさらに遠くを見据えています。</p><h2>6次産業化で一年中楽しめるぶどうを</h2><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2021/03/nagata_8.jpg" alt="長谷真里" /><p class="rassic">最近では、勉強会で学んだ経営術を生かして6次産業化にも挑戦。ニューピオーネを使った大粒のレーズンや濃厚なジェラート、甘酒を開発・販売しています。レーズンはもともと、色づきが遅かった年の2級品を生かして加工品を作れないかとSNSで発信したところ、アイデアをもらってスタートしたもの。2年の試作を経て半生タイプのレーズンが生まれました。パッケージデザインやターゲット設定など、マーケティング戦略も万全で売り出したところ、おいしいと評判に。今では2級品ではなくレーズン用に栽培したピオーネを使用しているそう。「生のぶどうの季節はたったの2ヶ月。シーズンが終わってもぶどうを楽しんでほしいですね」。</p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2021/03/nagata_7.jpg" alt="長谷真里" /><p class="rassic">レーズンやジェラート等を手に、県内のマルシェにも出店し、「来年もおいしいぶどうを作るから待っててね」とお客さんとのやりとりを楽しむ長谷さん。地域の人が笑顔で幸せになれるように、そして笑顔になる人が少しでも増えるようにという願いを込めて、新たな挑戦を続けています。</p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2021/03/nagata_6.jpg" alt="長谷真里" />]]></description>
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		    <item>
			  <title><![CDATA[ご先祖様が導いた４代目への道／三豊市・矢野志保美さん]]></title>
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			  <pubDate>2025-03-15 02:00:36</pubDate>
			  <description><![CDATA[<h2>家族の思いがひとつになって新たな道へ</h2><p class="rassic">香川県三豊市でレモンや中晩柑などの柑橘類を生産している矢野農園。経営するのは４代目である矢野志保美さんです。「柑橘を栽培する両親、祖父母の姿を見て育ち、収穫を手伝うこともあったとはいえ、まさか自分が経営することになるとは・・予想外のことでした」と話す矢野さん。6年前、お父様が亡くなられたときに姉妹で農園の今後についても話し合いました。「父が新たに手がけ始めていた圃場はさすがに手放そう・・」そんな話が出ていたところ、当時小学生だった息子さんが「それはやめて！とにかく続けてほしい！」とわんわん泣いて訴えたのだそう。そうは言っても、矢野さんはご主人の転勤に合わせて引越しを繰り返しながらの子育て中で、当時は岡山県に住んでいました。そして、家族で話し合った結果、母子で香川へ。ご主人は婿入りされ、週末は香川へ来て、農園の仕事を手伝うというかたちに落ち着きました。まさに家族一丸となって「矢野農園」の存続を決意されたのでした。</p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2020/05/ka_yano_1.jpg" alt="矢野"/><h2>全力で駆け抜けた６年間</h2><p class="rassic">失意の中、農園を継ぐことになった矢野さん。お母様が亡くなられた10年前から手伝うことはあったものの、「見て学べ。自分で考えろ」がモットーの父の側でやってきたことは、本当にごく一部だったのだと気付かされます。いわゆる「農作業」と「農園経営」は全く異なる知識・技術が必要でした。周りの方に聞きながら、試行錯誤を繰り返して歩んでこられたとのことです。その頃、農業改良普及センターから「みとよ若嫁ファーム」を発足するにあたり、入らないかと声がかかります。まだまだ気持ちにも余裕がない時期で、お断りするも「新規就農者が5人以上必要だから」と言われると断りきれず、所属することに。</p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2020/05/ka_yano_2.jpg" alt="矢野"/><p class="rassic">女性農業コミュニティリーダー塾など研修にも参加しながら農業経営の知識を学び、仲間とともにマルシェに出店するなど活動を続け、なんと今では「みとよ若嫁ファーム」の会長を任されているのです。「だまされたのよ〜」なんて笑ってお話ししてくださる矢野さん。農園を継ぐ立場も、会長の役割も、「この人に！」と思わせる矢野さんのお人柄が自然な流れを生み、さらには弛まぬ努力が積み重なり、実りに繋がっていることがわかります。</p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2020/05/ka_yano_3.jpg" alt="矢野"/><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2020/05/ka_yano_4.jpg" alt="矢野"/><h2>父の残したメッセージ「かんきつ物語」</h2><p class="rassic">矢野さんが一人で農園を運営できている秘訣は「リレー栽培」。9月末に収穫する「極早生みかん」にはじまり、日南の姫、日南、田口早生、ゆら早生、石地、寿太郎、西南のひかり、べにばえ、文旦、紅まどか、不知火、はるみ、河内晩柑、メイポメロ・・5月まで順次選手交代していくのです。一部は、夏場も摘果みかんを出荷しています。こうした通年出荷できるスタイルは、お父様が残されたメッセージ「かんきつ物語」そのものなのです。お父様は生前、いつでも柑橘類がある暮らしを願い「かんきつ物語」のイメージをお孫さんたちにお話しされていたのだそう。矢野さんも知らなかった「かんきつ物語」。息子さんが泣いて残してほしいと訴えたというお話にも納得です。大学生になった息子さんは圃場の柵を作ってくれたり、頼れる存在に。戸惑いながらスタートした「みとよ若嫁ファーム」も生産・加工など女性目線のノウハウを共有し、子育ての相談もできる女性ならではのネットワークとして、今では矢野さんにとっても欠かせない大切な存在になっています。</p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2020/05/ka_yano_5.jpg" alt="矢野"/>]]></description>
		      </item>
		    <item>
			  <title><![CDATA[親子で、地域で助け合い、農業を未来へと受け継いでいく／香川・まんのう町 萩原理英さん]]></title>
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			  <pubDate>2025-02-13 03:00:28</pubDate>
			  <description><![CDATA[<h2>稼ぐ農への挑戦</h2><p class="rassic">両親から引き継いだ1haのほ場で、ブロッコリーやキャベツなどを栽培している萩原理英さん。就農から約10年、持ち前の明るい笑顔とはつらつとした性格で地域を巻き込みながら、稼ぐ農業を実践しています。44歳で勤めていた会社を退職。人生の分岐点に立った萩原さんが選んだのは、就農の道でした。「小さい頃から親が農業をしているのを見て、手伝っていたからね。農地を維持するためには、自分が管理しないと。親は儲かる農業をやっていなかったから、ある意味、意地もあるのかも。私ならもっとできる！って」と萩原さん。就農当初は、見よう見まねで作業を進めて、徐々に効率的な方法を編み出していき、今では機械を活用して作業効率化を進めています。</p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2020/05/ka_hagiwara_1.jpg" alt="萩原"/><h2>メリハリあるアグリライフ</h2><p class="rassic">萩原さんは、大きな農業機械を使いこなし、露地野菜を栽培しています。減農薬栽培を行い、JAに出荷する際には栽培履歴を提出。厳しい検査をパスし、安心安全な作物を作ることを大切にしています。「面積が広いから無農薬は難しいけれど、安全性は間違いないんですよ」と胸を張る萩原さん。広いほ場を一人で管理するのは体力勝負ですが、そのプロ意識が作物を豊かに実らせています。そんな萩原さんの心の支えは、同じく農業を営む女性たち。時折、農業女子ネットワークのミーティングに参加して、情報交換をしています。作物はそれぞれ違いますが、情報交換すると刺激になり、何より会って話をすることが楽しい時間となっているそうです。</p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2020/05/ka_hagiwara_2.jpg" alt="萩原"/><p class="rassic">数年前、萩原さんのお姉さんも会社を退職して就農をしました。それ以来、2人で手を取り合い、助け合ってきました。「9〜10月が一番忙しいですが、毎日作業が続いたら、もう、今日はお休みしよう！と決めて一緒にランチに行くんですよ、自分へのごほうびに。雨が降ったらその日はお買い物デーになります。農作業をするときのスポーツウェアも一緒に買いに行ったりしています」と萩原さんはとても楽しそうに話します。作業をするときは集中して作業し、休むときはしっかり休む。メリハリのある日々を過ごすことで、農業への活力が湧き上がっているようです。</p><h2>地域農業をもっと盛り上げたい</h2><p class="rassic">野菜を個人経営で栽培する一方で、米や麦に関しては、地域の人たちと共同で集落営農を行なっています。米の栽培にはコンバインやトラクターが必要となりますが、機械が高額のため、共同購入し法人経営する方法です。「これからの農業は、『うちの田んぼ』という所有の感覚から抜け出し、共有という、新しい考え方へ変わろうとしている。農地は地域で管理し、何かあったら「お互いさま」の寛容な精神で乗り越える。そして、利益をしっかりキープすることも大事」持ち前のコミュニケーション力で周りの人と力を合わせている様子が伝わります。</p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2020/05/ka_hagiwara_3.jpg" alt="萩原"/><p class="rassic">今の課題は、人を増やして法人を長期的に維持すること。同級生が定年になったら、1人でも2人でも会社に入ってもらい、農業の楽しさを知ってもらえたら、その人を中心に世代交代が進んでいくようにしていきたい。そんな萩原さんの想いが伝わったのか、地域の中には、定年後に嘱託として会社に勤務しながらも、心はすでに農業に傾いている人も、ちらほらと出てきている様子。今は無理に誘うことはせず、仲間になってくれるのを心待ちにしています。「農地の後継ぎ問題は、子育ての問題と一緒に感じる」と萩原さんは言います。</p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2020/05/ka_hagiwara_4.jpg" alt="萩原"/><p class="rassic">田舎で両親と同居していても、今は子どもを両親に預けずに外の施設に預ける人が増えています。親は親で、子どもに農業を手伝ってもらうことを考える前に離農してしまいます。「もっと親子のコミュニケーションがうまくできるといいんだけどね」と萩原さん。農地の管理が難しくなった時に、親が子に上手に頼ることができたら、子も親を放っておけず、引き継ごうと考えるようになる。そんな親子の形が、この地域でうまれることを願っています。</p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2020/05/ka_hagiwara_5.jpg" alt="萩原"/><p class="rassic">「これからはもっと女性も外に出ることが大切」「将来は、小規模でいいので野菜を作り続け、時には旅行に出かけたりしてリフレッシュする」そんなメリハリのある老後が理想なのだそう。そんな萩原さんのパワーみなぎる笑顔が、地域の未来を明るく照らしているように感じました。</p>]]></description>
		      </item>
		    <item>
			  <title><![CDATA[農業も休日も面白い！365日をおもいきり楽しむ／香川・高松市 南原理沙さん]]></title>
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			  <pubDate>2026-04-15 02:00:25</pubDate>
			  <description><![CDATA[<h2>直感で飛び込んだ農業の世界</h2><p class="rassic">南原理沙さんは、結婚を機に夫の実家である農家をご夫妻で継いで6年目になります。結婚をする時に夫から「いつか家業を継ごうと思う」という話を聞き、「じゃあ、今継ごう！」とスピーディーな決断力でご主人を促して就農を決めたそうです。南原さんは、農業未経験。それでも、「不安はありませんでした。一から畑を拓くわけではないし、義父がそばで見守ってくれますから。それに、パソコンに向かって仕事をするより、体を動かすほうが好きなんです」と話す南原さん。抜群の行動力で農業の世界に飛び込みました。草刈り機を使ったり、道を広げるために石をハンマーで叩いたりと、力仕事もお手のもの。強く、たくましく、しなやかにアグリライフを楽しんでいます。</p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2020/05/ka_nanbara_1.jpg" alt="南原"/><p class="rassic">現在、南原さんご夫妻はキウイフルーツを、お義父さんは柑橘の栽培を行っています。「義父は、品種も栽培方法も私たちの自由に挑戦させてくれるんです。最初は自己流でやって木を枯らせてしまうこともありましたが、そんな失敗もほほえましく見守ってくれる人です」。失敗のたびにお義父さんに相談して改善。疑問に思ったことは調べて挑戦。その繰り返しが功を奏し、今では畑に一面、輝くようなキウイフルーツが実っています。</p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2020/05/ka_nanbara_2.jpg" alt="南原"/><h2>チャレンジ精神は常に旺盛に</h2><p class="rassic">南原さんが栽培しているキウイフルーツの品種は、香緑・さぬきゴールド・さぬきエンジェルスイートの3種類。最近では、「栽培にオリジナリティを出したい」と夫妻で創意工夫を加えている真っ最中です。なかには試験的に栽培しているというキウイもあり、傷がついたり日焼けしたりしないよう、大切に袋がかけられていました。「変わったキウイ、美味しいキウイ・・・自分が作りたい品種など、周りがやっていないことにどんどん挑戦したいですね。柑橘も好きなので、新しい品種が出たら義父に『こんなレモンが出たんだけど、植えてみない？』と出しゃばっています（笑）」。</p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2020/05/ka_nanbara_3.jpg" alt="南原"/><p class="rassic">栽培への一番のこだわりは、自分が食べたいもの、そして子どもに食べさせたいものを作るということ。その延長に、お客様がいると考えています。安心で安全なことはもちろんですが、キウイフルーツはぶつけると傷んだり味が悪くなったりするため、収穫の際にコンテナに”コツン”と当たっただけでも販売はしません。そこには、義父が培ってきたお客様との信頼関係を崩さないように、という想いが込められています。一番のやりがいは、お子さんやお客様から「おいしい」「また買いにきたよ」という言葉をかけられること。「どうだ！」という、誇り高い気持ちが湧きあがります。</p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2020/05/ka_nanbara_4.jpg" alt="南原"/><h2>家族でのびやかに農業を営む</h2>
<p class="rassic">農業は、子育てをする環境としても適していると話す南原さん。お子さんは6歳。保育所に早めに迎えに行って、帰ってきたら一緒に袋詰めなどの作業をすることもあります。「実はいつもの3倍くらい時間がかかるけれど、本人は『仕事した！』と得意顔なんですよ」と優しくほほえむ南原さん。親子で一緒に作業できる時間を大切にしています。</p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2020/05/ka_nanbara_5.jpg" alt="南原"/><p class="rassic">さらに、子どもの誕生日には夫妻が揃って休むことも。時間に縛られすぎず、何かを強制されることもなく、自分がやりたいと思ったことをする。失敗すれば責任を取るのも自分自身ですが、それでもやりたい農業を自由にできることに幸せを感じているようです。「今は仕事が趣味。休みの日も含めて365日を楽しめているから、精神的にも身体的にも健康だと思いますよ」。笑顔の絶えない南原さんから、日々の生活を楽しんでいる様子がひしひしと伝わってきました。</p>]]></description>
		      </item>
		    <item>
			  <title><![CDATA[イチゴに導かれ、家族みんなが笑顔の毎日に。／香川・綾川町 大西三寿子さん]]></title>
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			  <pubDate>2025-01-06 04:00:17</pubDate>
			  <description><![CDATA[<h2>まさに「畑違い」の就農</h2><p class="rassic">香川県の中部に位置する綾歌郡綾川町に、かわいいイチゴが実るハウスが並んでいます。大西三寿子さんがご主人と経営されているイチゴ農園です。「愛媛県から香川県へ嫁いだ頃は、夫もサラリーマンだったため「農業」をすることになるなんてまったく考えていなかった」と話す大西さん。もともと、ご主人の実家は養鶏からイチゴの生産に切り替えられた農家でした。</p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2020/05/ka_onishi_1.jpg" alt="大西"/><p class="rassic">ご両親がイチゴ栽培をやめる直前、最後の1年に「やってみる？」とハウスの一部を任されて、一人でイチゴの栽培に挑戦したのがはじめての「農業」だったそうです。そのとき感じた「あれ？楽しいかも！」という気持ちが今につながっているのでした。当時は会社勤めのご主人のハードワークを心配する日々。やがて、夫妻でイチゴ農家として出発することになります。ご両親はすでにやめられていたため、継承する形ではなく二人で新規就農し、1からスタートしました。</p><h2>「農業」の魅力を満喫中</h2><p class="rassic">大西さんは香川県自慢の品種「さぬきひめ」を栽培しています。イチゴは9月に苗を植え、11月末から収穫がはじまり、収量は減るもののなんと6月まで収穫できるのだそう。冬作物の印象が強いイチゴですが、3月〜8月あたりは土を消毒したり、育苗ハウスで次の苗を育てたり、と1年を通じてさまざまな作業があります。「苺の栽培は作業的にも女性向きだと思います。朝から苺のお世話をできるのは幸せだなあって感じますよ。やっぱり、苺はかわいいですからね」生き生きとお話される笑顔は、農業に就くなんて考えてもいなかった方とは思えないくらい。</p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2020/05/ka_onishi_2.jpg" alt="大西"/><p class="rassic">大西さんのハウスは自宅の目の前に並んでいます。小学生の子どもが学校から戻るときには迎えることができ、お稽古ごとに送っていくこともできる。そして何より、子どもは働く両親の姿を間近に見ることができる。そういったことも含め「農業って、世間のイメージよりずっといいものだと思うんです。子どもたちの憧れの職業になってほしいなあと思うと、楽しんで働く姿を見せたいですよね」と話します。</p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2020/05/ka_onishi_3.jpg" alt="大西"/><h2>女性生産者の視点は大事な武器</h2><p class="rassic">2年前には「中讃農業女子ネットワーク」の発足と同時に所属し、今では11名の女性農業者と研修会を開催したり、農業フェアに出店したりしています。「ゆるっと繋がっている感じがちょうどいいんです。露地野菜の方もいれば米麦の方もいて、知らないことがいっぱいだからおもしろいですね」香川県に広く展開するスーパーに「中讃農業女子ネットワーク」の産直コーナーを設けており、「ぼやっとちゃん」のロゴマークがついたそれぞれの農産物が並びます。</p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2020/05/ka_onishi_4.jpg" alt="大西"/><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2020/05/ka_onishi_5.jpg" alt="大西"/><p class="rassic">ネットワークのメンバーは30〜50代の女性だからこそ、主婦の視点が生かされているそう。例えば、「『じゃがいも』と書いたPOP には、ちゃんと『キタアカリ』って書かないと！」と。今や消費者も品種で選ぶ時代。パッケージにもこだわり、レシピをつけたり、ポップを手書きしたり・・女性ならではのアイディアが光ります。就農から4年目を迎えた今、「夫と二人三脚でやってきた経験、そして中讃農業女子ネットワークで受ける刺激や学びを生かしたい」と、これからのイチゴ栽培がますます楽しみな大西さん。よりスムーズに出荷できるよう建設中の作業場の完成も目前です。「いつかは直売や加工なんかもできたら・・」夢はどんどん膨らんでいきます。</p>]]></description>
		      </item>
		    <item>
			  <title><![CDATA[地域に貢献し、地域に支えられ、力強く農業を営む／香川・小豆島 西口千里さん]]></title>
			  <link>https://rassic.jp/content/11057</link>
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			  <pubDate>2026-02-01 08:00:25</pubDate>
			  <description><![CDATA[<h2>専業主婦からみかん農家への転身</h2><p class="rassic">結婚してから長らく専業主婦だったという西口千里さん。夫が家業を継ぐために夫妻で小豆島に移住してからは、一人で家庭菜園を楽しんでいました。あくまで趣味ではじめた家庭菜園。しかし、その姿をみた地域の人から「うちのみかん園地も使ってほしい」と声がかかります。高齢になり作業が困難になったみかん農家が、園地の管理を西口さんに託したのです。「やるかどうか、最初は悩みました。みかんを栽培するには、資材も揃えないといけませんから。でも、実家の父に相談すると”やってみたらいいじゃないか”と言われて、挑戦することにしたんです」。偶然にも、実家がみかん農家で、子どもの頃は収穫を手伝っていたという西口さん。「まさか、小豆島で私がみかんを栽培することになるとは思ってもみませんでした」と笑います。</p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2020/05/ka_nishi_1.jpg" alt="西口"/><p class="rassic">そんな西口さんを信頼してか、地域からは園地を預けたいという申し出が増え、栽培面積がどんどん拡大。「そこまでやるなら利益を取るほうがいい」という周囲からのアドバイスもあり、5年前に完全就農しました。託される園地のなかには、荒廃地になる寸前のものも多いですが、時間をかけて回復させ、出荷ができる状態にまで育ててあげてます。</p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2020/05/ka_nishi_3.jpg" alt="西口"/><h2>地域ぐるみのサポートが心強い</h2><p class="rassic">実家が農家とはいえ、農業未経験での挑戦。はじめのうちは、資材など重いものを持ったり、機械を操作したりするのにも苦労したそう。ただ、栽培で困りごとがあるたびに、農業改良普及センターやJAの職員に相談できる環境がありました。「この辺りは家族経営の小規模農家が多いので、農業の指導員も私たち一人ひとりをすごく気にかけてくれているんです。私がいなくても園地を見回りに来てくれて、異常が発生したら連絡やアドバイスをくれます。それが心強いですね」と西口さん。地域の農家も、一人で奮闘する西口さんに「肥料まいた？」など忘れないように声をかけてくれます。休日にはご主人も一緒に作業するとのことで、この日も「三連休のはずが三連勤になりましたよ」と笑顔で答えてくれました。頼れる人がいるという安心感が、一人の農作業へのモチベーションになっているようです。</p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2020/05/ka_nishi_2.jpg" alt="西口"/><h2>みかん栽培は、難しいからこそ面白い</h2><p class="rassic">現在はみかんのほか、キウイフルーツや野菜も含め、年間を通じてバランスよく作業ができるように、緻密な栽培計画を立てて栽培に励んでいます。みかんの品種は、小原紅早生、スイートスプリング、はるひめ、はるみの四種類。毎年12月になると、園地がいっせいに鮮やかに色づきます。ここからが、西口さんの繁忙期。収穫してトラックに積み込み、倉庫で仕分けをしたら間髪を入れずに出荷へ。周りからは「体を壊さないようにね」と気遣われますが、今では20キロの肥料をかつぐほど、力強く農業を営んでいます。</p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2020/05/ka_nishi_4.jpg" alt="西口"/><p class="rassic">「私たち個人農家は、どうしても大規模農家に押され気味。そこで、収穫したみかんを冷蔵しておいて、季節外の夏場に出荷することもあります」と売るための工夫も。地域の風土と気候を生かした露地栽培を行なっているため、品質のいいみかんを作るために、防除と肥料にも気を使います。とくに小原紅早生は栽培が難しいと言われる品種。時には失敗して落ち込むこともありますが、朱色に色づき味がうまくのったときの感動は大きいもの。あえて難しい品種に挑む面白さも感じているそうです。</p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2020/05/ka_nishi_5.jpg" alt="西口"/><p class="rassic">「夫が定年退職すれば、二人で作業ができます。そうなれば毎日手を加えられるので、今よりもっと効率的に栽培ができるはず。何より、気持ちが落ち着くと思います」と微笑む西口さん。一人で農業を営むのは難しいけれど、だからこそ助けてくれる人たちがいる。その喜びをかみしめながら、おいしい果物や野菜づくりに向き合っています。</p>]]></description>
		      </item>
		    <item>
			  <title><![CDATA[もっと卵のことを知ってもらいたい／香川・さぬき市 金江ちひろさん]]></title>
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			  <pubDate>2024-03-30 01:00:06</pubDate>
			  <description><![CDATA[<h2>環境問題への関心から農業へ</h2><p class="rassic">卵を産むニワトリを愛情たっぷりに育てる所から始めているかなえ養鶏場には、金江ちひろさんが真摯に卵と向き合う優しい姿がありました。サラリーマン家庭に育った金江ちひろさんが農業に興味を持ったのは外国の環境問題がきっかけ。「湾岸戦争の時にテレビに映る油まみれの水鳥たちを見て問題意識を感じた」と言います。農学部へ進学し、国内での援農にも取り組むうちに「このままでは日本の農業も危ういのでは？」と感じるようになったそうです。卒業後は岡山県にある平飼いの養鶏場に就職。香川県のアスパラガス農園での仕事を経て、農業仲間だった養鶏場を営むご主人と結婚、夫妻で養鶏に取り組んでいます。</p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2020/05/ka_kanae_1.jpg" alt="金江"/><h2>生産者と消費者がつながれる場所を</h2><p class="rassic">かなえ養鶏場の朝どれ卵の直売や卵を使ったスイーツやフードを提供する「かなたまキッチン」のオーナーでもある金江さん。夫と共に結婚当初から温めていた「卵のおいしさをもっと知ってもらえるお店を作りたい」という思いを形にしたお店です。オープン当初はお客様が少ない日が続きましたが、食のイベントに出店することで少しずつお店の認知度が上がり、今では遠方からのリピーターも多く訪れるようになりました。「スーパーで売られている卵とは味がちがう」と箱単位で買っていく方も。お店やSNSを通してお客様の声を直接聞けることも励みになっています。卵は季節を問わず食卓にあがる食べ物ですが、お米や野菜と異なり生産現場を見る機会はなかなかありません。鳥インフルエンザなどへの対策のため、養鶏場への関係者以外の立ち入りは厳しく制限されているからです。「身近なものなのに、意外と知られていないことが多いから」と食育についても取り組んでいきたいと意欲をみせます。</p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2020/05/ka_kanae_2.jpg" alt="金江"/><p class="rassic">かなたまキッチンをオープンする前は養鶏場で雛の飼育を担当していた金江さん。成長を見られる楽しみもありますが、生き物を扱うには些細な変化を見落とさないことも大切です。「試行錯誤しながら完璧を追い求めていくのが面白いし、やりがい」なのだそう。自分たちの手元で一貫した体制で育てているからこそ、安心・安全でおいしいという自信をもってお客様にすすめられます。「責任を持って品質の良いものを作れるように頑張っていきたい。養鶏場と店舗の経営を２本柱で安定させていくことが目標です」と今後について語ってくれました。</p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2020/05/ka_kanae_3.jpg" alt="金江"/><h2>農業女子のためのプロジェクト</h2><p class="rassic">「農業の仕事では、男性は会合などで外に出る機会があるけれど、女性は留守を守ることも多く現場にこもりがちになってしまう」ということがあります。農業改良普及センターのアドバイスで2017年に金江さんが中心メンバーとなり立ち上げた「東讃地域農ガール」は、女性同士で情報交換や交流を目的に活動するグループ。経営内容はバラバラですが、お互いに刺激し合い、女性らしく活躍できる農業があることをPRしています。近年は女性が単身で経営計画・融資計画を立てて就農するケースも増え、それにともなって発生する問題や悩みを相談できる場所にもなり、地域の農業女子には心強い存在となっています。</p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2020/05/ka_kanae_4.jpg" alt="金江"/>]]></description>
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			  <title><![CDATA[何も知らずに飛び込んだ農業の世界で、夢がふくらむこれから／香川・三豊市 吉田靖代さん]]></title>
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			  <pubDate>2024-04-15 02:00:35</pubDate>
			  <description><![CDATA[<h2>農家に嫁いで</h2><p class="rassic">農家に嫁いで夫と仲間に支えられ、香川のオリジナル品種を栽培している吉田靖代さん。これからも常にチャレンジしていく生き方を教えて頂きました。嫁いだ先がたまたま農家だったという吉田さん。香川県の西部、穏やかな海に面した仁尾町で柑橘とアスパラガスを栽培しています。実家が兼業農家だったので農業になじみはあったものの、どっぷりと身をおくのは結婚してからが初めて。「専門知識がなかったことが逆によかったのかも」とのこと。どうしてそう思ったのか理由を聞くと「身構えずに取り組むことができたから、上手くいけばすごくうれしい。失敗しても、こういうものなんだなとフラットな気持ちで向き合うことができたから」とこれまでを振り返りながら話してくれました。</p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2020/05/ka_yoshida_1.jpg" alt="吉田"/><h2>夫と仲間に支えられて</h2><p class="rassic">農業に携わるようになって約20年、それは夫婦2人3脚の歴史でもあります。これまで乗り切って来られたのは「積極的で向上心のあるタイプの頼もしい夫が引っ張ってくれたから。加えて地域の仲間も大きな支え」だと言います。当初、農家は周囲から孤立してしまうのかな？という不安を抱えていたそうです。しかし、周辺には柑橘を中心にさまざまな作物を育てている農家が多く、同世代の子どもをもつ女性も。「仕事のことや子どものこと、ちょっとした悩みでも気軽に話しやすい同世代の仲間は今も心強い存在です。年配の方も気にかけてくれるので本当にありがたい」と当初の不安は杞憂に終わったようです。</p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2020/05/ka_yoshida_2.jpg" alt="吉田"/><p class="rassic">栽培しているのは、近年注目を浴びているアスパラガスのさぬきのめざめ。2005年に香川県で誕生したオリジナル品種です。一般的に流通している品種と比べて、長く、根元まで柔らかいのが特徴。「目視で見えにくい害虫を見つけるのは経験者でもなかなか大変」とこぼしながらも「春先にぐんぐん育っているのを見ると喜びもひとしお」と手にかけてきた作物を収穫する醍醐味を語ります。冬から春にかけては、ミカン、レモン、不知火などの瀬戸内の気候を生かした柑橘類を栽培しています。</p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2020/05/ka_yoshida_3.jpg" alt="吉田"/><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2020/05/ka_yoshida_4.jpg" alt="吉田"/><h2>新しいチャレンジ</h2><p class="rassic">周辺では高齢化にともなって農地を縮小したり手放したりする農家もいます。「空いた農地を使ってみないか」という相談を受けて、これまで作付けを増やしてきました。これからは「子育てもそろそろ一段落。今後も続けていける範囲に調整したい・・・それにね」と吉田さんは続けます。「アボカドの栽培に興味があって詳しい人に聞きながら始めてみているの。ほかにも栗も植えてみたいねと夫と相談しています。趣味の域にとどまるかもしれないけど、やってみたくて」と楽しそうに今後について話してくれました。地域の仲間とのコミュニケーションを大切にし、夫妻で力を合わせて無理なく続けてきた吉田さん。それはこれからも変わりません。ライフステージや自分の興味に合わせて、仕事の幅や内容を調整できるのも農業のおもしろさのようです。</p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2020/05/ka_yoshida_5.jpg" alt="吉田"/>]]></description>
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			  <title><![CDATA[掘ってすぐに茹でる！究極のたけのこ/東京都・土屋農園さん]]></title>
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			  <pubDate>2020-04-20 15:37:42</pubDate>
			  <description><![CDATA[<h2>雨後のたけのこ</h2><p class="rassic">雨の翌朝、土屋農園にお邪魔すると、すでに焚き火の匂いがしています。雨上がりの木漏れ日が輝く竹林は、ザワザワと笹の葉が揺れ、時折かまどの薪がパチっと音をたて、ここが東京であることを忘れてしまいそうな風景です。東京都調布市にある土屋農園は、四季を通じて多品目の野菜を生産されています。</p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2020/05/tuchiya_3.jpg" alt="竹林" /><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2020/05/tuchiya_2.jpg" alt="土屋農園のたけのこ" /><p class="rassic">出荷するほか、農園前の無人販売所にも野菜が並び、居合わせた人同士が「トマト残り一袋だけど私もらっていいかしら？」などと、自然に声を掛け合う豊かな光景も見受けられます。そして、ご近所の皆さんが待ち望んでいる春だけのお楽しみが「たけのこ」です。</p><h2>代々受け継がれる「釡茹でたけのこ」</h2><p class="rassic">たけのこが伸びていく向きからどのあたりを掘るか見定め、途中で折らないように根元からしっかり掘り起こすのがポイント。土屋農園では掘ってすぐにその場で茹でます。大きな樽に水を張り、土を落としたら穂先に向かって半分ほど包丁を入れて皮を剥がし、縦に切って準備完了。山になった皮はそのままにしておくと土に還ると聞き、あらためて自然の循環の素晴らしさを感じます。</p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2020/05/tuchiya_4.jpg" alt="たけのこ掘りたて" /><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2020/05/tuchiya_8.jpg" alt="たけのこ茹でる" /><p class="rassic">朝一番、ご主人がかまどに火を入れ、米ぬかの入った布袋を入れてお湯を沸かします。同時に奥様がたけのこを掘り始めます。土屋さんのお父様の時代はドラム缶で茹でていたんだとか。世代交代とともに釡になると、底が丸いのでむらなく茹でられるようになりました。釡いっぱいのたけのこを茹でながら「あ～！あそこにもあったね！」と笑うおふたり。</p><h2>二人三脚で「春のたけのこ仕事」</h2><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2020/05/tuchiya_5.jpg" alt="旬のたけのこ" /><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2020/05/tuchiya_7.jpg" alt="たけのこ農家" /><p class="rassic">春は特別お忙しいのでは？と尋ねると、「まぁね。野菜は栽培しているけど、うちのたけのこはあくまで自然の恵み。毎年たけのこが出てきてくれることも、またこの時期を迎えられたって感じられることもありがたいと思うし、やっぱり楽しいから。」とおっしゃいます。ご夫婦で分担された作業の流れも、お二人のやりとりも、とっても自然であったかいのです。土屋農園のたけのこは、みんなに春の幸せを運びます。</p>]]></description>
		      </item>
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			  <title><![CDATA[農業に出会える農園「ベジLIFE!!」／香取岳彦さん]]></title>
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			  <pubDate>2020-01-09 09:31:04</pubDate>
			  <description><![CDATA[<h2>安心・安全な野菜</h2><p class="rassic">秋晴れの週末、千葉県我孫子市の農園「ベジLIFE!!」にお邪魔しました。代表の香取岳彦さんは、4年前に祖父の畑を引き継ぎ農業の道へ。都心から電車で1時間ほど、駅からも歩ける距離という利便性の良さを生かし、多くの人が「農業に出会える農園」を目指しました。</p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2020/01/vege_sa2.jpg" alt="vegelife" /><p class="rassic">土に触れ、野菜の成長を感じ、採れたてを味わうからこそ「無農薬・無化学肥料」での栽培にこだわり、土の改良からスタート。今では地元の保育園や小学校はもちろん、個人・団体問わず農業体験を積極的に受け入れています。また、「少量多品目」の栽培を行うことで、畑では季節ごとに様々な野菜に触れられ、宅配野菜セットの内容も充実。記念日にメッセージカードを添えて野菜を贈る「アニバーサリーセット」など、新しいアイディアも光ります。</p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2020/01/vege_sa5.jpg" alt="vegelife" /><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2020/01/vege_sa7.jpg" alt="vegelife" /><h2>野菜の声が聞ける農業体験</h2><p class="rassic">お邪魔した日は二度の台風が過ぎた後でした。「黄色い花が咲いてるのはオータムポエムです。台風で根が浮いたことで、命の危機を感じて自ら花を咲かせるんですよ。花が咲くと運搬中にやられてしまうから出荷できなくて。美味しく食べられるから摘んでいってくださいね。」農業体験に参加の皆さんは、野菜の声を代弁するかのような香取さんのお話に興味津々です。</p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2020/01/vege_sa1.jpg" alt="vegelife" /><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2020/01/vege_sa8.jpg" alt="vegelife" /><p class="rassic">「ブロッコリーは成長・大きさに差が出ているでしょう？台風でダメになったところに追っかけで新しい苗を植えているからなんです。」また、ビーツやケール、四角豆など新しい野菜も多く手がけています。四角豆の花をちぎって「食べてみて！美味しいから。」と言われ、半信半疑で食べてみたり。</p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2020/01/vege_sa3.jpg" alt="vegelife" /><p class="rassic">サツマイモの苗を植える5月も、晴天だと暑くて土が乾きやすいから、あえて曇りの日に植えるんだとか。皆さん「知らない事ばっかりだね〜」とひとつひとつにうなづいていました。</p><h2>「農業」が憧れられる職業に！</h2><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2020/01/vege_sa6.jpg" alt="vegelife" /><p class="rassic">3人の子どもをもつお父さんでもあり、高校生への講義も積極的に引き受けている香取さん。「農業が子どもたちから憧れられる職業にしたいんです。まずは人気職業100位に入るよう頑張りますよ！」農園で土や野菜に触れた経験がきっと人生のどこかで生きるはず・・と信じ、美味しく安全な野菜だけでなく、多くの人が農業に出会うきっかけも作り続けます。</p>]]></description>
		      </item>
		    <item>
			  <title><![CDATA[養豚から牛の肥育、そして繁殖へ。常にチャレンジ／香川・さぬき市　芳竹作知さん]]></title>
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			  <pubDate>2020-02-19 15:56:50</pubDate>
			  <description><![CDATA[<h2>養豚業から牛の肥育へ</h2><p class="rassic">香川県さぬき市でご主人とともに牛の肥育と和牛繁殖を行う芳竹作知さん。芳竹さんは宮崎県で養豚業を営む家に生まれ、中学生の頃には農業に携わりたいと思っていた。といいます。東京農業大学で農業や畜産について学び、卒業後は地元宮崎県で両親と一緒に養豚業に奮闘していました。いつもの日常が一変したきっかけは2010年に宮崎県南部を中心に発生した口蹄疫。芳竹さんの農場にも出荷制限がかかり、厳しい現実に直面しました。そんなとき、大学の同級生だったご主人にも相談しながら、芳竹さんは養豚業を頑張り続けました。</p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2020/05/kagawa_yoshi_1.jpg" alt="芳竹"/><p class="rassic">その後、ご主人とのつながりが良き縁となり、家族の後押しもあってご主人のいる香川県へ嫁ぐことになります。ご主人の実家は肉牛の肥育が主な仕事。大学卒業後に首都圏で農業に携わりご主人も結婚の１年ほど前にUターン。二人そろって新たなスタートを切りました。</p><h2>肥育から繁殖へ業態をシフト</h2><p class="rassic">あれから、9年。現在、芳竹さん夫婦が力を入れているのは和牛の繁殖。一昨年に二人で人工授精の資格を取り、翌年から実際にはじめました。「自分たちで種付するのはなかなか難しいけど、そこから生まれてくる子は本当にかわいい」と顔をほころばせます。もともと行なってきた肥育は、ご主人のご両親が中心となり続けています。</p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2020/05/kagawa_yoshi_2.jpg" alt="芳竹"/><p class="rassic">資格を取って新しいことにチャレンジすることに不安はなかったのか尋ねると、「今は子牛の導入コストがとても高いんです。採算を見ていくとこのままでは赤字になってしまう。繁殖で生まれた子牛を育てて出荷すれば飼育のコストは抑えられますし、子牛は収支が安定しやすいですから」とご主人が酪農業界の事情を教えてくれました。「経営的に安定したら、肥育まで考えたい」まずは繁殖して子牛を出荷するのがスタートです。と教えてくれました。</p><p class="rassic">困った時には地域の農業委員の方に相談したり、先輩方にアドバイスをもらえる環境があるそうで、周りの温かさに芳竹さん夫妻のモチベーションは支えられています。</p><h2>母親だからできること</h2><p class="rassic">人工授精から生まれた子牛の担当は芳竹さんです。「食欲旺盛な子にミルクを少し多くあげるとお腹を下してしまったり、それが長引くと食欲不振になったりします。かわいいからってあげすぎちゃいけないんですよ」とまるで自分の子供の面倒を見るように話してくれました。日々の気温やミルクの量一つでは変わってしまう子牛の体調。作業の中でも一番気を使うところなのだそう。二児の母でもある芳竹さんだからできる気配りや観察力があるのでしょう。「僕が気づけないようなことに気づいてくれる。母性や女性の細やかさがなせることなのかなと思います」とご主人も芳竹さんの観察眼を頼りにしています。</p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2020/05/kagawa_yoshi_3.jpg" alt="芳竹"/><p class="rassic">繁殖に業態変えすると言われた時は不安ばかりだった、と当時を振り返る芳竹さん。「資格試験の勉強できるかな？ 自分たちでちゃんと種付けできるかな？」と次から次へとわいてくる悩みごと。「主人に『やるしかない！』と励まされてなんとかやってこれました」と笑顔を見せます。</p><p class="rassic">これからは食育の機会を作りたい、と今後についても意欲をみせます。「わたしが子供の時には、実際に育てた豚を家族で食べて『おいしいね』と命の大切さを学ぶ機会ありました。だから、自分の子供にも身近に牛がいる環境で『わたしたちが育てている牛だよ』と言って食べてもらいたい」現状では難しくても、将来的に業態を拡大させて肥育までの一貫経営ができれば、それも可能になります。</p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2020/05/kagawa_yoshi_4.jpg" alt="芳竹"/><p class="rassic">これまでと同じ方法が通用しない、というのはどの業界も共通の課題です。その時の世の中の流れやニーズを読み解いて、アクションを起こさなければいけません。「だから今後も二人で試行錯誤しながら牛飼いを続けていきます」大変なことはたくさんあるけど、動物が好きだからこれからも続けていける。芳竹さん夫妻の愛情を受けた子牛たちが、ここですくすくと育っています。</p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2020/05/kagawa_yoshi_5.jpg" alt="芳竹"/>]]></description>
		      </item>
		    <item>
			  <title><![CDATA[未経験から就農！次世代につなげる女性農家／香川・高松市 大西千明さん]]></title>
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			  <pubDate>2025-04-15 01:00:38</pubDate>
			  <description><![CDATA[<h2>「私おせっかいなんです」</h2><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2019/05/onisih09.jpg" alt="大西"/><p class="rassic">デニムのつなぎ姿がなんとも格好良い大西千明さん。高松市六条町で、コシヒカリ、ひのひかり、あきたこまち、もち米、といった4種類のお米を育てている女性農家さんです。</p><p class="rassic">「できるだけ、おいしい新米を食べてもらいたい」という想いから、大西さんは、お客さんへの直接販売を大切にしています。お米の種類や精米の有無など、お客さんひとりひとりのリクエストにも丁寧に応えるそうです。「新米やからお水は少な目にね」、「大根もサービスしようか？蕪もあるよ？」そんな微笑ましい会話も、直接販売ならでは。</p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2019/05/0nishi.jpg" alt="大西農園"/><p class="rassic">「何でもみんなにお裾分けしたくなるんです。そして、お裾分けするなら新鮮でおいしいものをあげたいんです。私、おせっかいなんですよね」そう照れくさそうに笑う大西さんのお話からは、どこまでも人を大切にする生き方が伝わってきました。</p><h2>トラクターにも乗れない！農業未体験からの就農</h2><p class="rassic">香川県でご主人と出会い、農家に嫁いだ大西さんは大阪府出身。結婚後は長年会社勤めでしたが、農業を営んでいた義理のお父様が亡くなったことをきっかけに、本格的に農家としての活動をスタートさせます。「最初はトラクターにも乗れなくて、にっちもさっちもいかなかったんですよ。でも、怖い…とか、できない…とか、そんなこと言ってられないわって」</p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2019/05/onishi3.jpg" alt="大西農園"/><p class="rassic">それまで、農業未経験だった大西さん。それでも、くじけずに農業を続けてこられたのは、周りの人の支えがあったからだと言います。「困ったことがあったら言ってよ」、仲間達のそんな言葉に大西さんは何度も励まされてきました。</p><p class="rassic">「皆さんには、本当感謝しかないですね。ひとり農業ってよく言うけどね、農業って孤独やと続かない。やっぱり、ひとりだと挫折しそうになるんですよ。特に、農家に嫁いできた女性って、ひとりぼっちで『これからどうしようかな…』って不安でしょう。だから、私にできることがあったら何でも言ってね』って伝えてあげるんです。私がそうしてもらったように助けてあげないと」</p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2019/05/kagawa_onishi2.jpg" alt="大西農園" /><p class="rassic">大西さんは、時には若手農家さんのトラクターの練習に付きあうことも。「何でも困ったらお互いさまでしょう。人と人とのつながりで私の人生が循環してるって感じるんです」</p><h2>女性農家としての生き方を次世代に伝えたい</h2><p class="rassic">大西さんは、農業だけでなく、女性農家としての在り方も日々模索しています。「力仕事は男性の方が得意かもしれませんけど、女性には男性とは違う繊細さがあると思うんです。事務処理とか、人脈作りとかは、もしかしたら女性の方が向いてるかもしれませんね。みんなのアイデア次第で、連携は取れるんですよ。自分のできる範囲で試行錯誤していくことが大切だと思います。」</p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2019/05/kagawa_onishi.jpg" alt="香川県高松就農"/><p class="rassic">さらに、女性ならではのこんなお話も飛び出しました。「女性はね、『農業をしていると真っ黒に日焼けするから、おしゃれもできない』って言うんですよ。でも、それは違うと思うんです。農業しながら、自分磨きして、おしゃれを頑張っても良いんじゃないかな」そう話す大西さんは、この日もキラキラと輝くネイルアートが印象的でした。「ジェルネイルは、爪先の保護にもなるので、定期的にネイルを楽しむようにしています。友人達からは、『本当に農業してるの？』ってからかわれますけど」そう笑う大西さん。</p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2019/05/onishi6.jpg" alt="大西千明香川"/><p class="rassic">大西さんは、農業にも、人とのつながりにも、おしゃれにも、とにかく全力を注ぎます。一体何が、大西さんをこんなにも突き動かすのでしょうか。「農業を若い世代に継承していくためには、私達の世代が動いていかないとだめなんです。それは『見て覚える』ってことではなくて、辛いことや悩みがあれば、『私がなんとかしてあげる』って動くことなんです」</p><p class="rassic">大西さんは、以前、悩みを共に乗り越えた女性農家さんからもらった、「救われました」という言葉が今でも心に残っているそうです。この人の背中を見て、どれ程の人が勇気づけられたのだろうー。大西さんは、そんなことを思わせてくれる素敵な女性でした。</p>]]></description>
		      </item>
		    <item>
			  <title><![CDATA[いちご農園から広がったつながりで、憩いの場所を作りたい／香川・丸亀市　江戸紫織さん]]></title>
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			  <pubDate>2025-12-15 07:00:25</pubDate>
			  <description><![CDATA[<h2>結婚を機に夫婦で就農</h2><p class="rassic">香川県では希少ないちご「紅ほっぺ」を栽培されている江戸紫織さん。結婚と同時に、ご主人の両親が営む農園を継ぐことを見据えて、二人で農業に取り組むことになりました。農業未経験のお二人、ご主人はまずJA香川県のインターン制度で１年ほど基礎を学び、江戸さんは義両親の農園を手伝うことから始まりました。</p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2020/05/kagawa_edo_1.jpg" alt="江戸"/><p class="rassic">農業の厳しさを小さな頃から見てきたご主人はプレッシャーや責任感から就農に躊躇していましたが、江戸さんは「何もわかっていなかったから逆に飛び込みやすかった」と言います。それでも農作物が相手なので、自分で計画が立てられないことや、自然に左右される苦労は絶えません。困った時には農家仲間を頼ることもあります。「先日もハウスが壊れた時にはご近所の農家さんに修理を助けていただいて本当に助かりました。」と江戸さん。</p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2020/05/kagawa_edo_2.jpg" alt="江戸"/><p class="rassic">近くのみなさんと協力しあったり、同じいちご農家の方との情報交換も大切にしています。「刺激を受けるし勉強になります」と仲間の存在はとても心強そうです。就農17年目の現在は、農園の看板を手書きしたり、収穫用の台車を作業しやすいように手作りしたりと得意分野を生かしながら農業に取り組まれています。気持ちが落ち込んでいる時でも「ハウスの中に入ると元気になれる」という江戸さん。ぴんと張った葉っぱに触れ、赤く実ったいちごを見ていると「今日も元気に育ってくれているな」と、いつの間にかクヨクヨした気分もなくなっているそう。</p><h2>農園の情報発信</h2><p class="rassic">日頃は、農作物に合わせた生活をしているため、夕方には食事をすませ、夜９時には就寝という生活を送っています。朝は５時に起きてゆっくり朝食を楽しみ、夜明けとともに収穫が始まります。農業を始めて、思わぬ体調の変化がありました。「悩まされていた花粉症が治ったんです。規則正しい生活って大事ですね」とはつらつとした笑顔で話してくれました。</p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2020/05/kagawa_edo_3.jpg" alt="江戸"/><p class="rassic">そんな江戸さんが就農するときに不安に感じたのは、「周囲との関わりがなくなること」。</p><p class="rassic">畑で作物と向き合っていると、周囲とのつながりやコミュニティが築きづらくなるかもしれません。そこで、気晴らしも兼ねて趣味のカフェめぐりすることに。周辺のカフェやパン屋さんを訪ねるうちにお店の方とも仲良くなり、今では江戸農園のいちごを使ったメニューが巡ったお店に並ぶようになりました。</p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2020/05/kagawa_edo_4.jpg" alt="江戸"/><p class="rassic">週末にはマルシェなどのイベントにも積極的に出店しています。「生産者と消費者の目線は全然ちがうんですよ。お客様のニーズを聞いて両方の目線をもてると、いちご作りも変わってきます」とイベントでのお客様とのやりとりが日々の仕事にも生きているようです。イベントで江戸農園のいちごを知った方が、いちごを求めて農園まで足を運んでくださることも少なくありません。江戸さんはSNSを使って、いちごの販売情報や出店情報などを発信する、自他ともに認める江戸農園の広報部長。SNSを見たご近所の方が「ここで直接買えるなんて知らなかったわ」といちごを買いに来られることも。いちご狩りやイベントの様子、看板猫ちゃんなど、農園の雰囲気や江戸さんの人柄がギャラリーから伝わってきます。</p><h2>人が集まる場所を作りたい</h2><p class="rassic">今後について江戸さんにたずねると、「品種や“いちご”と一括りにされずに、江戸農園のいちごが食べたい！ と言ってもらえるようになりたい」とにこやかに話してくれました。</p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2020/05/kagawa_edo_5.jpg" alt="江戸"/><p class="rassic">もうひとつ教えてくれたことがあります。それは、いちごやお米のほかに自家菜園で野菜も育てている江戸さんの目標は「人が集まれる場所を作ること」。自家菜園で育てた野菜を使って食事を出したり、いちごを使ったスイーツが並んだりするような納屋カフェを作りたいとご主人や友人と計画しています。</p><p class="rassic">「わたしは料理担当で、スイーツ担当もすでにキープしているんです」と、カフェ巡りから広がった人とのつながりが、江戸さんの新たな夢を育んでくれています。</p>]]></description>
		      </item>
		    <item>
			  <title><![CDATA[小豆島・三都半島を柑橘の里にしたい／香川・小豆島　向井愛さん]]></title>
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			  <pubDate>2025-01-30 07:00:39</pubDate>
			  <description><![CDATA[<h2>パートナーの夢に便乗しました</h2><p class="rassic">3年前に地元・小豆島で新規就農した向井愛さん。おもに柑橘類を扱う実都農園を夫婦で営んでいます。島外の大学を卒業後は小笠原でホエールウォッチングガイドをしていたという珍しい経歴をもっています。小豆島にUターンしてからは農業生産法人に勤務し、そこで農業を志すご主人に出会いました。母方の実家が柑橘とキウイの農家だというご主人は、子供ながらに耕作放棄地が増え、農業の担い手が減っていく現実に心を痛めていました。「なんとかしたい、柑橘農家になりたい！と強い思いをもつ主人に便乗したんです」と、ブラッドオレンジが色づく畑で話してくれました。</p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2020/05/kagawa_mukai_1.jpg" alt="向井"/><h2>開墾からのスタート</h2><p class="rassic">三都半島にある大木がそびえる耕作放棄地を開墾するところから始まりました。当初、向井さんのご両親にはすごく反対されたそう。「農業では食べていけないぞ」「それでもやりたいの！」反対と説得を繰り返し、畑を開墾し始めた頃から徐々に手伝ってくれるようになり今は応援してくれています。畑を耕し始めると、いろんな人が声をかけてくれるようになりました。「誰が畑やってるの？」から始まり「あっちの畑でもやってみないか？」など親切にみなさんが声をかけてくれます。ある日、畑の隣に暮らす人がわざわざ電話くれて「イノシシが来てたみたいだけど畑は大丈夫？」と、気にかけてくれたときもあったり、温かい人が本当に多いんです。普及センターやJA、インターン制度で勉強していた時の師匠や地域の方に、教えを請いながら取り組んでいます。と向井さん。小豆島の暮らしやすさがうかがえます。</p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2020/05/kagawa_mukai_2.jpg" alt="向井"/><p class="rassic">柑橘は苗木からのスタートで、収穫まで年単位で時間がかかります。生計を立てるには比較的早く収穫できる野菜も並行していこうと始めてみると、柑橘とはちがう野菜栽培のおもしろさに気づきました。「柑橘の成育次第で量は変わるかもしれないけど、野菜も柑橘も両方やっていきたいです」と楽しそうに栽培中のものについて教えてくれました。JAへの出荷と直接販売する２つの方法をとっているので、いろんなお声を聞けるのが楽しいし励みになっています。昨年買ってくれた人が「今年もお願いしたい」とリピーターになってくれたり、クチコミで広がっていったり。「子供たちに安心して食べさせてあげられるものを作りたい」と、減農薬や無農薬のものを生産しているので、こだわりをもつ方からのお問い合わせも増えてきています。</p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2020/05/kagawa_mukai_3.jpg" alt="向井"/><h2>耕作放棄地を減らしたい！</h2><p class="rassic">現在、小豆島で農業をされている方も、あと20年もすればほとんどがリタイアされる世代です。その人たちが畑を手放せなければならないとき「向井に相談してみよう」と言ってもらえるような存在になりたい、としっかりした眼差しで島の農地の維持や発展について話してくれました。自分たちで開墾してみてわかったのは、畑が荒れるのはあっという間なのに再生するのはとても大変だということ。開墾していると近所のおじいちゃんがやってきて悲しそうに言うのです。「20年前はこんなに荒れるなんて思わなかった。山のずっと上の方まで段々畑があったのになあ」そういった声が減るように、少しずつ、少しずつでも畑を広げて再生に取り組み「次の代に繋げられるような形を作って後継者の育成に進みたい」という思いをもっています。まだ幼い二人の娘たちが「やりたい」と言ってくれたら理想だけど、ほかの人たちが手を挙げてくれたときに「できるよ！」と渡せる環境を作っておきたいんです。</p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2020/05/kagawa_mukai_4.jpg" alt="向井"/><p class="rassic">これからのプランについて聞いてみると、きらきらした笑顔で答えてくれました。「ブラッドオレンジを小豆島の特産のひとつにしたいんです。そして三都半島を柑橘の里にしたい！」ブラッドオレンジを知らない人も多いので、まずは自分たちがしっかり作れるようになることが目標です。「作ってみたい」という人が出てきたら「一緒にやりましょう！」と言えるようにしっかりとした生産者になっておきたい。実都農園のWebサイトは向井さんの担当。自分たちの想いを伝えるツールとしてSNSも利用しています。「収量が安定したらwebでの販売もできたら」と思いはふくらみます。「実都農園のものはなんでもおいしいね」と言われたらうれしい。まだまだひよっこだけど将来的には。ね！と頼もしいパートナーと顔を見合わせて、向井さんはとびきりの笑顔を見せました。柑橘から広がる、家族と島の未来を夢描いています。</p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2020/05/kagawa_mukai_5.jpg" alt="向井"/>]]></description>
		      </item>
		    <item>
			  <title><![CDATA[時間をかけて丁寧に　お客さんの笑顔のために作られた梨/香川・三豊市　宮﨑和代さん]]></title>
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			  <pubDate>2024-09-01 02:00:01</pubDate>
			  <description><![CDATA[<h2>きめ細やかさが必要とされる梨作り</h2><p class="rassic">「わあ、大きい梨！」この日香川県三豊市にある梨農家、宮﨑和代さんの農園を訪れると、赤ん坊の頭くらいはありそうな梨が、たわわに実っていました。この梨は、愛宕梨（あたごなし）という品種。10月から11月頃に収穫時期を迎え、大きいものでは優に1㎏を超えます。宮﨑さんいわく、1ヶ月くらい追熟させると、もっと甘くおいしくなるのだとか。そのため、購入後に大事に保存し、お正月に家族みんなで味わうお客さんも多いそうです。</p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2020/05/kagawa_miya_1.jpg" alt="宮崎"/><p class="rassic">宮﨑さんの営む「平和農園」では、愛宕梨をはじめ、幸水やあき月といった10種類の梨と、ジャムなどの加工品を生産しています。「梨一玉できるまでに、10回以上も人の手が必要なんですよ」宮﨑さんがそう話すとおり、梨作りには、多くの手間と、きめ細やかな作業が不可欠。「梨の実は風でそよいだ葉で傷ついてしまうくらい繊細なので、一玉、一玉専用の袋を被せてあげないといけないんです。他にも、たい肥をあげて、草刈をして、剪定をして。一年中大忙しです」日本人には馴染みの深い梨。私達は、時期がくれば自然と実をつけるものだと、ついつい錯覚してしまいがちです。「当たり前のおいしさは、誰かの毎日の積み重ねによって生まれている」、宮﨑さんのお話を聞いて、思わずはっとさせられました。</p><h2>ずっと見てきた両親の背中とお客さんの笑顔</h2><p class="rassic">宮﨑さんの農園に梨の木が植えられたのは、約20年前。それまで田んぼだった土地を梨農園にしようと、宮﨑さんのご両親が一念発起されました。しかし、「桃栗三年柿八年」という言葉があるように、果樹が実をつけるまでには大変な時間がかかるもの。当然、宮﨑さんの梨も、一朝一夕で今の状態になったわけではありません。「梨の木が実をつけるようになるまで大体5年、成木になるまでだと10年はかかるんです。特にうちの場合は、元々田んぼだった土地に植えたので、水はけをよくして、土を柔らかくしないといけなかったんですね。土壌の改良にすごく手間と時間がかかりました」</p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2020/05/kagawa_miya_2.jpg" alt="宮崎"/><p class="rassic">「自分の子どもに安心して食べさせられるような梨を目指して、当初から除草剤も化学肥料も使わずに、有機肥料で育てています。その分、どうしても手作業は増えてしまうのですが、安心安全なものをお客様に食べてほしいという想いをずっと大切にしています。」元々会社員だった宮﨑さん。そんな宮﨑さんが、ご両親の農園を継ごうと決断したのは、今から約9年前のことでした。「こだわって一生懸命やっている両親を見てきたので、この農園をなくしたくないなって思ったんです。その頃から徐々にお客さんも増えだしたので、その期待を裏切れないという想いもありました」</p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2020/05/kagawa_miya_3.jpg" alt="宮崎"/><p class="rassic">そこから宮﨑さんは、ご両親の下で農業について学び、今では「ここの梨しか食べられない」と、お客さんに言ってもらえるまでになりました。「農業って心が折れそうになることもあるんですけど、実をつけた時の喜びとか、楽しみにしてくれているお客さんの顔には、それを上回るものがありますね」見続けてきたご両親の背中と、お客さんの笑顔。その2つを胸に、宮﨑さんは今日も梨作りに励みます。</p><h2>夢は大きく　ゆっくりと着実に</h2><p class="rassic">宮﨑さんは、三豊市の女性農家で結成された「みとよ若嫁ファーム」に所属しています。イベントなどで三豊市の農作物をPRしており、最近では、「三豊市の名産品を作ろう」という話も持ち上がっているのだとか。農家のみならず、行政、企業とも力を合わせていければと考えています。さらに、宮﨑さんは、こんな話もしてくれました。「将来、収穫だけじゃなくて、そこに至るまでの農作業も体験できるような観光農園を作りたいですね。土に触れて、自分達が食べているものがどうやってできるのか、子ども達にきちんと知ってもらいたいんです」</p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2020/05/kagawa_miya_4.jpg" alt="宮崎"/><p class="rassic">どうやら、宮﨑さんの目標は、周りの人達にも、何かが還元されるようなものばかり。より多くの人を幸せにしたいと思えば、自然と目標も大きくなっていくのかもしれません。「もちろん、名産品も観光農園も、一からスタートするので時間はかかると思います。でも、できることを少しずつ進めて、徐々に形にしていくことができれば良いんです」ご両親がそうだったように、宮﨑さんも自分の目標に向けて、ゆっくりと、着実に歩を進めています。数年後、数十年後、宮﨑さんという木は、一体どんな実をつけるのでしょうか。</p>
<img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2020/05/kagawa_miya_5.jpg" alt="宮崎"/>]]></description>
		      </item>
		    <item>
			  <title><![CDATA[URAfarmは野菜にも人にも愛情をたっぷりと／香川・観音寺市 浦聡子さん]]></title>
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			  <pubDate>2024-04-15 02:00:46</pubDate>
			  <description><![CDATA[<h2>気が付いたら農業に夢中　この土地のために私達が頑張らないと</h2><p class="rassic">きらきらとした笑顔で畑を案内してくれたのは、香川県観音寺市で農業を営む浦聡子さん。ご主人の達生さんと一緒に、レタス、アスパラガス、ネギなど、様々な野菜を育てています。</p><p class="rassic">浦さんご夫婦は、就農して今年で6年目。若い世代として香川県の農業を盛り上げる2人は、実は、元々美術を専攻していたという変わった経歴の持ち主です。</p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2019/05/ura01.jpg" alt="観音寺市浦聡子さん夫妻"/><p class="rassic">「私も主人も首都圏出身で、東京の美術大学に通っていました。将来について考えている時期に、観音寺市の農園のアルバイト募集を見つけて、何となく2人で応募してみたんですね。何となくで始めたはずなのに、いつの間にか農業の方が楽しくなっちゃいました」</p><p class="rassic">アルバイト後も同じ農園で修行を積み、そこの親方の指導の下、2018年7月には農業法人『URAfarm』の設立を果たします。</p><p class="rassic">地域の人達との出会い、そして農業への熱意と好奇心が、お2人をここまで突き動かしてきましたが、加えて原動力になったのは、観音寺市への「地域愛」でした。「この土地にやって来たのは、本当たまたまだったんですけど、愛着が湧いたんですね。若い世代が農業やらないと、この土地が衰退しちゃいますから。私達が頑張らないと」すっかり、観音寺市を担う一員となった聡子さん。力強い言葉からは、農家としての自覚と責任感が伝わってきます。</p><h2>可愛くて仕方がない野菜達　自然と向き合って心に訪れた変化</h2><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2019/05/uraaya.jpg" alt="URAfarmアスパラ" /><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2019/05/asupara.jpg" alt="香川アスパラ"/><p class="rassic">「私が育てたアスパラ見てください！」野菜を紹介してくれる聡子さんは、まるで、子どもが宝物を見せてくれるかのよう。嬉々とした表情と、野菜へ向けられる愛情いっぱいのまなざしが、とても印象的です。「私、自分でも気が付かないうちに野菜と会話してるみたいです。家に帰ったら、野菜に『ただいま、帰ってきたよ』って声をかけちゃうんですよね。自分で育てた野菜の可愛さは、やっぱり違います」</p><p class="rassic">聡子さんは、「野菜は、手をかけた分だけ素直に反応してくれる」と言います。日々、野菜が変化する様子を見ては、喜びを感じるのだそうです。とはいえ、天候に大きく左右される農業において、予想外の結果は付き物。どれだけ手をかけても、その努力が水泡に帰すことだってあります。そんな、気まぐれな自然を相手にしていく中で、聡子さんにも大きな心境の変化がありました。</p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2019/04/urasan.jpg" alt="観音寺市就農"/><p class="rassic">「農業を始めて、『世の中にはどうしようもできないことがあるんだな』って、潔さが身に付きました。人生って、潔く諦めて、前を向いた方が良いことだってあるじゃないですか。やるだけやったら、『神のみぞ知る』って感じですね。前よりも、物事を大らかに受け入れられるようになりました」</p><p class="rassic">昔の人達は、畏敬と親しみの念を込めて、太陽のことを「お天道様」と呼びました。聡子さんの話を聞いていると、そう呼んだ人達の想いが何となく分かるような気がします。</p><h2>家族じゃないからこそ、家族以上にお互いを大切に</h2><p class="rassic">URAfarmでは現在、パートタイマーや短期アルバイトを含め、合計10名の従業員が働いています。年齢や国籍、URAfarmへやって来た経緯はそれぞれ異なりますが、精神的にも、技術的にも支え合う、心強い仲間達です。</p><p class="rassic">「うちの従業員は、本当にみんな優しいんです」と聡子さんが話すとおり、困ったことがあれば、自分の担当業務を超えて助け合う空気があるのだとか。取材中も、従業員同士、仲の良さそうな様子が垣間見えました。</p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2019/05/urafarm.jpg" alt="観音寺市URAfarm"/><p class="rassic">言うなれば、従業員全員が、農業を通して密な時間を共有しているわけですが、聡子さんは、だからこそ互いが尊重し合える仲でなければならないと言います。</p><p class="rassic">「私達は、毎日一緒にいますけど、決して家族ではありません。でも家族じゃないから、家族以上にお互いを大切にしないといけないんです」</p><p class="rassic">手をかけた分だけ反応してくれる―。もしかすると、それは野菜も人も同じなのかもしれません。ここでは、野菜と人の両方が、たっぷりの愛情の中、すくすく成長していました。</p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2019/05/ura02.jpg" alt="URAfarm"/>]]></description>
		      </item>
		    <item>
			  <title><![CDATA[「生きくらげ」の美味しさを知っていますか？]]></title>
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			  <pubDate>2025-05-15 06:00:11</pubDate>
			  <description><![CDATA[<h2>「きくらげ」ってなあに？</h2><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2018/11/kikurage_1.jpg" alt="生きくらげ" /><p class="rassic">「きくらげ」は料理の見た目をキリッと引き締め、他の食材にはないコリっとした歯ごたえが自慢のオンリーワン食材です。名前から「クラゲ」と混同しがちですが、「きくらげ」は海の生き物でも野菜でもなく「きのこ」の一種なのです。</p><p class="rassic">近頃では生のキクラゲがスーパーにも出回るようになりました。きくらげは漢字で「木耳」と書きますが、まさにそのとおり！生きくらげは耳のような形で、つるっとした食感と歯ごたえが素晴らしい、他の食材にはない美味しさです。</p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2018/11/kikurage_oohata.jpg" alt="ファーム大畑さん" /><p class="rassic">茨城県筑西市ファーム大畑の大畑直之さんにキクラゲの生産についてお話をうかがいました。</p><h2>培養期間60日！？どうやって栽培されているの？</h2><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2018/11/kikurage_zaru.jpg" alt="木耳" /><p class="rassic">ファーム大畑は椎茸の生産を通年行いながら、期間を限定して生きくらげを栽培しています。鍋物シーズンの秋冬はご自慢の「まろ福椎茸」の生産がピークを迎えるため、５〜10月頃までが「生きくらげ」の生産時期となります。</p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2018/11/kikurage_oga.jpg" alt="きくらげの育て方" /><p class="rassic">まずは巨大なミキサーでおが粉・水・栄養体を混ぜ合わせる菌床作りから。袋詰め機でギュッと押し固め、菌を接種します。棚に並べ、温度と湿度を一定に保ちながら60日間培養します。</p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2018/11/kikurage_2.jpg" alt="きくらげ" /><p class="rassic">菌床に菌がまわると全体が白くなり、きくらげが出てくるのです。根元を切り過ぎないようハサミで丁寧に収穫すると、その後も成長し2〜3回収穫できます。</p><p class="rassic">きのこ類の生産は、天候に左右されないものの、収穫ペースが早く休む間なく管理しています。「なんだか農家というよりも工場っていう気分ですね。」と大畑さん。</p><h2>農家さんおすすめ！生きくらげの美味しい食べ方</h2><p class="rassic">おすすめの味わい方を尋ねると、「うちではあえものにしたり、卵と一緒に炒めたりしますよ。天ぷらもおすすめです。」と教えてくださいました。</p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2018/11/kukurage_sara.jpg" alt="国産きくらげ" /><p class="rassic">教わった通りに、さっと茹でて食べやすく切り、白だしとおろし大根であえてみると、滑らかさと歯ごたえに驚きました。</p><p class="rassic">生のきくらげを見かけたときにはぜひお試しください。きくらげは輸入品がほとんどで国産品は１〜2％と言われています。美味しくいただいて、国産きくらげをみんなで守っていきたいですね。</p>]]></description>
		      </item>
		    <item>
			  <title><![CDATA[「種から国産」・伝統野菜で日本の農業と食文化をつなぐ／愛知・大府市 高木幹夫さん]]></title>
			  <link>https://rassic.jp/content/9679</link>
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			  <pubDate>2023-11-30 02:00:31</pubDate>
			  <description><![CDATA[<h2>目指すのは、昔のように伝統野菜が食卓で当たり前に並ぶこと</h2><p class="rassic">近年、愛知県でも地元の伝統野菜をブランド化する取り組みがあり、その中心人物として活動している高木幹夫さん。高木さんは、元JAの職員で、生産から販売までの一貫業務の担当をして、直売所の立ち上げにも携わって統括部長を務められ、現在はあいち在来種保存会の代表として活動しています。</p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2018/10/takagi_1.jpg" alt="宮重大根" /><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2018/10/takagi_2.jpg" alt="愛知高木さん" /><p class="rassic">地元の大府市にある畑では、消えつつある愛知生まれの伝統野菜の種を集めて栽培し、形の良いものを選んで残して採種しながら、伝統野菜の復活にも力を入れています。</p><h2>種から国産の野菜づくり</h2><p class="rassic">最近は、地産地消の取り組みの力から生活者の地元の農産物に対する意識が高まり、認知度が高まってきた伝統野菜。そんな伝統野菜の保存活動をしている高木さんには、保存活動以外にもうひとつのこだわりと挑戦があります。それは「種から国産の野菜を増やすこと」。</p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2018/10/takagi_3.jpg" alt="愛知大府市農家" /><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2018/10/takagi_4.jpg" alt="青首大根" /><p class="rassic">現在スーパーに並んでいる野菜のほとんどは生活者や生産者の求めから、人の手によって品種改良されたF1品種。現在の日本の食料自給率は約40％と言われている中、種の自給率は更に低い１０％あるかないかというのが現状です。</p><p class="rassic">「現在流通している種の90％近くが外国産。なんらかの理由で種が輸入できなくなったら、日本で野菜は作れなくなってしまう。日本の農業の将来を考えて、種から国産の伝統野菜を守っていきたい」と高木さんは話しています。</p><h2>伝統野菜から学ぶ現代の「食」が持つ問題</h2><p class="rassic">高木さんは、「伝統野菜は野菜本来の姿をしている」と言います。本来の野菜は元々曲がっていたり、甘さがないものや野菜特有の青臭さや苦みが強いものも沢山あります。</p>
 <img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2018/10/takagi_5.jpg" alt="木の山五寸人参" /><p class="rassic">以前、高木さんが直売所にいる頃、お客様から「人参が人参くさくて食べられない」とのクレームを頂いた事があったそうです。どの野菜か調べたところ、その野菜は地元の伝統野菜の木の山五寸人参だったとか。伝統野菜は個性が強いものも多いし、甘い野菜は確かに美味しいけれど、野菜本来の土臭さや青臭い野菜の味も知る事も大切だと高木さんは言います。</p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2018/10/takagi_6.jpg" alt="にんじん" /><p class="rassic">それは、味覚が育つから。昔から、五感を使って様々な食材の味を感じとってきたことが、日本人の繊細な味覚が作られた理由のひとつでもあるそうです。そして2013年には和食が無形文化遺産となりました。美味しさも大切ですが、高木さんが言うように、伝統野菜を食べることによって、日本の農業と伝統的食文化、そして本物の和食の味を残し、繋いでいきたいですね。</p><p class="rassic">野菜ソムリエ・ナチュラルフードコーディネーター/桜井さちえ</p><a href="https://rassic.jp/content/9663" class="tirasi">青首大根のルーツと言われる「宮重大根」を求めて</a>]]></description>
		      </item>
		    <item>
			  <title><![CDATA[半原かぼちゃを残したい／岐阜・瑞浪市 土屋勉さん 勝股英昭さん]]></title>
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			  <pubDate>2018-09-08 09:13:55</pubDate>
			  <description><![CDATA[<h2>昼夜の寒暖差と肥沃な赤土が美味しいかぼちゃを育てる</h2><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2018/09/hanbara_honbun3.jpg" alt="半原かぼちゃの収穫" /><p class="rassic">今回お話を伺ったのは、岐阜県瑞浪市で半原かぼちゃを作っている生産者の土屋勉さんと勝股英昭さん。半原かぼちゃを作り始めて60年の土屋さんの畑へおじゃまして来ました。畑がある場所は、自然に囲まれたのどかな地域。ご自宅前にある畑には沢山かぼちゃが実っています。</p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2018/09/hanbara_honbun1.jpg" alt="半原かぼちゃ" /><p class="rassic">半原かぼちゃは、ゴツゴツとした形と皮に白い模様が入っているのが特徴で、果肉はオレンジ色。切るとスイカのような爽やかな香りが漂います。小菊のような花の形が可愛らしい小型のかぼちゃです。地元では、プリンやジェラートなどのお菓子に加工され、瑞浪市の特産品にもなっています。</p><h2>おいしいと評判に・知る人ぞ知る半原のかぼちゃ</h2><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2018/09/hanbara_honbun4.jpg" alt="半原かぼちゃジューシー" /><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2018/09/hanbara_honbun5.jpg" alt="半原かぼちゃオレンジ色" /><p class="rassic">半原かぼちゃは、瑞浪市日吉町半原地区で昭和10年頃から栽培が始まりました。元々、地元の農家さんが畑の片隅で家庭用として作っていたそうです。当時から、ほぼ地元の中だけで消費されている為、市場に出回る事がありません。</p><p class="rassic">昔、地元の八百屋で売ったところ「この美味しいかぼちゃはどこのかぼちゃや？」これは「半原のかぼちゃ」や、と評判になったとか。半原の地域で作られていた事から「半原かぼちゃ」と呼ばれるようになったそうです。</p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2018/09/hanbara_honbun7.jpg" alt="半原かぼちゃ農家の土屋さん" /><p class="rassic">収穫は7月中旬から8月お盆過ぎ頃まで行われます。ちなみに瑞浪市は7月盆と8月盆のふたつの地域があるとのこと、7月盆は13日。小ぶりの半原かぼちゃはお供えにぴったりで、昔からナスやキュウリなどと一緒にお供えするそうです。</p><p class="rassic">「昔は7月のお盆に間に合うように作っとった」と土屋さん。以前はお盆の時期になると沢山注文が入ったそうです。「今はプリンになる為に作っていますね！」と勝股さんが言うと、土屋さんは「そうやなぁ」と笑っていました。</p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2018/09/hanbara_honbun10.jpg" alt="半原かぼちゃの農家さん" /><p class="rassic">勝股さんは、普段は会社員として働くサラリーマン。休日を利用して農業を営んでいます。また、野菜ソムリエの資格を活かし、野菜の魅力を伝える活動や、地元の仲間と一緒に里山を楽しむコミュニティー活動などもしています。半原かぼちゃの栽培を始めたのは3年前。</p><p class="rassic">きっかけを伺うと「何か自分も野菜を作ってみたいと思ったことと、地元に伝統野菜があったこと」でした。とはいうもの、それまで家庭菜園しか経験がなかった勝股さん。栽培方法を学ぶ為、インターネットを使って農家さんを調べて訪ねた先が土屋さんのお宅。それが、土屋さんと勝股さんの出会いとなりました。</p><p class="rassic">最初の1年間、勝股さんは土屋さんの畑へ通い作業を手伝いながら見て学んだそうです。しかし、会社員なので、時には長期で出張が入る事も。その時ばかりは友人達に声をかけ、ボランティアスタッフを募集して作業をお願いています。困った時には仲間に助けてもらいながら乗りきっています！そんな、忙しい勝股さんですが、ゆっくり休めなくて大変じゃないですか？と聞くと、畑へいくこと「これが僕の休日の過ごし方なんです」と勝股さん。かぼちゃ作りを楽しんでいるのが伝わってきますね。</p><h2>かぼちゃが繋いだ、人と里山の伝統野菜</h2><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2018/09/hhanbara_honbun9.jpg" alt="半原かぼちゃの種" /><p class="rassic">現在、半原かぼちゃを作っている農家さんは土屋さんと勝股さんを合わせて3人。数年前までは十数人いたそうですが、高齢化でどんどん減ってしまったそうです。土屋さんも今年90歳、もう一人の方も80歳以上と高齢の方。後継者不足なのも悩みです。</p><p class="rassic">そんな中「勝股くんが来て、かぼちゃを作ってくれてうれしいよ」と土屋さんは嬉しそう。勝俣さんも土屋さんの事を「師匠」と呼んで慕っていて　「僕がいる間は、種だけでも残していきたい」と半原かぼちゃへの想いも伝わってきました。</p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2018/09/hanbara_honbun8.jpg" alt="岐阜県瑞浪の半原かぼちゃ" /><p class="rassic">見ていると、とっても和やかな雰囲気の二人。そんな土屋さんと勝股さんを見ていて、かぼちゃを通じて人と人が繋がって、このままでは途絶えてしまいそうだった種がこれからも未来へ繋がったことって、とってもすごい事で素敵なことだなと思いました。</p><p class="rassic">文：野菜ソムリエ・ナチュラルフードコーディネーター/桜井さちえ</p>
<a href="https://rassic.jp/content/9489" class="tirasi">料理別・かぼちゃの切り方と下ごしらえ</a>]]></description>
		      </item>
		    <item>
			  <title><![CDATA[ワインこそ地酒！能登のぶどうでつくる／石川・穴水町 小川浩さん]]></title>
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			  <pubDate>2020-08-01 18:53:15</pubDate>
			  <description><![CDATA[<h2>石川県初のワイン造り</h2><p class="rassic">石川県鳳珠郡穴水町に広がるぶどう農園「有限会社北海道ワイン能登ヴィンヤード」。農場主の小川浩さんが、石川県で初めて加工用・醸造用ぶどう作りを始めたきっかけは、能登空港の開港でした。</p><p class="rassic">当時石川県が進めていた「能登空港開港記念ワイン」を作るプロジェクトのパートナーに選ばれたのが、北海道ワイン株式会社でした。決め手は、100%国産のぶどうを使うことにこだわっていることです。石川県の農業振興につながり一石二鳥でした。</p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2018/04/wain2.jpg" alt="能登ワインヤード"/><p class="rassic">農場主に選ばれた小川さんでしたが、能登はワイン造りには不向きな土地であることを実感します。赤土の粘土質で水はけが悪く、降水量が多い、しかも梅雨がある。</p><p class="rassic">それでも小川さんはぶどう作りに邁進し、無事に「能登空港開港記念ワイン」をつくることができました。こうして能登でもぶどうが栽培できることが証明され、2000年3月に「有限会社北海道ワイン能登ヴィンヤード」が設立しました。</p><h2>能登の気候や風土に寄り添って</h2><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2018/04/wain4.jpg" alt="小川浩さん"/><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2018/04/wain1.jpg" alt="能登ワインの作り方" /><p class="rassic">ぶどう農家は一年中仕事があります。９月から10月に収穫を終えた後は、垣根の整備や補修を行います。11月から3月までの5か月間に剪定し、４月になると垣根を直しつつ新芽が出るのを待ちます。そして4月下旬から芽を育てていく作業になります。きちんと上に伸びていくように補助したり、病気を防ぐために消毒をしたり、下の草を除草したりします。６月中旬以降、受粉し粒が大きくなり房になっていくぶどうの手入れをしつつ、また収穫の時期を迎えます。</p><p class="rassic">現在は15.9ヘクタールの土地に、10種類のぶどうを18000本栽培しています。ワイン造りには不向きといわれた能登ですが、ヤマソーヴィニヨンという品種は能登の土地に合ったぶどうで、糖度が順調に上がって色もしっかりと濃くなり、収穫量も安定しています。国産ワインコンクールで金賞を受賞し、能登のワインの質の良さを世に知らしめました。</p><h2>メリハリのある働き方</h2><p class="rassic">現在、北海道ワイン能登ヴィンヤードでは社員4名、研修生2名の6名が働いています。就業時間は基本8時から17時で、日曜日と祝日は必ず休日、土曜日は仕事がなければ休みにしています。</p><p class="rassic">小川さん自身は、ぶどう作りを始めてからの10年間、2人の子どもを育てながらほとんど休みなく働いてきました。「子どもがインフルエンザで保育園に預けられないときは、頭に冷却シートを貼ってトラックの後ろに寝かせ、その傍らで仕事をしていたこともありました。僕が大変な思いをしたから、きちんとした労働環境を作りたくて」と当時の苦労を振り返ります。</p><p class="rassic">小川さんの今の夢は、農業面から能登のワイン作りを支えていくことです。「地元の土地で、そこの太陽の光を浴びて育った地元のぶどうがそのままワインになる。ワインこそ地酒だと僕は思うんです」</p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2018/04/wain3.jpg" alt="能登ワイン"/><p class="rassic">ほとんどが北陸三県で消費されてしまう能登の“地酒”ワイン、是非一度飲んでみたいと思いました。</p><p class="rassic">文：大曽根桃子</p>
]]></description>
		      </item>
		    <item>
			  <title><![CDATA[かじやま農園で春の味覚「たけのこ」を収穫！／広島・広島市 鍜治山直樹さん]]></title>
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			  <pubDate>2026-03-15 08:00:51</pubDate>
			  <description><![CDATA[<h2>たけのこの旬！春の訪れ</h2><p class="rassic">さくらの樹がピンク色に染まるころ、土の中で、たけのこが大きく育つ時期を迎えます。広島県広島市のかじやま農園さんでは、3月中旬からたけのこの収穫がはじまり、3月下旬～4月初旬にかけて、たくさんのたけのこが収穫されます。たけのこにとって、秋の長雨は恵みの雨となり、今年のたけのこは、すこしスタートが早くなっていると、鍜治山直樹さんが教えてくれました。</p><p class="rassic">かじやま農園さんでは、直樹さん、父親の正照さん、兄の政隆さんをはじめ、ご家族いっしょにたけのこの収穫作業を行います。曾祖父の代からもう１００年以上続くたけのこ農家さん。広島市内にある住宅街からほど近い場所にあり、背の高い竹林の木陰がある、心地よい空間が広がっていました。</p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2018/04/takenoko.jpg" alt="たけのこ"/><p class="rassic">たけのこは雨が降ると、「雨後のたけのこ」と言われるように、雨が降るたびに成長が早くなります。今年は砲丸型という、下がずくっとした形のものが収穫されており、土の中の栄養分が多く根元が太い形となっています。この形のものが収穫される年は、収穫量も期待できるそうです。</p><p class="rassic">かじやま農園さんでは、主に<a href="/content/3069">たけのこは水煮にして加工品の状態</a>で出荷しています。竹林の近くの作業場で、釜にお湯をわかしておき、掘ってきたらすぐに釜でゆがく。そして皮をむいて形を整えたものを、一斗缶の中に入れ、きちんと缶詰（真空）にしておきます。必要量だけパックに加工することで、美味しい状態のまま、年中供給できるようにしています。</p><h2>たけのこの収穫を見せてもらいます！</h2><p class="rassic">直樹さんは日本農業経営大学校の1期生として農業を2年間勉強をしました。卒業後、実家で農業を始めて3年が経ち、少し自分なりのスタイルが整ってきたとのこと。農業がどんどん楽しくなってきているそうです。</p><p class="rassic">「1年目は、がむしゃらに働いていました。2年目から、すこしずつ外に出ることも増え、そこで出会った農業の仲間から声をかけてもらえるようになって、活動の幅が広がっています。」</p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2018/04/ss.jpg" alt="たけのこ堀り"/><p class="rassic">竹林に移動し、たけのこの収穫風景をみせていただきながら、たけのこのことをいろいろと教えていただくことにしました。たけのこを収穫する竹籠はとても大きく、たけのこが収穫され、次々と中に入っていきます。</p><p class="rassic">1本の竹から、毎年たけのこが収穫されるわけではなく周期があります。親の竹は3年目にたけのこを出します。そして、その次の年は休むのが、たけのこの自然の原理。しっかり生え「出る、休む」を繰り返すので、そのサイクルに合わせて、人の手で整えていきます。見分け方のひとつが笹の状態。しっかり生える竹は、笹の先がしっかり垂れて真っ青になっています。</p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2018/04/take.jpg" alt="鍜治山直樹"/><p class="rassic">休ませる竹は、笹の先の方が黄色になるので、5月頃に全部笹を落としていきます。6年ぐらい経過した竹は、働きが悪くなるので、7年～8年ぐらいで間伐しチップにして、竹林や畑の堆肥に利用するそうです。</p><h2>たけのこの収穫風景</h2><p class="rassic">土の表面がすこしひび割れて、盛り上がっているところを探します。ちょっと違和感があるところを足で確認しながらたけのこを見つけます。表面をすこし掘ると芽が見つかります。</p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2018/04/kuwa.jpg" alt="たけのこ"/><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2018/04/takenoko-hori.jpg" alt="堀った筍" /><p class="rassic">専用の鍬（くわ）で、やさしくたけのこの芽の周りを軽く掘って、穂先の形を見て、その下のたけのこの位置をイメージして、根元にめがけてまっすぐな鉄の棒を刺し、いっきに根を切ります。持ち上げると、大きなたけのこが姿を現します。</p><p class="point"><b>たけのこ豆知識１</b><br/>たけのこは、穂先が土の中にあると黄色で、たけのこのアクが少ない。土から顔を出して、日にあたった穂先は緑色になり、徐々にアクが出てくるもの。</p><p class="point"><b>たけのこ豆知識２</b><br/><a href="/content/3277">掘ってすぐにタケノコをかじると！トウモロコシのような、梨のような香りがして、甘み</a>があります。食感はシャキシャキとしています。後味に、たけのこ独特の味が口の中に広がります。</p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2018/04/kajiyama01.jpg" alt="かじやま農園" /><p class="rassic"><b>かじやま農園さんの食育活動</b></p><p class="rassic">かじやま農園さんでは、たけのこ以外にも畑で野菜とさつまいもの苗や玉ねぎの苗を育てながら、近くの保育園や幼稚園の芋ほりの食育として年間2,000人ほどの受入をしています。</p><p class="rassic">近くの小学校の子どもたちには、さつまいもの植え付け～草取り～収穫までの一連の作業を経験してもらっています。その子どもたちが毎年11月頃に小学校で、ありがとう集会とかを開いてくれていると、やさしい笑顔で話す直樹さんの姿から、この地域で暮らす時間を大切にされている様子が感じ取れます。</p><p class="rassic">幅広く食に携わっているかじやま農園さんは、ご家族で力を合わせて、これからもずっと地元のみなさんの食をつないでいくことでしょう。</p>]]></description>
		      </item>
		    <item>
			  <title><![CDATA[岐阜・高山の風土が作り出すとろける甘さの極太ねぎ・飛騨一本太ねぎ]]></title>
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			  <pubDate>2024-12-15 08:00:25</pubDate>
			  <description><![CDATA[<h2>岐阜・高山の風土を大切にした野菜づくり</h2><p class="rassic">山の紅葉が鮮やかに色付き、寒さがぐっと増して霜が降りると、冬野菜が甘く美味しくなります。葱もその中のひとつですね。先日、岐阜県高山市国分町で飛騨一本太ねぎを栽培されている野村農園さんへ伺いました。畑がある国府町は、市街地からは少し離れたのどかな地域。周囲は小さな山に囲まれていて、近くには清流・宮川が流れています。</p><p class="rassic">野村農園さんは江戸時代から続く農家さん。ご主人は12代目で、奥さんの美也子さんと夫婦で農業を営んでいます。野村農園さんでは、飛騨の伝承野菜をはじめ、イタリア野菜などの西洋野菜やお米など、多品目の作物を栽培しています。できるだけ農薬の使用を減らした野菜づくりに力を入れ、地元の良質な有機資源を活用した肥料を中心に、ほとんどの野菜は農薬は使用せず、畑にやってくる虫や鳥、動物達の力を借りながら、極力自然に近い環境で育てています。</p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2017/12/nomura.jpg" alt="高山・野村農園"/><p class="rassic">野村さんの野菜づくりに対する想いと、自然豊かな高山の風土に恵まれて育っている畑の野菜達は、のびのびと力強くて味が濃く、そして野村さんの人柄が表れているかのようなやわらかい優しい味わいがとても印象的でした。</p><h2>地元で愛される飛騨の伝統野菜</h2><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2017/12/hidailtuponbuto.jpg" alt="飛騨の伝統野菜"/><p class="rassic">「飛騨一本太ねぎ」は、岐阜県高山市を中心に栽培されている岐阜県の伝統野菜に認定されているねぎです。とても太くて立派なねぎで、地元では昔から「労を葱らう」と言うことから、お歳暮などの贈り物として親しまれています。</p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2017/12/hidanegi2.jpg" alt="飛騨一本太ねぎ" /><p class="rassic">全体的に柔らかく、ずっしりと白根の部分が太いのが特徴で、大きいものは直径5~6cmになるものも。ねぎとねぎの株間を広くとる栽培方法で、太く大きく育てます。土寄せは、ねぎの成長に合わせて3回、1本づつ丁寧に手作業で行われます。収穫は、寒くなって霜にあたって甘味が増してくる11月頃から始まり、12月の雪が積もる前までに収穫を済ませます。</p><h2>飛騨一本太ねぎのとろける甘さのヒミツ</h2><p class="rassic">畑へ行くと、ねぎが10本程度にまとめてワラで束ねて、横に寝かせて並べられていました。これから冬の間、ねぎ達が雪の中で過ごす為の準備で、寝かせておくのは、雪の重さでねぎが潰れないようにする為。又、ねぎが上に向かって伸びて曲がることで、柔らかくなるんだそうです。</p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2017/12/hidanegi-1.jpg" alt="飛騨伝統野菜"/><p class="rassic">柔らかさも魅力の飛騨ねぎですが、粘りけがあり甘いのも魅力のひとつ。葉中にとろりとしたゼリー状の粘質物が一般のねぎよりも沢山入っているのも特徴です。このゼリー状のものは寒さから身を守る為に、ねぎ自身が糖を蓄えようとすることで作られます。雪が多く降る地域では昔から雪の中で野菜を保存しますが、このように雪の中で冬を越した野菜を「雪中野菜」といい、雪の布団の中でじっくりと寝かせたものは、甘さと柔らかさがグンとパワーアップするんだそうです。雪の中で更に美味しさが増した春先の飛騨ねぎも楽しみです！</p><p class="rassic">野村さんから、飛騨一本太ねぎのおすすめの食べ方も教えていただきました。</p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2017/12/hidanegi-howtoeat.jpg" alt="飛騨一本太ねぎの焼きネギ" /><p class="rassic">やっぱりねぎ料理の定番「鍋」や「すき焼き」に。もしくは、ねぎが真っ黒になるまで焼いた熱々でトロトロの甘～い「焼きねぎ」。</p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2017/12/hidanegi-ozouni.jpg" alt="飛騨一本太ねぎのおぞうに"/><p class="rassic">それから野村さんのお宅のお正月は、飛騨ねぎ・ちくわ麩・お餅のお雑煮でいただくそうです。ねぎを、どーん！と豪快にざっくりと、大きなぶつ切りにして入れることがポイントなんだそうですよ。柔らかく煮込まれてお出汁を吸ったねぎがとっても美味しそうですね！私もお正月に作って食べてみようと思います。</p><p class="rassic">文・野菜ソムリエ・ナチュラルフードコーディネーター　桜井さちえ</p>]]></description>
		      </item>
		    <item>
			  <title><![CDATA[花御所柿で鳥取から柿旋風を！／鳥取・八頭町 岡崎昭都さん]]></title>
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			  <pubDate>2025-11-01 02:00:34</pubDate>
			  <description><![CDATA[<h2>「花御所柿」をご存知ですか？</h2><p class="rassic">鳥取県八頭町の風土が生んだ花御所柿。その若き生産者、岡崎昭都さんにお話を伺いました。花御所柿は今から200年ほど前、奈良県の「御所柿」の枝を鳥取県郡家町の「花」という地域で接木したことから「花御所柿」と名付けられ、11月中旬〜12月あたりに収穫期を迎えます。手のひらいっぱいほど大きく、糖度は18度！甘みも最高峰の花御所柿は暮れの贈答用として需要が高く、感謝の気持ちとともにあちこちへ贈られています。</p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2017/12/goza.jpg" alt="鳥取八頭町の柿"/><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2017/12/s.jpg" alt="花御在所柿"/><p class="rassic">花御所柿は生理現象でヘタと実の間に穴があいてしまうものが多く、優れた柿は収穫量のわずか30%程度というから驚きです。生産性の悪さから花御所柿の生産をやめる方も多く、今ではますます希少価値の高いものとなっています。</p><h2>柿作りは100歳の師匠と100年の古木</h2><p class="rassic">花御所柿の生産者である祖父母、兼業で支える両親の元で生まれ育った岡崎さん。若い頃は農家を継ぐことなど全く考えておらずスケートボードに夢中でした。しかし時が経ち高齢になった祖父母を思い、ある時「やってやろう！」と柿農家を継ぐ決意ができたそうです。「100歳を迎えたおじいさんと1日でも長く一緒に作業したい、学びたいと思うと今は毎日がとても貴重です。</p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2017/12/kaki.jpg" alt="花御所柿" /><p class="rassic">自分の新たな挑戦について報告すると喜んでくれるのも嬉しい。『つなぎ・守り続けている』ということをしっかりと伝えたいですね。」30〜40年で収量が落ちるため木を植え替えるのが通常ですが、岡崎ファームには樹齢100年の柿の木があります。実る数は少ないものの、その柿の味は素晴らしく、まさに「格別」だそう。岡崎さんは100歳のお師匠さんと、100年の古木から花御所柿の生産技術と伝統を引き継いでいらっしゃるのです。</p><h2>鳥取八頭町から、これぞ本当の「開拓者」</h2><p class="rassic">柿の値下がりや生産者の減少など鳥取県の柿農家が直面する厳しい現状もまた、岡崎さんのやる気に火をつけました。自分が柿農家のモデルケースとして成功すれば、就農者も増えるはず。地域全体の柿農家を守り、増やしたいと、産地の再生を目指す岡崎さんは、すでに新たな挑戦に取り組んでいます。柿の生産をやめられた方の農地を引き継ぎ、新たな圃場を作るため今まさに開墾作業の真っ最中です。梨の生産に押され気味の鳥取県に「柿」旋風を巻き起こす！岡崎さんの熱き挑戦は続きます。</p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2017/12/moe.jpg" alt="花御所柿" /><p class="rassic">写真：bokura photography</p>]]></description>
		      </item>
		    <item>
			  <title><![CDATA[サボイキャベツの食べ方はロールキャベツが一番！／宮城・加美町門脇茂さん]]></title>
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			  <pubDate>2017-12-12 12:25:27</pubDate>
			  <description><![CDATA[<h2>サボイキャベツに取り組んだ30年が加美町の資産</h2><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2017/01/oikawa-kamimachi.jpg" alt="及川さん"/><p class="rassic">JA職員で担当となり2年目の及川さんは加美町出身ですが担当をするまで、サボイキャベツを食べたことがありませんでした。「地元でもっと身近な食材にしていきたい」そのためには生産量を増やし、食べ方も伝えていかなければーと意気込みを語ります。</p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2017/01/saboikyabetu.jpg" alt="サボイキャベツ" /><p class="rassic">現在、加美町育ちの若い人たちは自分たちの町がサボイキャベツの産地であることを知っています。地元の小学生にはサボイキャベツの授業も行なっています。取材の機会も増えました。失敗を重ねながら30年を越えた今、<strong>中新田のサボイキャベツは農作物という枠を越え、町の文化として継承するものに変わり始めています</strong>。地元の人が地域で育む「町おこし」は次のステージに向かいます。</p><h2>加美町特産！中新田サボイキャベツ</h2><p class="rassic">雪がちらつきそうな冬空の下で中新田のサボイキャベツは最盛期を迎えます。<strong>11月半ば〜クリスマスまでが収穫シーズンです。雪が積もってしまうと、葉の色が変色し味も落ちてしまうため、雪が降らないギリギリの寒さで収穫するのが、中新田サボイキャベツの美味しさの秘訣です。</strong></p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2017/12/savoycabbage.jpg" alt="中新田のサボイキャベツ"/><p class="rassic">今では築地でも定着して来た中新田のサボイキャベツは、時期になると仲買さんから「中新田サボイ、そろそろ？」と声を掛けられるようになりました。</p><p class="rassic">生産者は十数名。長い年月をかけて「中新田」の名前をじわじわと広げているのですから驚きます。出荷されるダンボールに刻まれた「中新田」の文字は信用の印です。「“継続は…”っていうやつだね」門脇さんは謙虚な姿勢を崩しませんでした。</p><h2>絶対に失敗しないロールキャベツ</h2><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2017/12/rollcabbage.jpg" alt="サボイキャベツ" /><p class="rassic"><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2017/01/savoykabetu.jpg" alt="サボイキャベツのロールキャベツ" /><strong>加熱して食べる『サボイキャベツ』はじっくり煮込むほどその美味しさが楽しめます。</strong>沸騰したお湯にさっと入れると海苔のような黒緑色は鮮やかな緑に変わります。忙しい主婦・主夫のみなさんには更に朗報です！煮込んでも煮崩れません。葉モノ野菜を茹でる時「ながら仕事」でちょっと目を離したらクタクタになってしまった…という失敗が絶対に起こり得ないのです。</p><p class="rassic">煮崩れ知らず、繊維まで柔らかく筋が残らないサボイキャベツは100歳のおじいさんに「美味しい」と喜ばれたというお墨付きです。</p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2017/01/rorukyabetu.jpg" alt="ロールキャベツ"/><p class="rassic">おしまいに<strong>サボイキャベツの食べ方として、定番ですが私は『ロールキャベツ』をオススメ</strong>します。具を包むときに破ける心配もなく、煮込む間に裂けることもありません。料理好きの方であれば「これまでの苦労は何だったの！」と思うはずです。お子様と一緒に作る一品としても間違いありません。</p><p class="rassic">冬の寒い日に、じっくり煮込んだ手作りロールキャベツをご家族、大切な人と一緒に食べてみてください。きっとあなたも『サボイキャベツ』のファンになるはずです。</p><a href="https://rassic.jp/content/7647" class="tirasi waves-effect">手探りで育て始めた「サボイキャベツ」</a>]]></description>
		      </item>
		    <item>
			  <title><![CDATA[手探りで育て始めた「サボイキャベツ」／宮城・加美町門脇茂さん]]></title>
			  <link>https://rassic.jp/content/7647</link>
			  <guid>https://rassic.jp/content/7647</guid>  
			  <pubDate>2026-02-01 02:00:35</pubDate>
			  <description><![CDATA[<h2>生で食べないキャベツ</h2><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2017/01/kami-town.jpg" alt="サボイキャベツ" /><p class="rassic">「圃場を見たら、食欲湧かないですよ」という前置き付きで生産者・門脇茂さんが西洋野菜『サボイキャベツ』の畑に案内してくれました。</p><p class="rassic">確かに「わぁ！おいしそう」というよりは「体に良さそう」です。ケールを更に濃くした黒っぽい緑色の肉厚な外葉、メロンのような網目状の葉脈を触ると網目一つ一つがはっきりと指先に伝わって来ます。この縮れが別名『ちりめん（縮緬）キャベツ』と呼ばれるサボイキャベツの1番の特徴です。</p><p class="rassic">葉っぱを少しかじってみると、ごわごわ食感で苦味もあり、案の定「とても体に良さそう」な味がします。<strong>中心部分はまん丸に結球しており、細かい目が詰まったネット状の葉は水を汲んでもびくともしないほどしっかりとしています。</strong>キャベツという名は付くものの、千切りではとてもではないけれど食べられそうにありません。</p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2017/01/savoy.jpg" alt="サボイキャベツ"/><p class="rassic">「火を入れると綺麗な色になって甘みも出てきて、柔らかくなるんです。キャベツのようなスジも残らないですよ」と門脇さんは得意げに教えてくれます。</p><h2>サボイキャベツのはじまり</h2><p class="rassic">宮城県加美郡加美町の旧中新田地区は稲作や野菜、畜産が基幹産業の地域です。ズッキーニ、リーキ、アーティチョークなどの西洋野菜が身近になった昨今ですが『サボイキャベツ』はまだまだ珍しい存在です。値段が１玉7〜800円ほどとあって、首都圏の高級食材のお店にたまに並ぶ程度です。そんな珍しい野菜を作り続けて30年になります。</p><p class="rassic">　きっかけは町が実施していた欧州視察研修の際に「種」を持ち帰ったことでした。気候・風土が似ている土地で栽培されていたため、中新田でもできるはず！、珍しい野菜を作ることで町を元気にしようと、昭和62年にJA加美よつばの生産者組合で『加美町中新田新園倶楽部』（以下、新園倶楽部）を発足しました。当時、20代で最年少の門脇さんも先輩たちに誘われ栽培を始めます。</p><p class="rassic">みなさん農家でその道のプロですが、種まきの時期、栽培期間など全てが手探りで始まりました。「輸入の種だから（説明書に）何て書いてあるか読めねがった」と門脇さんは笑います。</p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2017/01/kadowaki.jpg" alt="サボイキャベツの畑" /><p class="rassic">今でこそ抱えると花束のような一級品の『サボイキャベツ』ですが、初めの年はソフトボールサイズにも満たない位でした。<strong>普通のキャベツと比べ外葉が２周り以上大きくなるため栽培面積も必要で、栽培期間も長いため作れるのも年に１度です。</strong>15年ほどが経過したころからやっと商品として安定してきたそうです。</p><h2>サボイキャベツを作り続けれた秘密</h2><p class="rassic">苦労しながらも長年続けることができた理由がいくつかあります。</p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2017/01/KADOWAKI-2.jpg" alt="門脇さん" /><p class="rassic">一つ目はJAの職員さんが使命感を持って一生懸命販路を探し、今なお熱心に営業をしていることです。売りやすい商品ではありませんが積み重ねで着実に販路を広げています。「作ったらちゃんと売ってきてくれる人がいる」この信頼関係は取材中のやりとりからも伝わってきました。</p><p class="rassic">二つ目は生産者のみなさんに柱となる収入があることです。売り物にならない野菜を作り続けることは容易なことではありません。門脇さんは「みんなあまり収支にこだわってないのかも」と愉快そうに声を上げて笑い「趣味みたいなもん」と言いながらも、年々着実に売上を伸ばしています。「採算ベースが合わないんで続けるのが難しい」毎年変遷する西洋野菜の産地を門脇さんは冷静に分析しています。</p><p class="rassic">西洋野菜がいかに難しい分野かということが分かります。新園倶楽部の場合、8割が専業農家でお米やねぎ、畜産などで安定した収入を確保しているからこそできるのです。</p><p class="rassic">三つ目は仲間がいることです。前向きな人ばかりで活気に溢れているため「やめよう」という話は一度もなく、新園倶楽部メンバーは設立当時から現在までほとんど変わることなく続いています。</p><a href="https://rassic.jp/content/7649" class="tirasi waves-effect">サボイキャベツは煮込んでロールキャベツが一番！</a>]]></description>
		      </item>
		    <item>
			  <title><![CDATA[大麦・小麦だけじゃない、麦のいろいろ]]></title>
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			  <pubDate>2017-11-07 15:39:47</pubDate>
			  <description><![CDATA[<h2>麦はとても身近なもの</h2><p class="rassic">麦が使われた食品が食卓にあがらないことはない、と言えるほど馴染み深い麦。そんな麦のこと、どれくらい知っていますか？この身近な食べ物を知ることは、美容・ダイエットや健康情報が溢れる今、それが自分の身体とどう関係しているか見極める手助けにもなると思います。</p><h2>麦の種類</h2><ul class="rassic"><li>大麦</li><li>小麦</li><li>ライ大麦</li><li>エン大麦</li></ul><p class="rassic">麦は大きく大麦・小麦・ライ大麦・エン大麦の４種に分けられ、世界でいちばん多く作られている稲科の穀物です。その中でもご家庭の食卓で、麦ご飯などのお馴染みの雑穀のひとつとなるのは大麦です。大麦には二条大麦や六条大麦などの実の成りかたでいくつか種類があります。</p><p class="rassic"><strong>二条大麦</strong></p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2017/11/nijyooomugi.jpg" alt="二条大麦" /><p class="rassic">通常、二条大麦がビールの原料となります。六条大麦がよく知られる麦茶やお味噌の原料となります。</p><p class="rassic"><strong>六条大麦</strong></p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2017/11/rokujyooomugi.jpg" alt="六条大麦"/><p class="rassic">さらに、六条大麦は皮麦・裸麦と分かれます。裸麦はお米と同じようにうるち性のものと、もち性のもち麦とアミロースの含有量で違いがあります。大麦のホルデインというタンパク質は粘りけがなくパンやお菓子などには向きません。また、もち麦はもち米が育ちにくかった九州や四国でさかんに栽培された歴史があり、お米よりも繊維質が豊富で腸内環境を調えるということで注目される健康食材です。</p><p class="rassic"><strong>小麦</strong></p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2017/11/komugi.jpg" alt="小麦" /><p class="rassic">うどんやパンの材料となる小麦は、グルテンという粘りけのあるタンパク質が特徴です。麺類や和菓子・洋菓子問わず材料となることが多く、調味料などに含まれることもあり、小麦を口にしない日はないと言えるでしょう。</p><h2>麦とビールの歴史は古い</h2><p class="rassic">麦といえば、ビールの原料になることでもよく知られています。ビールの歴史は古く、今から5000年前のメソポタミアまで遡ると言われます。古代のビールは発芽した六条大麦で作ったパンを水に浸してツボにいれ、お湯をさしながら自然発酵させたものでした。現在ではビールは二条大麦を使用して製造されることがほとんどのようです。通常麦茶になる六条大麦は、とろみ成分があり扱いづらく、独特な風味がビールを作りに向かないとされ、あまり使われることがありません。</p><p class="rassic">そのまま食用となる大麦は殻を剥き、押し麦などのように食べやすいよう加工されます。ビールの場合は、殻つきのまま発芽させ乾燥させたものを麦芽といい、ビールに加工されます。</p><p class="rassic">他に、ビールに出来る穀物があります。例えば、小麦のビールをヴァイツェンといい、苦味少なくフルーティな香りの白いビールになります。珍しいものではハトムギを使ったものもあります。ハトムギを焙煎することで香ばしい風味がつき美味しくなるんだとか。ハトムギは漢方ではヨクイニンといい、美白美肌、イボとりなどに効くとされる女性に嬉しい素材ですが、それがビールになっているとなればちょっと飲んでみたくなりませんか。ちなみに、ハトムギは名前に麦とつきますが、大麦よりとうもろこしに近い植物なんだそうです。</p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2017/11/mugi-sptop.jpg" alt="麦"/><h2>お米の減反政策から麦作りへ</h2><p class="rassic">いろいろと麦のお話を聞くために、地産地消で地ビール作りをしている石川県能美郡にある、わくわく手作りファーム川北の代表入口博志さんを訪ねました。</p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2017/11/kawakita.jpg" alt="わくわく手作りファーム"/><p class="rassic">米所だった川北町は、減反政策で多くの農家さんが転作を余儀なくされました。転作の主な作物は大豆や麦でしたが、日照時間も長くなく梅雨の降雨量も多い石川県の気候に合う麦の品種は少なかったそうです。入口さんは、川北町でも美味しく育つ麦のたねを全国で探しました。その結果、東北地方に古くからある、六条大麦にその適正があることを発見し、栽培を始めます。</p><p class="rassic">六条大麦と言えば、お茶になるのがほとんど。お茶の生産だけでは、もったいないと思った入口さんは、六条大麦のビールはどうかとひらめきます。先にも書いた通り、六条大麦のビールはとろみがありろ過しにくく、ビール麦に使用されることは少なくなっていますが、その独特な風味や苦味を美味しさに変えていけないか研究を重ねました。北陸新幹線の開通と時期がかさなったこともあり、石川県の作物で作られたその地ビールはその美味しさとともに広く受け入れられることになりました。</p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2017/11/komugi-1.jpg" alt="ビール" /><p class="rassic">わくわく手作り川北ファームでは、その名の通り麦作りはもちろん、麦芽づくりから焙煎や発酵の過程をすべて自社工場で行っています。手間はかかりますが、その分麦の持つ美味しさの可能性を複数引き出すことが出来ました。リラックス効果があるとされるGABAを多く含むビールというのもそのひとつで「お酒を飲んで暴れるのでなく、飲んで優しくなるビールやろ？」と優しい笑顔でお話してくださいました。世界に例のない「地元の素材だけで作るビール」は、海外でも喜んでくださる方が多く、お会いした取材の日から数日後にニューヨークに行かれるとおっしゃっていました。</p><p class="rassic">世界で最も作られる、最も身近な食材、麦。その種類も加工され口に入る食品も非常に多様で、身体への作用も様々です。いちばん身近な食材を、普段どう口にしているか目を向けるのも、食べることのひとつの楽しみだなと思います。</p>]]></description>
		      </item>
		    <item>
			  <title><![CDATA[ブランド生姜「日光生姜」で聞く！生姜の食べ方いろいろ]]></title>
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			  <pubDate>2017-04-11 16:30:44</pubDate>
			  <description><![CDATA[<h2>生姜って、冷蔵庫にありますか？</h2><p class="rassic">平成20年くらいに、日本に生姜ブームが到来し、数多くの生姜に関する関連商品が販売されたのも記憶に新しいと思います。新生姜でなければ、生姜を生でそのまま食べないため、メイン食材としてどう使うか今いち分かりませんよね。今回は、鳥取のブランド生姜「日光生姜」を生産する日光農産さんを訪ねて、代表の山花さんに、生姜のおすすめの食べ方、そして日光ブランドのこと、いろいろと聞いてみました。</p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2017/10/ketaka-1.jpg" alt="生姜畑" /><a href="https://rassic.jp/content/2463" class="tirasi waves-effect">新生姜を通してまなぶ植物のこと／榎戸園さん</a><h2>新生姜のおすすめの食べ方</h2><p class="rassic">新生姜は、硬い「ひね生姜」にならないうちに、加工が鉄則です。</p><p class="rassic">まずは、お寿司屋さんで食べる「ガリ（生姜の甘酢漬け）」。ガリは、新生姜の時期ならではの楽しみ。新生姜は夏から秋に出回ります（地域によって違います）。日光農産さんも、栽培に半年をかけて、収獲は11月頃です。ガリの作り方は、生姜にらっきょう酢に変えるだけ。自分だけの特製ガリに是非チャレンジしてみてくださいね。</p><p class="rassic"><strong>ガリの材料</strong></p><ul class="rassic"><li>新生姜：1kg</li><li>らっきょう酢：450～500ml</li></ul><p class="rassic"><strong>ガリの作り方</strong></p><p class="rassic">生姜を薄く切り、沸騰した湯でさっと茹で（1分くらい）、水気を切ってから瓶に入れ、温かいうちに酢を注ぐ。冷蔵庫に入れて2～3日で漬かります。保存は冷蔵庫で、1年くらいは持ちます。</p><a href="https://rassic.jp/content/3463" class="tirasi waves-effect">赤梅酢と新生姜でつくる「自家製紅生姜」</a><p class="point">私の出身の富山では、このガリにきざみ昆布を入れて販売している製品もありました。とってもおいしかったです。漬物なので、昆布も良いアクセントになるのかもしれませんね。</p><p class="rassic">あとは、「生姜の佃煮」もおすすめ！こちらは冷凍保存できます。</p><p class="rassic"><strong>生姜の佃煮の材料</strong></p><ul class="rassic"><li>新生姜：1kg</li><li>調味料（三温糖200～300g、酒または水200g、濃口しょうゆ60cc）</li></ul><p class="rassic"><strong>生姜の佃煮の作り方</strong></p><p class="rassic">生姜を薄く切り、湯煮（1～2回）をし、水気を切る。</p><p class="rassic">鍋に生姜と調味料を（砂糖を3～4回に分けながら）入れ、中火で汁気がなくなるまで煮詰める。この時、生姜を焦がさないように注意。</p><h2>ひね生姜のおすすめの食べ方</h2><p class="rassic">まずは、日光生姜が1年間楽しんでもらうために作った「しょうがパウダー」がとっても使いやすいです。おすすめの使い方は「臭い消し」。食品の臭いを簡単にとってくれるので、お肉料理などに手軽に使えます。また、生姜で身体があったまるなどはよく聞く話で、健康や美容に効果大。ぜひ紅茶などに入れて気軽に使ってほしいとのこと。</p><p class="rassic">パウダー製品は最近増えてきていますが、パウダーの原材料の主は中国の商品で、くず生姜など一般の販売に出せないような外観が劣るもの、B級品以下のものをきれいに洗ったり、ダメのところを削り取ったりして使うのが実情。このしょうがパウダーは「日光生姜」のみ。何より、パウダーだけど濃い味を楽しめます。</p><p class="rassic">そして、新生姜でもおすすめですが、「天ぷら」にすること。天ぷらはそのまま2～3mmの輪切りにして天ぷらにするも良し。生姜とさつまいも・人参、もしくは枝豆とかき揚げにするも良し。アレンジして、自分だけの天ぷらを楽しんでみてください。
秋は新米も出て、「炊き込みご飯」にされる方も！秋の味覚としても楽しみたいですね。</p><h2>人のつながりが生んだ400年の歴史、鳥取ブランド「日光生姜」</h2><p class="rassic">ここまで少し紹介してきた日光生姜ですが、日光生姜が現在に至るまで守られてきたのには人と人をつなぐストーリーがあったからでした。</p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2017/10/nikkounousan-1.jpg" alt="生姜畑"/><p class="rassic">生姜作りが鳥取・日光で盛んになったのは、安土桃山時代に東南アジアから「鳥取市気高町日光」に朱印船貿易で運ばれてきたため。そこから逆算すると、400年この地で大事に守られてきたこととなります。</p><p class="rassic">そして、食卓と同じく、名脇役として、水田の脇で少しずつ作られてきた生姜。中は水が溜まりやすいので田んぼに、脇には日光生姜とバランスを見て育ててきましたが、田んぼの圃場整備・区画整理をすれば、脇もなくなってきて、おのずと生姜栽培も停滞気味に。</p><p class="rassic">また、この地も高齢化が進みます。5～10年経てば、機械が老朽化、後継者不足、販売価格低迷などもあり、高齢で田畑を辞めようという人が80%以上になると見込めた現状を考え、みんなで集まり話し合いを重ねました。結果、山花繁夫さんら4人を中心に立ち上げた日光生姜生産組合と水田地権者の日光営農協議会メンバーで組織した「農事組合法人日光農産」。土地に残る生姜を大事にしながら、みんなで田畑を守っていこうと今日に至ります。</p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2017/10/yamahana-1.jpg" alt="日光農産代表山花さん"><p class="rassic">代表の山花さんは、平成22年までは普通のサラリーマン。早期退職をして、会社勤め時代の経験も活かしながら、土地を守ろうと必死に奮闘されています。自分の家族たちが生姜を作って1番列車に乗って市場へ行っていた記憶を大切に…生姜ブランドを守り、活用しながら、この土地を元気にしています。</p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2017/10/syougaana.jpg" alt="生姜を天然保存"/><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2017/10/syougaana2.jpg" alt="生姜穴"/><p class="rassic">自分の家の裏山に掘った生姜を保存する「生姜穴」は圧巻の光景。昔の時代、どうやって堀ったのか、その空間に目を疑います。この土地にしか守れない「日光生姜」。ブクブクと肥えた「日光生姜」、鳥取県特別栽培農産物登録の「安心安全な日光生姜」で、生姜料理を作り、パワーをつけましょう！</p>
]]></description>
		      </item>
		    <item>
			  <title><![CDATA[畑で食べる完熟いちじくの味／愛知・大府市 山口茂樹さん]]></title>
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			  <pubDate>2019-09-29 02:00:45</pubDate>
			  <description><![CDATA[<h2>太陽の果実・旬の無花果(いちじく)を農家さんに学ぶ</h2><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2017/09/figs2.jpg" alt="いちじく" /><p class="rassic">愛知県は全国シェア一位を占めるいちじくの産地。いちじくが最盛期の9月上旬頃、大府市にある山口農園の山口茂樹さんの畑を訪ねました。山口さんは地元特産の木の山芋をはじめ、人参・玉葱・ブルーベリーなど、年間を通して数十種類もの野菜や果樹を育て、夫婦で長年農業を営むベテラン農家さん。あいち在来種保存会のメンバーの一員として伝統野菜の保存活動も行っています。</p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2017/09/figsfarm.jpg" alt="いちじく畑" /><p class="rassic">山口さんのいちじく畑は、周辺は、なだらかな小高い丘が連なり畑の向こうには真っ青な青空が一面に広がっています。いちじく達もお日様の日をたくさん浴びて気持ちよさそう。いちじくの香りがふんわり漂ってきます。</p><h2>山口さんのいちじく栽培のこだわり</h2><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2017/09/yamaguchisan.jpg" alt="山口茂樹さん"/><p class="rassic">山口さんの「いちじくの木」はうねに沿ってきれいに木が並んでいます。これは左右２本に分けた主枝をまっすぐに伸ばす「一文字整枝」という仕立て方。がっしりとした太い主枝から結果枝（けっかし）という大人の背丈より少し高めの細い枝が数十ｃｍ間隔で上に向かって伸びています。いちじくは日当たりが大切。この栽培方法だと太陽の光をしっかりと浴びることができて、美味しいいちじくに育つそうです。</p><a href="https://rassic.jp/content/7169" class="tirasi waves-effect">美味しいいちじくを選ぶ3つのポイント</a><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2017/09/ichijiku-kasakake.jpg" alt="いちじくの笠かけ" /><p class="rassic">いちじくの枝には至る所に透明の傘のようなものが取り付けられていました。これは傘かけと呼ばれる、雨が直接いちじくの実に当たらないようにするためのものです。雨が当たると実が腐ったり、トマトみたいに一気に水を沢山吸うと実が割れちゃうからのだそうです。いちじくはおへそを上に向けているので、そこから水が入ると病気になったり腐りやすく、とてもデリケートな果物です。</p><h2>いちじく農家の朝は早い・早朝に収穫しその日の午後には出荷</h2><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2017/09/ichi.jpg" alt="いちじくの出荷"/><p class="rassic">いちじくの収穫は8月上旬～11月上旬ごろまで。1日に「一熟」と毎日1個づつ熟するといわれているように、毎日の収穫作業は欠かせません。いちじくは熱に弱くてとってもデリケート。収穫作業は気温が低めの早朝5時過ぎから始め7時頃には終わらせ、作業場で仕分けと箱詰めをして午後には出荷します。</p><p class="rassic"><strong>美味しいいちじくの見分け方</strong></p><p class="rassic">収穫のタイミングや見極め方のポイントを伺うと、市場に出回るタイミングを計算して完熟手前の状態で収穫・おしりの割れ具合や色づきと大きさ、それからヘタの部分の色を見ること。「熟してくると全体が色づいてきて、ヘタの部分に独特な透明感が出てくるんだよ」と山口さん。</p><p class="rassic">まだまだ未熟ないちじくは緑色が強いのに比べて、熟しているものは確かにしっとりとした透明感がありました。これは毎日いちじくの成長を見守っている農家さんにしか気付けない事ですね。山口さんは、こうやって美味しいいちじくを選んで、私達に届けて下さっています。</p><h2>畑で食べるもぎたて、いちじくの味</h2><p class="rassic">「今日は収穫しちゃったから、熟したのがここにはないけど」と、いちじくをひとつ山口さんがちぎってくれました。みんなで一緒にパクッ！口いっぱいに広がるいちじくの香り。まだちょっぴり酸味があって甘酸っぱい。完熟前とはいえもぎたてのいちじくは美味しい！</p><p class="rassic">おすすめの食べ方はありますか？と聞くと、やっぱり完熟したいちじくを畑で食べるのが一番美味しいとのこと。もぎたての新鮮な無花果を食べられるのは農家さんの特権ですね！</p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2017/09/figs.jpg" alt="いちじく" /><p class="rassic">私ももぎたての完熟いちじくを畑で味わってみたいな。まだまだ暑かった取材の日。秋晴れの空の下、畑で食べたいちじくはお日様の味がしました。</p><p class="rassic">文・野菜ソムリエ／ナチュラルフードコーディネーター　桜井さちえ</p>
]]></description>
		      </item>
		    <item>
			  <title><![CDATA[石川で平飼い卵にチャレンジ、山ん中たまご園／石川・加賀市 堂下慎一郎さん]]></title>
			  <link>https://rassic.jp/content/6961</link>
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			  <pubDate>2017-05-17 14:25:02</pubDate>
			  <description><![CDATA[<h2>「本格的に農業の勉強をしようと就職」、運命の出会いが</h2>
<p class="rassic">石川県加賀市黒崎町にある、平飼い養鶏場「山ん中たまご園」を営む堂下慎一郎さん。養鶏場を始めたきっかけを尋ねると、「子どもの誕生を機に、本格的に農業の勉強をしたいと思い、福井県にある農業法人に就職しました。そこで“平飼い養鶏”と出会ったことがはじまりですね」と丁寧に話してくれました。</p>
<img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2017/09/tamago2.jpg" alt="平飼い卵"/><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2017/09/egg.jpg" alt="山ん中たまご園" />

<p class="rassic"><strong>鶏たちがストレスなくのびのびと動き回ることができる、“平飼い養鶏”に魅了</strong>され、だんだんその必要性を感じるようになり、いつか自身で養鶏場を営む構想を練っていたといいます。</p><p class="rassic"><strong>地元での新規就農、不安や障壁はなかったのでしょうか？</strong></p>
<p class="rassic">堂下さんは、「想像を越えるような大きな反対もなかったので、不安はなかった」と言います。それは、「卵が１個50円くらの販売で運営できている実績を見てやっていける自信と、漁業協同組合の準組合員として、素潜りで海産物をとる仕事と田畑があれば、食料は自分で育てて食べられる」という思いが根底にあったからでもあります。</p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2017/09/ishikawa-kaga.jpg" alt="石川平飼い卵" />
<p class="rassic">そして、現在はさらに養鶏場とは別に、4～8月にかけて素潜りで海産物をとって卸し、夏場には黒崎海水浴場で、素潜りで採ってきたサザエや岩ガキなどを提供する「浜茶屋入のや」も営業しています。今年の夏も多くのお客様でにぎわい、忙しいけど充実した時間だったことが堂下さんの表情からうかがえます。夏場限定で建つ堂下さんの小屋の目の前には日本海が広がっています。</p>

<h2>生産、消費を地産地消で循環させる！それが１番のこだわり</h2>
<p class="rassic">輸入の遺伝子組み換え飼料を使わず、完全国産飼料化を実践している点が注目されている堂下さん。餌の原料は業者からは買わず、地元農家などから直接譲ってもらっているといいます。普段私たちが記憶している卵の色は、朱色やオレンジ色といった赤に近い色の印象ですが、堂下さんの育てている鶏が産む卵は、雑味のない透きとおるような淡い黄緑色をしています。そのままプレーンオムレツで食べるのが堂下さんのオススメ。新鮮な生卵をそのままつるんと食べたり、すこし熱を加えて半熟にしたり、卵を主役にいろいろな食べ方を楽しむことができそうです。</p>
<p class="rassic">一般的に鶏の飼料の中心となっているのはトウモロコシです。トウモロコシ（黄）にパプリカ色素（赤）を加えることで、卵がオレンジ色になります。山ん中たまご園で飼料の中心に選んでいるのは、お米と大豆。お米と大豆だけを食べた鶏が産む卵は真っ白になります。飼料には粒の小さいものや精米機で出る割れたお米、古米などを農家さんからわけていただいているものを使っています。お米と大豆に刈草や葉っぱなど緑のものを加えることで、ビタミン、ミネラル、食物繊維を補い、鶏が欲する動物性たんぱく質を加えることで鶏の健康管理もしています。動物性たんぱく質をどのように加えるかによっても卵の臭みに影響してきます。</p>
<img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2017/09/siryou.jpg" alt="飼料"/><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2017/09/ishikawa2.jpg" alt="飼料を活かす" />
<p class="rassic">堂下さんは「商品にならない野菜、甘エビの加工くずなどが、ばんばん廃棄されているのを目の当たりにしました。もったいないです。販売できなくても、それらには飼料的価値がかなりあるんですよ」といいます。</p>
<p class="rassic">廃棄されてしまう地元の素材を活用して、鶏を育てたいという思いが、結果として完全国産飼料化に結びついているのです。</p>
<h2>伝えたい石川の魅力！薬に頼らない自然栽培</h2>
<img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2017/09/ishikawa-umi.jpg" alt="石川"/>
<p class="rassic">「とにかく恵まれています。山、海の質が素晴らしい！山菜もいいし、魚の質もとてもいいんです！」石川県全体の魅力を伺うと、嬉しそうに答えてくれました。堂下さんの住む加賀市は、山と海に囲まれた町。養鶏、素潜りと生業すべてが自然の恩恵を受けているからこそ、日々その魅力を肌で感じられているそうです。</p>
<p class="rassic">その一方で今後の課題を伺うと、「畑や田んぼで使用されている農薬ですね。大量に使っていると、自然循環の中でいつかバランスが崩れ、どこかに歪みが生まれてしまうと思うんです」と話す言葉には真剣さがうかがえました。歪みが出てしまわないよう、自然栽培を普及させたいと、切に願う堂下さん。現在、仲間と共に、無農薬無肥料で野菜を育てる方法を伝えるワークショップや、農活（農業者と消費者が集い、農業者の活動を紹介する企画）を定期的に行っています。</p>
<p class="rassic">「これから新しいことをはじめるのではなく、<strong>今やっていることを継続して、少しずつでも自然栽培の大切さを伝えていきたい</strong>と思っています」
――”自然循環の中に暮らしがある”そんな堂下さんだからこそ、限りある自然を大切に守っていきたいという、真摯な気持ちが伝わってきました。</p>
<img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2017/09/yamanakatamago.jpg" alt="山ん中たまご園堂下さん"/>
<p class="rassic">文・松本香織　写真・植木晋也</p>
]]></description>
		      </item>
		    <item>
			  <title><![CDATA[サラリーマンから転身、就農して田舎“ビジネス”マンへ／高知・春野町 越智史雄さん]]></title>
			  <link>https://rassic.jp/content/6675</link>
			  <guid>https://rassic.jp/content/6675</guid>  
			  <pubDate>2021-05-15 16:47:18</pubDate>
			  <description><![CDATA[<h2>レールでつながる高知との出会い</h2><p class="rassic">東京都出身・40代半ばまで東京でサラリーマンをしていた越智史雄さん。「50歳になる前に、地方で気持ちに余裕のある暮らしがしたい」と計画を立てていたところ、高知県のこうちアグリスクールを雑誌で発見。こうちアグリスクールは、東京での座学セミナー。その後、農業体験合宿で高知を訪れた後、高知県立農業担い手育成センターでの長期研修に参加することを決めました。</p><p class="rassic">就農希望者長期研修は2013年11月～7月の9ヶ月。その後の農家研修（実習）はキュウリとショウガで有名な高知市春野町にあるキュウリ農家さんで1年間。そして、晴れて2015年秋からハウス栽培にてキュウリの生産を始め、農家として独立。2017年秋に3年目の作を迎えます。</p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2017/08/kyuuri.jpg" alt="キュウリ農家として就農"/><p class="rassic">「休日が明けると気分が落ち込むようなサラリーマン生活にはだんだん魅力を感じなくなっていた。そろそろ首都圏以外で暮らしたいと考えていた時期に、高知県の研修と出会いトントン拍子に話が進んでいった。気づいたら自分の目の前にレールがあり、それに乗っただけです。」と越智さん。しかしここに至るまで、計画的に貯金をしたり、田舎暮らしの雑誌で調べたり、身体が動く50歳までにというボーダーラインを決めたりなど、すごく計画的に行動されている印象を受けました。実はレールで舵を切っていたのは、越智さんだったのだと私は思うのです。</p><h2>たくさんの終着駅を経て</h2><p class="rassic">現在農家３年目を迎える越智さん。しかし農家になるまでには、いくつかの課題に答えを出しながら進んできました。長期研修期間中は「本当に地方でやっていけるのか」という自問自答が続きました。今まで首都圏にしか住んだことがなかった越智さんにとって、研修施設のある「高知県立農業担い手育成センター」は少しばかり田舎すぎると感じていました。</p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2017/08/hatake.jpg" alt="春野町" /><p class="rassic">そこで、栄えている街が近くにある地方都市部の方が自分には合っていると思い、住む場所はその点を考慮して選びました。現在は仁淀川河口近くの仕事場と高知市中心部のちょうど中間になるところで暮らしています。仕事との気持ちの切り替えができ、このスタイルが越智さんには合っているんだそう。よって「田舎暮らしと言えば古民家」というイメージではなく、住宅街のアパートを借りて住んでいます。</p><p class="rassic">越智さんが育てる野菜をキュウリにしたのはある意味消去法。ナスは花粉が体質に合わない、トマトの労働量は将来的に不安、ニラは栽培作業より出荷作業に時間を要するから。いろんな野菜を実際に育ててみて、自分と相性の良いキュウリに決めました。その後春野地区に入り、師匠のおかげで栽培技術だけでなく地域とのつながりができました。</p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2017/08/kyu.jpg" alt="収穫したきゅうり" /><p class="rassic">今期の１日当たりの収穫量は、冬場で110kg、春以降は130kg程度。1シーズンでは約25tの量をおおよそ1人で出荷しています（10a単位で算出）。3年目の来期は、9aの栽培面積から12a増え、21aに規模を拡大します。「春野はキュウリの産地のため、機械選果場があり環境が整っています。本当に仕事がしやすく、地域に支えていただいています。」と越智さん。</p><p class="rassic">来期の栽培規模拡大は、娘さんの東京の大学進学を機に、奥さんも農業に合流という理由もあります。自分に何ができるかを考えながら、1つずつ選択して前に進んでいます。</p><h2>農業を“ビジネス”にする</h2><p class="rassic">他にも栽培規模を拡大したのには、訳があります。「独立をして2年目までは栽培技術中心の勉強期間。3年目から利益をどうしていくか考える時期。新規にハウスを建てるのではなく、高齢化などの理由で空いたハウスをお借りして栽培する。そして、これからは売上と利益にこだわっていきたい。」と越智さんは言います。これまでは貯金を多少切り崩しながら、生計を立てていましたが、やはり農業も“ビジネス”。</p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2017/08/kochisyuunou.jpg" alt="越智さん"/><p class="rassic">今までのサラリーマン人生で、35歳まではIT技術者を、35歳以降からは管理職として組織と事業プランを組み立ててきました。データなどを基に、効率的に利益を生むための戦略を作っていくことは、どのビジネスも同じ。農家は儲からないのではなく、5年程度の長期構想をベースに年ごとのプランを練って実行すれば利益を上げていける。身体はサラリーマンより疲れるけど、自分にダイレクトに結果が返ってくることを楽しみながら仕事をしています。</p><p class="rassic">また、高知県の魅力を伺うと、「高知県はすごく気に入っています。コンパクトで住みやすい。土地で言えば、以前住んでいた神奈川も海が近くにあったように、今もすぐそばに海がある。カツオの塩タタキも最高においしい。街の飲み屋に行けば、僕の言葉が違うことに気づいて周りの人が声をかけてくれて温かく迎えてくれる、そんな高知県の人達が好きです。東京から遊びに来る僕の友人たち誰もが、高知ファンになって帰っていきますよ。」と越智さん。今では、農業つながり以外の友達や地域の伝統舞踊の会の仲間など、多くの友人が出来ました。</p><p class="rassic">飲み友達がハウス作業のアルバイトにきてくれたり、他の農家と人的リソースをシェアして複数の農家で数人雇用し人手を確保するなど、人のつながりと計画をマッチさせながら、自分の住みやすい暮らしを手にしている、そんな印象を持ちます。「移住で大事なことは、中に入っていく努力をするかどうか。」とも。研修も地域へ入ることも農業も、きちんと自分事として捉えて“ビジネス”をされています。</p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2017/08/ochi2.jpg" alt="春野町で就農" /><p class="rassic">「人生は適度に計画的に。タイミングがきたら思い切って移住する。」きっとサラリーマン時代からレールはつながっています。これからのレールは自分の手で仲間や奥さんと作っていくことでしょう。まだ高知も四国の他の県も巡っていないとのことなので、奥さんと時間を見つけてゆっくり周っていただきたいものです。</p>
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			  <title><![CDATA[自分らしい田舎暮らしを求めて新規就農／高知・土佐市 宮本哲宏さん]]></title>
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			  <pubDate>2025-05-01 02:00:06</pubDate>
			  <description><![CDATA[<h2>高知県人らしさ</h2><p class="rassic">「高知県人は、ガツガツしていない。育ちの悪い野菜や、釣りで釣った魚などを分け合い、みんなで補いながら、助け合って生きている。」</p><p class="rassic">宮本哲宏さんは、この人柄通りの高知県人。宮本さんが農業の道を志そうと決めたのは、長年の観光業界での勤務を経てのこと。観光業はまさに身体を酷使した仕事で、子供と向き合う時間もとれませんでした。それでも、観光業と真摯に向き合ったことで出てきた想いがありました。それは地域の食材を広めるために、いつか野菜を自分の手で育ててみたいという想い。</p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2017/04/6376b.jpg" alt="土佐で田舎暮らし"/><p class="rassic">就農を考え始めた宮本さんは、まず自分の周りの農家さんに話を聞くことからはじめたそうです。数軒の農家さんに直接出向き、いろいろと考えた結果、「青ネギ」を露地栽培で育てることを選びました。カツオのタタキの薬味でもある「青ネギ」は自分が一番食べる野菜。そんな青ネギなら育てるときに愛着を持てると考えたことが決め手になりました。</p><p class="rassic">その後、仲間や高知県の窓口などで教えてもらい、研修へ。高知県内にある高知県立農業担い手育成センターで、研修をスタートします。家から遠い方が集中できると、研修期間は家族とも距離をとり、集中して臨みました。</p><h2>研修・実習を経て培った感覚を知識へ変える</h2><p class="rassic">農業担い手育成センターでの研修期間を振り返ると、“感覚が知識的なものに変わった”ことが一番の収穫だったそうです。「論理的に生育を観察でき、有意義な時間を過ごすことができた」と宮本さんは言います。</p><p class="rassic">作り方や育ち方、定植、収獲、片付けなど基本的な作業。また、光合成もどうやって何を作っているのか、糖がどのようにできるのかや、薬学・虫・天敵など知識をきちんと得ることができました。一方、実習では、実際の農家さんで研修とは違うやり方を学び、比較しながら自分で考えて選択する癖がついたそうです。</p><p class="rassic">「研修では、温度管理・湿度管理を習うだけでも面白い。」</p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2017/07/6376c.jpg" alt="土佐で田舎暮らし" /><p class="rassic">野菜を作ることを体系的に学ぶことは、それだけで楽しい時間でした。
ただし、それでもやってみて、転びながらの就農。
地元の土佐市へ帰り、限界集落と呼ばれる場所で農業をはじめます。地域への想いを抱きながら、少しずつ農業をスタートさせていくのです。</p><h2>農業をしながら自分らしく生きる</h2><p class="rassic">「長い将来は、奥さんや、息子と一緒に農業をしたい」と宮本さん。農業は休みがなく大変だとよく聞きますが、宮本さんは自分のペースで働くことのできる農業に魅力を感じています。しかし、“自分のペースで働けるということは、誰も何もしてくれない”とも。だからこそ、準備をきちんとして、少しずつ、家族とともに農業ができるように広げていくのです。</p><p class="rassic">同時に、限界集落である地域のことも考えます。消防団などに入り、地域との関係も築き、農地相談の話も挙がるようになりました。
「自分の管理できる収量が増えてきたら、耕す土地を増やして耕作放棄地を減らしたり、増えてきた空き家も活用したりしていきたい」と宮本さんは続けます。土地を持っている方にも収獲した野菜や賃金を支払いながら、地域が成り立つようにしていければという優しい想いも教えてくださいました。</p><p class="rassic">このように想うのは、高知県民は1つの場所に長く住むのが当たり前で、200年くらいは住むのですが、以前はなかった田舎での空き家が出てきたことから。将来に向けて、自分ができることを一歩ずつしようとしています。</p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2017/04/6376a.jpg" alt="土佐市で新規就農" /><p class="rassic">同級生も帰ってきたり、若者で農業に従事する人も周りには増え、少しずつネットワークができています。道具の貸し借りなどもでき農業がしやすい現状もあります。宮本さんは、小さな積み重ねの先に、地域に農家が増えていけばと願っています。</p><p class="rassic">宮本さんの人柄は、いろんな悩みも吹き飛ばしそうなくらいのムードメーカー。前職の忙しさから解放された今、ゆっくりと農業を楽しみながら、地域に順応して生活されていて幸せそうだなと感じました。ここに至るまでに、準備と想いがあったからこその今と将来がある…今後も地域を盛り上げてくれること間違いなし！</p>]]></description>
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