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                      <title>rassic｜農を学んで食を知るちょっとおいしいwebマガジン</title>
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                      <description>rassicは農を学んで食を知るちょっとおいしいwebマガジン</description>
                      <lastBuildDate>Fri, 01 May 2026 09:11:53 GMT</lastBuildDate>
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			  <title><![CDATA[サラリーマンから転身、就農して田舎“ビジネス”マンへ／高知・春野町 越智史雄さん]]></title>
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			  <pubDate>2021-05-15 16:47:18</pubDate>
			  <description><![CDATA[<h2>レールでつながる高知との出会い</h2><p class="rassic">東京都出身・40代半ばまで東京でサラリーマンをしていた越智史雄さん。「50歳になる前に、地方で気持ちに余裕のある暮らしがしたい」と計画を立てていたところ、高知県のこうちアグリスクールを雑誌で発見。こうちアグリスクールは、東京での座学セミナー。その後、農業体験合宿で高知を訪れた後、高知県立農業担い手育成センターでの長期研修に参加することを決めました。</p><p class="rassic">就農希望者長期研修は2013年11月～7月の9ヶ月。その後の農家研修（実習）はキュウリとショウガで有名な高知市春野町にあるキュウリ農家さんで1年間。そして、晴れて2015年秋からハウス栽培にてキュウリの生産を始め、農家として独立。2017年秋に3年目の作を迎えます。</p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2017/08/kyuuri.jpg" alt="キュウリ農家として就農"/><p class="rassic">「休日が明けると気分が落ち込むようなサラリーマン生活にはだんだん魅力を感じなくなっていた。そろそろ首都圏以外で暮らしたいと考えていた時期に、高知県の研修と出会いトントン拍子に話が進んでいった。気づいたら自分の目の前にレールがあり、それに乗っただけです。」と越智さん。しかしここに至るまで、計画的に貯金をしたり、田舎暮らしの雑誌で調べたり、身体が動く50歳までにというボーダーラインを決めたりなど、すごく計画的に行動されている印象を受けました。実はレールで舵を切っていたのは、越智さんだったのだと私は思うのです。</p><h2>たくさんの終着駅を経て</h2><p class="rassic">現在農家３年目を迎える越智さん。しかし農家になるまでには、いくつかの課題に答えを出しながら進んできました。長期研修期間中は「本当に地方でやっていけるのか」という自問自答が続きました。今まで首都圏にしか住んだことがなかった越智さんにとって、研修施設のある「高知県立農業担い手育成センター」は少しばかり田舎すぎると感じていました。</p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2017/08/hatake.jpg" alt="春野町" /><p class="rassic">そこで、栄えている街が近くにある地方都市部の方が自分には合っていると思い、住む場所はその点を考慮して選びました。現在は仁淀川河口近くの仕事場と高知市中心部のちょうど中間になるところで暮らしています。仕事との気持ちの切り替えができ、このスタイルが越智さんには合っているんだそう。よって「田舎暮らしと言えば古民家」というイメージではなく、住宅街のアパートを借りて住んでいます。</p><p class="rassic">越智さんが育てる野菜をキュウリにしたのはある意味消去法。ナスは花粉が体質に合わない、トマトの労働量は将来的に不安、ニラは栽培作業より出荷作業に時間を要するから。いろんな野菜を実際に育ててみて、自分と相性の良いキュウリに決めました。その後春野地区に入り、師匠のおかげで栽培技術だけでなく地域とのつながりができました。</p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2017/08/kyu.jpg" alt="収穫したきゅうり" /><p class="rassic">今期の１日当たりの収穫量は、冬場で110kg、春以降は130kg程度。1シーズンでは約25tの量をおおよそ1人で出荷しています（10a単位で算出）。3年目の来期は、9aの栽培面積から12a増え、21aに規模を拡大します。「春野はキュウリの産地のため、機械選果場があり環境が整っています。本当に仕事がしやすく、地域に支えていただいています。」と越智さん。</p><p class="rassic">来期の栽培規模拡大は、娘さんの東京の大学進学を機に、奥さんも農業に合流という理由もあります。自分に何ができるかを考えながら、1つずつ選択して前に進んでいます。</p><h2>農業を“ビジネス”にする</h2><p class="rassic">他にも栽培規模を拡大したのには、訳があります。「独立をして2年目までは栽培技術中心の勉強期間。3年目から利益をどうしていくか考える時期。新規にハウスを建てるのではなく、高齢化などの理由で空いたハウスをお借りして栽培する。そして、これからは売上と利益にこだわっていきたい。」と越智さんは言います。これまでは貯金を多少切り崩しながら、生計を立てていましたが、やはり農業も“ビジネス”。</p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2017/08/kochisyuunou.jpg" alt="越智さん"/><p class="rassic">今までのサラリーマン人生で、35歳まではIT技術者を、35歳以降からは管理職として組織と事業プランを組み立ててきました。データなどを基に、効率的に利益を生むための戦略を作っていくことは、どのビジネスも同じ。農家は儲からないのではなく、5年程度の長期構想をベースに年ごとのプランを練って実行すれば利益を上げていける。身体はサラリーマンより疲れるけど、自分にダイレクトに結果が返ってくることを楽しみながら仕事をしています。</p><p class="rassic">また、高知県の魅力を伺うと、「高知県はすごく気に入っています。コンパクトで住みやすい。土地で言えば、以前住んでいた神奈川も海が近くにあったように、今もすぐそばに海がある。カツオの塩タタキも最高においしい。街の飲み屋に行けば、僕の言葉が違うことに気づいて周りの人が声をかけてくれて温かく迎えてくれる、そんな高知県の人達が好きです。東京から遊びに来る僕の友人たち誰もが、高知ファンになって帰っていきますよ。」と越智さん。今では、農業つながり以外の友達や地域の伝統舞踊の会の仲間など、多くの友人が出来ました。</p><p class="rassic">飲み友達がハウス作業のアルバイトにきてくれたり、他の農家と人的リソースをシェアして複数の農家で数人雇用し人手を確保するなど、人のつながりと計画をマッチさせながら、自分の住みやすい暮らしを手にしている、そんな印象を持ちます。「移住で大事なことは、中に入っていく努力をするかどうか。」とも。研修も地域へ入ることも農業も、きちんと自分事として捉えて“ビジネス”をされています。</p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2017/08/ochi2.jpg" alt="春野町で就農" /><p class="rassic">「人生は適度に計画的に。タイミングがきたら思い切って移住する。」きっとサラリーマン時代からレールはつながっています。これからのレールは自分の手で仲間や奥さんと作っていくことでしょう。まだ高知も四国の他の県も巡っていないとのことなので、奥さんと時間を見つけてゆっくり周っていただきたいものです。</p>
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			  <title><![CDATA[自分らしい田舎暮らしを求めて新規就農／高知・土佐市 宮本哲宏さん]]></title>
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			  <pubDate>2025-05-01 02:00:06</pubDate>
			  <description><![CDATA[<h2>高知県人らしさ</h2><p class="rassic">「高知県人は、ガツガツしていない。育ちの悪い野菜や、釣りで釣った魚などを分け合い、みんなで補いながら、助け合って生きている。」</p><p class="rassic">宮本哲宏さんは、この人柄通りの高知県人。宮本さんが農業の道を志そうと決めたのは、長年の観光業界での勤務を経てのこと。観光業はまさに身体を酷使した仕事で、子供と向き合う時間もとれませんでした。それでも、観光業と真摯に向き合ったことで出てきた想いがありました。それは地域の食材を広めるために、いつか野菜を自分の手で育ててみたいという想い。</p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2017/04/6376b.jpg" alt="土佐で田舎暮らし"/><p class="rassic">就農を考え始めた宮本さんは、まず自分の周りの農家さんに話を聞くことからはじめたそうです。数軒の農家さんに直接出向き、いろいろと考えた結果、「青ネギ」を露地栽培で育てることを選びました。カツオのタタキの薬味でもある「青ネギ」は自分が一番食べる野菜。そんな青ネギなら育てるときに愛着を持てると考えたことが決め手になりました。</p><p class="rassic">その後、仲間や高知県の窓口などで教えてもらい、研修へ。高知県内にある高知県立農業担い手育成センターで、研修をスタートします。家から遠い方が集中できると、研修期間は家族とも距離をとり、集中して臨みました。</p><h2>研修・実習を経て培った感覚を知識へ変える</h2><p class="rassic">農業担い手育成センターでの研修期間を振り返ると、“感覚が知識的なものに変わった”ことが一番の収穫だったそうです。「論理的に生育を観察でき、有意義な時間を過ごすことができた」と宮本さんは言います。</p><p class="rassic">作り方や育ち方、定植、収獲、片付けなど基本的な作業。また、光合成もどうやって何を作っているのか、糖がどのようにできるのかや、薬学・虫・天敵など知識をきちんと得ることができました。一方、実習では、実際の農家さんで研修とは違うやり方を学び、比較しながら自分で考えて選択する癖がついたそうです。</p><p class="rassic">「研修では、温度管理・湿度管理を習うだけでも面白い。」</p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2017/07/6376c.jpg" alt="土佐で田舎暮らし" /><p class="rassic">野菜を作ることを体系的に学ぶことは、それだけで楽しい時間でした。
ただし、それでもやってみて、転びながらの就農。
地元の土佐市へ帰り、限界集落と呼ばれる場所で農業をはじめます。地域への想いを抱きながら、少しずつ農業をスタートさせていくのです。</p><h2>農業をしながら自分らしく生きる</h2><p class="rassic">「長い将来は、奥さんや、息子と一緒に農業をしたい」と宮本さん。農業は休みがなく大変だとよく聞きますが、宮本さんは自分のペースで働くことのできる農業に魅力を感じています。しかし、“自分のペースで働けるということは、誰も何もしてくれない”とも。だからこそ、準備をきちんとして、少しずつ、家族とともに農業ができるように広げていくのです。</p><p class="rassic">同時に、限界集落である地域のことも考えます。消防団などに入り、地域との関係も築き、農地相談の話も挙がるようになりました。
「自分の管理できる収量が増えてきたら、耕す土地を増やして耕作放棄地を減らしたり、増えてきた空き家も活用したりしていきたい」と宮本さんは続けます。土地を持っている方にも収獲した野菜や賃金を支払いながら、地域が成り立つようにしていければという優しい想いも教えてくださいました。</p><p class="rassic">このように想うのは、高知県民は1つの場所に長く住むのが当たり前で、200年くらいは住むのですが、以前はなかった田舎での空き家が出てきたことから。将来に向けて、自分ができることを一歩ずつしようとしています。</p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2017/04/6376a.jpg" alt="土佐市で新規就農" /><p class="rassic">同級生も帰ってきたり、若者で農業に従事する人も周りには増え、少しずつネットワークができています。道具の貸し借りなどもでき農業がしやすい現状もあります。宮本さんは、小さな積み重ねの先に、地域に農家が増えていけばと願っています。</p><p class="rassic">宮本さんの人柄は、いろんな悩みも吹き飛ばしそうなくらいのムードメーカー。前職の忙しさから解放された今、ゆっくりと農業を楽しみながら、地域に順応して生活されていて幸せそうだなと感じました。ここに至るまでに、準備と想いがあったからこその今と将来がある…今後も地域を盛り上げてくれること間違いなし！</p>]]></description>
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			  <title><![CDATA[人生のパートナーはフルーツトマト／高知・佐川町 織田康嗣さん]]></title>
			  <link>https://rassic.jp/content/6268</link>
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			  <pubDate>2025-06-15 08:00:23</pubDate>
			  <description><![CDATA[<h2>高知県の農業担い手育成センターで学んだ農業の基礎</h2><p class="rassic">織田康嗣さん茜さん夫妻が暮らしているのは、高知県中西部にある佐川町。康嗣さんは高校卒業後、大阪で音響関係の仕事をしたのち東京へ。そして東京で働いていた茜さんと出会い、２人は結婚を機に康嗣さんの故郷である高知県で暮らすことにしました。</p><p class="rassic">康嗣さんの実家は水稲と生姜を扱う農家。「父は平日サラリーマンをしていたので高知市内に住まいがあり、週末になると佐川町に行き、祖父といっしょに働く兼業農家でした。サラリーマンとして働く父はとても大変そうで、農業をしているときのほうが、泥に汚れながらもとても活き活きとして映り、いつしか自分もサラリーマンではなく農業をしたい」と康嗣さんは考えるようになります。</p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2017/06/6268c.jpg" alt="高知県担い手育成センター" /><p class="rassic">康嗣さんが高知に戻り農業を始めることを知ったお父さんから、まずは基礎をきちんと学ぶようにと高知県立農業担い手育成センターのパンフレットを渡されます。いくつか他にも学べるところはありましたが、お金がかかる学校のようなところだったので、研修先に高知県立農業担い手育成センターを選びます。</p><p class="rassic">茜さんもいずれはいっしょに農業をやるのかなって思っていたので、研修には夫婦で参加することにしました。「いつもいっしょにいられたので楽しかったね。」と茜さん。「ずっといっしょなのでけんかもたくさんしたけどね、それも楽しかったね」と康嗣さん。「今までデスクワークしかしてこなかったので、研修中に圃場を歩いただけで翌日筋肉痛になってしまった」と話す茜さんも今では少し農業に身体が慣れてきた様子でとても楽しそうです。</p><h2>トマトと寝て、トマトを選ぶ</h2><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2017/06/6268a.jpg" alt="トマト" /><p class="rassic">農業担い手育成センターでは、トマト・きゅうり・ナス・ピーマンなどいろいろな品目を学びます。研修がある程度進み康嗣さんはトマトがやりたいなと思うようになりました。その気持ちを相談したところ、栽培から収穫まで５アールのトマトを全部任せてもらえたそうです。</p><p class="rassic">任せてもらえたときはびっくりしましたが、とてもうれしかった。通常は就農する品目が決まった人からその品目に固定になりますが、栽培全部までは任せてはもらえません。フルーツトマトは水加減でトマトにストレスをかけていくので、ひとりでやらないと栽培方法がわからないからだそうです。</p><p class="rassic">「実は、研修中にトマトと寝たことがあるんです」と話す康嗣さん。<br/>それも真夏だったので気温は36℃～37℃にもなるハウスの中で５～６時間。スポーツドリンクを持って、土の上に寝転んでじっとトマトを下から見続けました。下から植物を見るということはないので、全然違う角度から見ることで、トマトをやろうか･･･自分の気持ちをじっくりと確かめました。もちろんトマトと寝て品目を決める人は他にはいません。でもそれが康嗣さんのひとつの選択だったのです。</p><h2>田舎暮らしが支える、新しいスタート</h2><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2017/06/6268d.jpg" alt=""/><p class="rassic">現在、康嗣さんはトマトのハウスを新設したばかり。これから土を耕し整えて、8月に定植し11月頃から収穫をしながら旬である1月～2月までにトマトの味を調えていきます。建てたハウスはとても背が高く大きなタイプで、農業担い手育成センターで使っているものと同じ環境制御型です。環境制御とは栽培方法の技術で、温度の管理やミストでの湿度管理と炭酸ガスでトマトの生育をトータルで管理する仕組みになっています。</p><p class="rassic">このハウスでトマトを育てるための準備をしながら、畑からすこし離れた樹々に囲まれた高台の集落の中に家を借りて織田さん夫妻は暮らしています。夏はクーラーがいらないぐらいとても涼しく、周りで暮らすみなさんはちょっとした畑でなにかを作っていて、育てたものをおすそわけしてもらえ、それで旬を知ることができたそうです。いただいたら自分もなにかでおかえしをしながら暮らす良さや地域のみなさんの温かさが感じられます。</p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2017/06/6268b.jpg" alt="高知で田舎暮らし" /><p class="rassic">取材中、「ここは空がきれいですよね」と茜さん。いっしょに空を見上げて、本当にきれいな青空だなと眺めていると、そっと茜さんが「実はトマトがわたしは苦手で、康嗣さんが育てる品目をトマトに選んだときはとまどいがあったんです」と笑いながら教えてくれました。</p><p class="rassic">茜さんの笑顔から今は新しく建てたハウスでいっしょにトマトつくりをすることを楽しみにしていることが伝わってきます。何年か先にはハウスの数も増やしてトマト農家として経営が軌道にのってきたら、趣味で果樹も育てたいねと話すご夫婦の様子が印象的でした。</p>]]></description>
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