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                      <title>rassic｜農を学んで食を知るちょっとおいしいwebマガジン</title>
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			  <title><![CDATA[人にもイチゴにも 快適な環境をつくる／香川・三豊市　横山 千恵さん　]]></title>
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			  <pubDate>2025-04-15 04:00:36</pubDate>
			  <description><![CDATA[<h2>きっかけは「さぬきひめ」との出会い</h2><p class="rassic">結婚当初は横山さんも、ご主人も会社勤めでした。ご主人の実家は農家でしたが、お二人が就農する予定はなかったそうです。しかしご主人が、香川県オリジナル品種のイチゴ「さぬきひめ」をテレビで知り「これや！これをやりたい」と言い出したときからお二人の人生が変わることになります。</p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2021/03/yoko_1.jpg" alt="横山千恵" /><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2021/03/yoko_2.jpg" alt="横山千恵" /><p class="rassic">当時横山さんは、農業だけで生活できないのではないかと不安で就農を決めかねていました。考えが変わったのは応募で参加したバスツアーです。訪れたイチゴ農園で、「さぬきひめ」を食べて感動しました。「もともとイチゴを食べるほうじゃなかったのですが、そのときに食べたイチゴが本当に美味しかったんです。こんな美味しいイチゴを作りたい！と思いました」香川県で栽培が始まってからまだ数年のことでした。「さぬきひめ」は、甘味と酸味のバランスが絶妙で、果汁が多くみずみずしい食感です。鮮やかな赤色で形が可愛くケーキ屋さんにも引き合いがあります。</p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2021/03/yoko_3.jpg" alt="横山千恵" /><p class="rassic">横山さんが本格的に「さぬきひめ」の栽培に携わり始めたのは、ご主人が 1 年間農業研修を受けた後でした。当然横山さんは初めてのことばかり。JAや先輩農家の助言を受けながら試行錯誤を続けました。就農当初、一番大変だったのはパック詰めです。</p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2021/03/yoko_4.jpg" alt="横山千恵" /><p class="rassic">「粒の大きさごとに選別して向きを揃えながら詰めていくのですが、重量を合わせることには特に苦労しました。当時は、詰め作業用の重量判別機をまだ持っていなかったんです。家庭用の計量器だったので、1粒ずつ調整するのに時間がかかりました。またイチゴの果実はとても繊細です。少しでも力を入れ過ぎると傷つき出荷できなくなってしまうので、持つ力の加減が難しく、何度も失敗を重ねながら覚えました」。</p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2021/03/yoko_5.jpg" alt="横山千恵" /><h2>若い人のお手本になりたい</h2><p class="rassic">高齢化は進んでいるものの、西讃地域では県外から移住して農業を始める人や、地元で新しくイチゴ栽培を始める人もいます。横山さんは、若い移住者の見学や中学校の職場体験などを積極的に受け入れています。そして若い人のお手本になれるよう、自分たちが得た知識はどんどん伝えていきたいと考えています。「これからイチゴ栽培を始める若い人たちに楽しく仕事をしてもらえたらと思います。必要ない苦労はしなくていいですから」 。</p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2021/03/yoko_6.jpg" alt="横山千恵" /><h2>イチゴとともに自分の人生も輝く</h2><p class="rassic">横山さんのハウスは、イチゴも人も快適に過ごせる環境づくりを心がけています。まずハウス内には音楽が流れています。これは近所の小学校からオルゴールの音楽が流れてきたときに、イチゴも音楽聞いたら気持ちよく育ってくれるのではと思って始めました。また毎日の掃除は特に気を配り、清潔な環境を保っています。そしてハウスの一角には木製のテーブルと椅子が並べられた休憩スペースを設けています。</p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2021/03/yoko_7.jpg" alt="横山千恵" /><p class="rassic">「楽しくイチゴ作り！」をモットーにしている横山さん。楽しみながらイチゴ栽培を続けるにつれ、横山さん自身にも変化があったといいます。「もし会社員を続けていたら、変わらない人間関係の中で生きていたかもしれません。しかしイチゴ栽培を続けたおかげで、これまで出会えなかった人に会えることができました。本当にイチゴ農家になってよかったです」。前向きにイチゴ栽培に取り組むことで横山さん自身も輝く日々を送っています。</p>]]></description>
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			  <title><![CDATA[夫婦二人三脚で地域の魅力を高める 商品開発に取り組む／香川・三豊市　組橋 愛子さん　]]></title>
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			  <pubDate>2025-05-15 03:00:41</pubDate>
			  <description><![CDATA[<h2>「三豊市の果物」をお客様に直接届けること</h2><p class="rassic">組橋さんは「まるく農園」の名前で、みかんやキウイをショッピングモールの産直コーナーやインターネットを通じて販売しています。販売当初、香川県のみかんは県外の認知度が低く苦労することもありました。しかしお歳暮などの注文を受けて県外にも発送する機会が少しずつ増え、リピーターにも繋がっていきました。</p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2021/03/kumi_1.jpg" alt="組橋愛子" /><p class="rassic">みかんの箱詰めは組橋さんの仕事。現在は年間3000件分の箱詰めをひとりで対応しています。「出荷のピークは12月です。忙しさで頭が真っ白になるときもありますが、お客様から直接美味しかったという声が届くと丁寧に箱詰めしようと思います」。</p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2021/03/kumi_5.jpg" alt="組橋愛子" /><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2021/03/kumi_6.jpg" alt="組橋愛子" /><p class="rassic">農業は食の原点なのでお客様の声が近いとのこと。農園から直接販売しているため、責任とやりがいはひとしおです。</p><h2>「農家が農家のためにやる地域商社」を目指す</h2><p class="rassic">「箱詰めはもちろん、営業、販路の開拓まで全てやっています」と組橋さん。ご主人が代表を務める「みとよのみプロジェクト」にも携わっています。「みとよのみプロジェクト」は、三豊市にある農水産物の販売や商品開発を行い、一次産業の新しい魅力を発掘しています。行政などから援助を受けて立ち上げたこのプロジェクトは、将来的に三豊市の農家自身で経営していくことを目標にしています。</p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2021/03/kumi_3.jpg" alt="組橋愛子" /><p class="rassic">「先頭を切って三豊市の農業のために活動している夫を見ていると、私も頑張らなくてはと思います」と前向きな気持ちで取り組んでいます。</p><h2>夢だった食品加工にチャレンジ</h2><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2021/03/kumi_7.jpg" alt="組橋愛子" /><p class="rassic">栽培、出荷作業、農園の経営といった幅広いサポートを担う組橋さんには、食品加工をしたいという夢がありました。その第一歩として始めたのがキウイのドライフルーツ製造です。「運良くタイミングが重なりました。機械メーカーの営業の人が来たり、みとよのみプロジェクトで周囲の人たちがサポートしてくれたり・・・たくさんの人達の支えがあって、商品開発、販売まで実現できました」。</p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2021/03/kumi_2.jpg" alt="組橋愛子" /><p class="rassic">もちろん最初はメーカーの担当者に機械の使い方を教えてもらいながら、手探りの日々が続きました。「加工に適した熟度がいつなのか。その見極めが出来るようになることが最初の難関でした。キウイの個体差や季節などによって加減は異なります。試作を重ねてようやく、キウイを触ったら分かるくらいになりました。出荷時の選別経験がここで役に立ったと思います」。</p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2021/03/kumi_4.jpg" alt="組橋愛子" /><p class="rassic">多くの方との出会いが重なり、夢だった食品加工への道を踏み出した組橋さん。組橋さんのドライフルーツは現在県産品ショップなどで販売されています。今後は日頃からドライフルーツを求める方々に知ってもらえるよう、関西や首都圏を中心に販路を広げていきたいと話してくれました。</p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2021/03/kumi_8.jpg" alt="組橋愛子" /><p class="rassic">組橋さんのみかん畑の眼下には海が見えます。「ここは眺めがいいでしょう」と組橋さんの顔がほころびます。今後もこの三豊市で、ご主人と二人三脚で農業に取り組んでいきます。</p>]]></description>
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		    <item>
			  <title><![CDATA[地場産の野菜を家族でずっと守り続ける／香川県・坂出市　大西 泰加さん]]></title>
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			  <pubDate>2024-04-30 02:00:09</pubDate>
			  <description><![CDATA[<h2>野菜生産と和牛の繁殖、相乗効果で好循環</h2><p class="rassic">大西さん夫妻は結婚した当時は働きに出ていて、ご両親が酪農と金時にんじん、金時いも、米の栽培をしていました。大西さん自身は子供が生まれてから仕事を辞め、育児に専念しました。その後ご主人から会社を辞めて農業をしたいと相談され、一緒に就農することを決めました。</p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2021/03/oonishi_nin_1.jpg" alt="大西泰加" /><p class="rassic">専業にするなら毎月出荷できるようにと品目を増やし、収入の安定を図ることに。すでに栽培していた金時にんじん、金時いもと収穫時期が重ならないブロッコリーやアスパラガスの栽培を開始しました。また酪農をしていたご両親が、和牛の子牛生産に切替えました。和牛の生産は毎日朝夕の搾乳作業がなく、餌やりと体調管理が中心となるためご両親の負担が軽減され、さらに野菜と組み合わせることで別のメリットも生まれました。</p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2021/03/oonishi_nin_2.jpg" alt="大西泰加" /><p class="rassic">「畑ではどうしても売り物にならない野菜が出てしまいます。うちの牛はその野菜を食べているんです。無駄なく良い循環だと思います」。大西家の和牛は小豆島に運ばれ、オリーブ牛などのブランド牛になることもあります。</p><h2>地域との関わりを通して人とつながる</h2><p class="rassic">人を雇わず家族のみで経営している大西家ですが、大西さん自身は地域の方々とどう関わっているのか伺いました。「私、何年か前に入った女性部では一番年下なんですよ」。</p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2021/03/oonishi_nin_5.jpg" alt="大西泰加" /><p class="rassic">大西さんが所属する農協の女性部は、年に2回ある地域の祭りに参加することが恒例で、夏はおはぎ、冬はうどんを作って販売しています。特に坂出市名物の「天狗うどん」は、地元の野菜がふんだんに使われておりお客様からの評判も上々。</p><p class="rassic">他にもワークショップをしたり旅行に行ったりすることもあるそうです。「集まるのは農家ばかりなので、それぞれが栽培している物の生育状況などの話で盛り上がり情報交換もできます。何より仲間と交流できることは楽しいです」と話してくれました。</p>
<h2>野菜生産と和牛の繁殖、相乗効果で好循環</h2><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2021/03/oonishi_nin_3.jpg" alt="大西泰加" /><p class="rassic">金時にんじんは甘味ときれいな紅色が特徴で、料理の彩りにも好んで使われています。「シチューに入れても甘くて色がきれいなんですよ」と大西さんは嬉しそうに話します。</p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2021/03/oonishi_nin_4.jpg" alt="大西泰加" /><p class="rassic">金時にんじんはお盆の時期から砂地の田んぼで作ります。坂出の特徴である砂地が金時にんじんの生育には必要です。水やりは夏の暑い時期には１日4回。葉には虫がつきやすいので細かく状況を把握しながら、野菜に合わせて丁寧に育てています。人手が必要な時期は息子さんと娘さんが手伝ってくれます。特に害虫を防除するときには、100ｍもあるホースを息子さんが引っ張ってくれるのでとても助かっています。収穫してからは１本ずつ刃物で葉と根を切り、規格ごとに選別し、洗浄、出荷という工程が続きます。「みんなで葉を切り、母が選別して、夫が洗って、翌朝出荷するというペースです。出荷までは全て手作業なので、収穫期は家族総出になります」とのこと。収穫が一段落したら、家族で外食に行くことを楽しみにしています。</p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2021/03/oonishi_nin_6.jpg" alt="大西泰加" /><p class="rassic">「大変なこともありますが、いいものが出来たら嬉しいです。おすそ分けした人から美味しかったよって言われるとまた頑張ろうと思います。それに地場産のものがなくなったら寂しいので、これからも守っていきたいです」。大西さんは穏やかに微笑みながら、今後も地場の誇りを守り続けていきたいと話してくれました。</p>]]></description>
		      </item>
		    <item>
			  <title><![CDATA[家族の幸せに合わせたイチゴ栽培で 心も身体も健康に／香川県・綾川町　谷本 和美さん]]></title>
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			  <pubDate>2026-01-15 05:00:39</pubDate>
			  <description><![CDATA[<h2>育児と仕事の両立で就農を決める</h2><p class="rassic">結婚した当時は両親が兼業農家で、谷本さん夫妻は働きに出ていました。ご両親が55歳になったとき、早期退職して専業農家になったそうです。その後谷本さんは子供を授かり退職。そろそろ再就職を考えていたときのことでした。ご両親がイチゴ栽培を新たに始めるタイミングで「一緒に働かないか」と声をかけてくれました。「働きに出たら子供を預けたりするのも大変だから、一緒に働けば育児にいいんじゃない、と言われました。時間の融通がきくことが決め手でした」。</p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2021/03/tanimo_1.jpg" alt="谷本和美" /><p class="rassic">谷本家では朝の家事は谷本さんが担当します。朝食を作りご主人を送り出した後、残った家事を片付けます。ご両親は先に収穫などを開始し、谷本さんもすぐに作業に合流します。このように役割分担が出来るのは家族経営ならではの利点です。</p><h2>試行錯誤しながら掴んだ家族に最適なペース</h2><p class="rassic">現在はイチゴ栽培にも研修が整っていますが、谷本さんが始めた当時は、JAや農業試験場の方々に教えてもらいながら自分で栽培方法を学びました。出荷時の規格は、使用する箱まで納品先ごとに細かく決まっているため、その工程を把握するだけでも大変でした。</p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2021/03/tanimo_3.jpg" alt="谷本和美" /><p class="rassic">谷本家の栽培方針は、家族の状況に合わせて少しずつ変えています。イチゴ栽培を始めた当初、育てていた品種は「女峰」でした。当時は苗作りもやっていて、正月も夏も休みがありませんでしたが「さぬきひめ」に切り替えたときに、苗作りはやめることにしました。それからは夏休みに家族で旅行に行けるようになったそうです。</p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2021/03/tanimo_2.jpg" alt="谷本和美" /><p class="rassic">また5年ほど前にお母様が体調を崩したときにも、ハウスを減らし、３人で出来る範囲のことをやろうと決めました。それまで谷本さんは、収穫しても出荷作業が間に合わず処分するイチゴを作ってしまうことに罪悪感があったそうです。しかし「収穫した日のうちに収穫した分だけ出荷する」というペースを保つようになってからは、気持ちも楽になりました。「今が一番ゆっくりできています」と笑顔で話してくれました。</p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2021/03/tanimo_4.jpg" alt="谷本和美" /><h2>試行錯誤しながら掴んだ家族に最適なペース</h2><p class="rassic">谷本さんは、地域の女性農業者グループである中讃農業女子ネットワーク（通称、ぼやっとガールズ）にも参加しています。ぼやっとガールズでは、畑と家との往復になることが多い農業女子のために、家族以外の人と交流を深めるきっかけを作っています。年に何度かメンバーで集まり、農場を見学したりマルシェに参加したりしています。「出かける機会が少ないので、とてもありがたい」とのことです。</p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2021/03/tanimo_5.jpg" alt="谷本和美" /><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2021/03/tanimo_7.jpg" alt="谷本和美" /><p class="rassic">農業は作物の都合に合わせてしまいがちですが、身体や心に負荷をかけてしまうこともあります。しかし谷本家では、農作物のペースに合わせ過ぎて身体を壊してしまうのは本末転倒だと考えています。「一番大切なことは家族が健康で毎日過ごすことです。その範囲でこれからも家族にとって最適なペースで、イチゴ栽培を続けます」と谷本さん。家族を思いやりながらイチゴの栽培に日々取り組んでいます。</p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2021/03/tanimo_6.jpg" alt="谷本和美" />]]></description>
		      </item>
		    <item>
			  <title><![CDATA[小豆島の自然に囲まれて、 豚と共生する暮らし／香川県・小豆島町　鈴木 博子さん]]></title>
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			  <pubDate>2020-12-22 09:39:56</pubDate>
			  <description><![CDATA[<h2>セネガルの主婦から小豆島の農園主へ</h2><p class="rassic">鈴木さんは、2014年にご主人の母国であるセネガルから帰国し、鈴木農園を営み始めました。「子どもの頃からおじいちゃんが小豆島で農業をしていて、自然に囲まれた環境にいられることが幸せだったので、私もずっと農業がしたいと思っていたんです」。石川県立農業短期大学を卒業し、家畜に関する基礎知識はあったものの、就農前は専業主婦で経験ゼロからのスタート。養豚農家に相談し、作業も体験しながら、イメージを膨らませていきました。</p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2021/03/suzu_1.jpg" alt="鈴木博子" /><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2021/03/suzu_2.jpg" alt="鈴木博子" /><p class="rassic">実際に就農して学んだことは、いくら段取りや計画をしても、自然相手では思い通りにいかないということです。「豚が言うことを聞いてくれなくて大変。私たちが毎日山の中を走り回っています」と笑う鈴木さん。今では、「やるべきことをやったら、あとは流れに身を任せています。お肉の注文が少ないときも、ギリギリになってパタパタと入ったりして、最終的にどうにかなるんです」とおおらかに構えています。</p><h2>のんびり自由な養豚に広がる共感の輪</h2><p class="rassic">鈴木農園の豚たちは、豚舎ではなく耕作放棄地だった雑木林で飼われています。餌のほとんどは、島内の農家から出る熟しすぎた野菜や刈り取った草、残飯、素麺くずなどの食品残さ。「人間が食べきれないものを豚が食べて、人間が豚のお肉をいただく。この循環を守りたいですね」。</p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2021/03/suzu_3.jpg" alt="鈴木博子" /><p class="rassic">山の中で自由に動きまわり、自然の食べ物を食べて過ごす豚たち。運動量が多いため、豚舎で飼われる豚よりも成長がゆっくりなのだそう。その分、出荷できる量も限られてしまいますが、「私は自然の中でくつろいでいる豚を見るのが好きなんです。沖縄の古い本を読んでも、豚は人間の残飯を食べて1年かけて大きくなると書いていました。それが自然の流れなのだと思います」と鈴木さん。</p><p class="rassic">宣伝はとくにせず、SNSで農園での暮らしを発信しているだけですが、どこからか聞きつけた人が鈴木さんの考えに共感して全国から見学に来ます。それは、レストランのシェフや地方に移住して就農したい人などさまざま。</p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2021/03/suzu_4.jpg" alt="鈴木博子" /><p class="rassic">最近では、小豆島にUターンした人が「鈴木農園の豚で生ハムを作りたい」と、加工・販売をはじめました。「島の魅力を伝えたい、というその人の想いから始まったこと。私もその想いは同じです。農業をやっていると、こういう出会いがあることがうれしいです」。加工品ができたことで、安定した販売も可能になりました。</p><h2>自然を循環させて、より環境にやさしい放牧を</h2><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2021/03/suzu_5.jpg" alt="鈴木博子" /><p class="rassic">その昔は、豚を飼う農家が多かったという小豆島。ところが、においの問題で住宅地との共存が難しくなり、その多くが廃業してしまったそう。「養豚のにおいを隠して、お肉のありがたさや命を感じずに食べていいのかな、と思います。においも含めて地域で受け止めることではないでしょうか。豚を食べてもらうことで、この問題を一緒に考えるきっかけになれば」と鈴木さん。月に2回の販売のたびに、想いをつづったお便りを書き、豚肉と一緒にお客さんに届けています。</p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2021/03/suzu_6.jpg" alt="鈴木博子" /><p class="rassic">「豚も私たちと同じ命。兄弟ゲンカもするんだよ、うれしいときは尻尾を振るんだよ、と伝えたいですね」。放牧地では、豚が木に体をこすりつけたり地面を踏み固めたりするので、どうしても自然に負荷がかかってしまいます。今後は、「新しい放牧地を探して今の放牧地を休ませ、草木を再生したい。そしてまたその地で豚が草を食べて育つという、より環境にやさしい循環型の放牧養豚を目指しています」と鈴木さん。一緒に農園を営むご主人や、お手伝いをしてくれる3人のお子さんも一緒に、尊い命に日々向き合い、食べ物のありがたさを感じながら自然のままに暮らしています。</p>]]></description>
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		    <item>
			  <title><![CDATA[無理せず自分らしく。自然体のアグリライフ／香川県・三木町　谷井 美樹さん]]></title>
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			  <pubDate>2025-10-10 02:00:07</pubDate>
			  <description><![CDATA[<h2>ホテルマンから農場経営主へ</h2><p class="rassic">谷井さんは、米・麦・ブロッコリー合わせて20ヘクタール以上のほ場を父親の慶二さんから受け継ぎ、二人で農業を営んでいます。今では大型のトラクターやコンバインも軽々乗りこなしますが、就農前は高松市内のホテルで働いていたそうです。「17年間勤務するうち、後輩を指導する立場になって、精神的にも体力的にも大変で。転職を考えていたところに祖母の体調が悪くなり、実家に帰ることになりました。その頃は、自分が農業をするとは思ってもみませんでしたね」と谷井さん。それでも、慶二さんの仕事の助けになれば、と2013年から農業の手伝いを始めました。</p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2021/03/tani_1.jpg" alt="谷井美樹" /><h2>自由な働き方で生き方まで変わった</h2><p class="rassic">「一緒にほ場に出て、父がやっていることを目で見て覚えていきました。父は、『ああしろ、こうしろ』とは言わない人。機械の乗り方も、ざっくりとポイントだけ教えてもらいましたが、あとは自分の感覚です」。最初は稲を刈るにもうまくいかず、慶二さんとの仕上がりの差を感じたそうですが、コツをつかんで少しずつ上達。3年間の手伝いを経て一通りの仕事をこなせるようになり、2016年に本格的に就農しました。</p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2021/03/tani_2.jpg" alt="谷井美樹" /><p class="rassic">就農して大変だったのは、夏場の暑さ。しかし、「熱中症にならないように、初めのうちは軽トラで休憩しながら作業していました。でも慣れますよ。誰かが『今日は暑いよね』と言っていても今は全然へっちゃら。35度でもまだ涼しいくらいです」と頼もしい谷井さん。</p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2021/03/tani_3.jpg" alt="谷井美樹" /><p class="rassic">最近では作業の効率化を進めたことで、プライベートにもずいぶん余裕が生まれたそう。仕事をするときは集中して仕事をし、翌日は休みを入れるなど、メリハリのある働き方でうまく自分の時間を作っています。「会社勤めの頃は私用で休むことはできませんでしたが、今は愛犬の調子が悪いときは仕事を休んで病院に連れて行きます。自分の段取り次第で時間を自由にできるところがいいですね。せっかく始めた農業。努力して、楽できるところは楽しています」。</p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2021/03/tani_4.jpg" alt="谷井美樹" /><p class="rassic">そんなライフスタイルが性に合うのか、ホテルに勤務していた頃の同僚からは「前より表情が生き生きしてるね」と言われるそう。「昔はピリピリしてたけど、今はそんな雰囲気がなくなった、と（笑）。人に気を使わなくていいから、楽なんでしょうね」。</p><h2>「おいしい」の声が直接届く</h2><p class="rassic">生産した農作物は主に、販売店やレストラン、地域の人たちに販売しています。「おいしかった」という感想を直接聞けることが、なによりの楽しみ。とくに今年は「甘くてもちもちしておいしかったよ」と電話がかかってきたりLINEが入ったりと評判だったそうです。</p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2021/03/tani_5.jpg" alt="谷井美樹" /><p class="rassic">ただ、コロナ禍で納入先のホテルや焼肉店は一時営業休止に。「納品する量は年間で決まっているので、先方は『持ってきてくれて構わないよ』と言ってくれたのですが、古いお米を置いておいても、お店も困るでしょう」と谷井さん。在庫のお米は販売店に古米として売ったそう。もちろん、販売価格は安くなります。それでも谷井さんは、「せっかくならおいしい新米を食べてもらったほうがホテルや焼肉店のお客さんも喜ぶだろうから。ホテルで働いていたから、余計にそう思うのかもしれません」と話します。</p><p class="rassic">「おいしいお米を食べてほしい」。その気持ちは忘れることなく、無理はせずに自分のペースで、自然体で。「今のままを維持して、体を壊さないように1年1年を過ごしていきたいですね」とリラックスした表情で話してくれました。</p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2021/03/tani_6.jpg" alt="谷井美樹" />]]></description>
		      </item>
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			  <title><![CDATA[ぶどう農園を武器に、 地域活性に全力でチャレンジ／香川・さぬき市　長谷 真里さん]]></title>
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			  <pubDate>2025-07-01 07:00:13</pubDate>
			  <description><![CDATA[<h2>「ありがとう」のためなら頑張れる</h2><p class="rassic">お祖父さんの代から50年以上続く「長谷ぶどう園」を継いで4年目。長谷真里さんは、さぬき市志度でピオーネやシャインマスカットなど3品種のぶどうを栽培しています。「5年前、農園を経営していた父が体調を崩してしまったんです。赤ちゃんの頃からある農園がなくなるのは寂しくて、私が継ぐことにしました」。エステティシャンの仕事を辞め、1年間香川県立農業大学校へ通ったのちに就農しました。</p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2021/03/nagata_5.jpg" alt="長谷真里" /><p class="rassic">「エステの前はツアーコンダクターの仕事をしていましたが、やりがいはどちらも、お客様から『ありがとう』『また長谷さんにお願いしたい』と言われること。農業も同じです。いろんな人と巡り合って、リアルで触れ合って、喜んでもらいたいんです」と長谷さん。現在は8割が直接販売。顔の見えるお客様から「おいしい」「また来年もお願いね」と言われることが何よりのモチベーションです。</p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2021/03/nagata_2.jpg" alt="長谷真里" /><p class="rassic">ぶどうは秋に収穫されるのが一般的ですが、長谷さんは、お盆に焦点を合わせて逆算し、8月の中頃に完売するように栽培しています。「孫が田舎に帰省したときのおやつや仏壇のお供えなど、みなさんが本当に欲しい時期においしくなるように作っています。そして私は、夏にもらった『ありがとう』の言葉を糧にして、その栄養でまた1年間栽培を頑張るんです」と笑顔を見せてくれました。</p>
<img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2021/03/nagata_3.jpg" alt="長谷真里" /><h2>地域の活性化のためにできること</h2><p class="rassic">今の課題は、収益を上げること。「増益だけを考えれば都心のデパートなどに卸せばいいのですが、うちの農園が儲かればそれでいいわけではありません。私の目標は、地域の活性化。農業はその手段なんです」と力強く話す長谷さん。地域の活性化のためには、栽培面積の拡大や従業員の雇用も視野に、農園が一定の収益を確保する必要もあります。旅行会社やエステサロンで働く中で培ってきた販売やサービスの力を生かして、販売の強化にも取り組みたいと話します。</p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2021/03/nagata_1.jpg" alt="長谷真里" /><p class="rassic">また、農福連携にも積極的です。市内の障害者就労施設のスタッフと連携し、どんな作業なら依頼できるか、工夫をしながら利用者が仕事できる環境づくりに取り組んできました。「お客様に喜んでもらう商品開発や地域の耕作放棄地の再生、同園で働く人の環境や待遇の整備。微力だけど、少しずつ広げていきたい」とさらに遠くを見据えています。</p><h2>6次産業化で一年中楽しめるぶどうを</h2><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2021/03/nagata_8.jpg" alt="長谷真里" /><p class="rassic">最近では、勉強会で学んだ経営術を生かして6次産業化にも挑戦。ニューピオーネを使った大粒のレーズンや濃厚なジェラート、甘酒を開発・販売しています。レーズンはもともと、色づきが遅かった年の2級品を生かして加工品を作れないかとSNSで発信したところ、アイデアをもらってスタートしたもの。2年の試作を経て半生タイプのレーズンが生まれました。パッケージデザインやターゲット設定など、マーケティング戦略も万全で売り出したところ、おいしいと評判に。今では2級品ではなくレーズン用に栽培したピオーネを使用しているそう。「生のぶどうの季節はたったの2ヶ月。シーズンが終わってもぶどうを楽しんでほしいですね」。</p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2021/03/nagata_7.jpg" alt="長谷真里" /><p class="rassic">レーズンやジェラート等を手に、県内のマルシェにも出店し、「来年もおいしいぶどうを作るから待っててね」とお客さんとのやりとりを楽しむ長谷さん。地域の人が笑顔で幸せになれるように、そして笑顔になる人が少しでも増えるようにという願いを込めて、新たな挑戦を続けています。</p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2021/03/nagata_6.jpg" alt="長谷真里" />]]></description>
		      </item>
		    <item>
			  <title><![CDATA[ご先祖様が導いた４代目への道／三豊市・矢野志保美さん]]></title>
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			  <pubDate>2025-03-15 02:00:36</pubDate>
			  <description><![CDATA[<h2>家族の思いがひとつになって新たな道へ</h2><p class="rassic">香川県三豊市でレモンや中晩柑などの柑橘類を生産している矢野農園。経営するのは４代目である矢野志保美さんです。「柑橘を栽培する両親、祖父母の姿を見て育ち、収穫を手伝うこともあったとはいえ、まさか自分が経営することになるとは・・予想外のことでした」と話す矢野さん。6年前、お父様が亡くなられたときに姉妹で農園の今後についても話し合いました。「父が新たに手がけ始めていた圃場はさすがに手放そう・・」そんな話が出ていたところ、当時小学生だった息子さんが「それはやめて！とにかく続けてほしい！」とわんわん泣いて訴えたのだそう。そうは言っても、矢野さんはご主人の転勤に合わせて引越しを繰り返しながらの子育て中で、当時は岡山県に住んでいました。そして、家族で話し合った結果、母子で香川へ。ご主人は婿入りされ、週末は香川へ来て、農園の仕事を手伝うというかたちに落ち着きました。まさに家族一丸となって「矢野農園」の存続を決意されたのでした。</p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2020/05/ka_yano_1.jpg" alt="矢野"/><h2>全力で駆け抜けた６年間</h2><p class="rassic">失意の中、農園を継ぐことになった矢野さん。お母様が亡くなられた10年前から手伝うことはあったものの、「見て学べ。自分で考えろ」がモットーの父の側でやってきたことは、本当にごく一部だったのだと気付かされます。いわゆる「農作業」と「農園経営」は全く異なる知識・技術が必要でした。周りの方に聞きながら、試行錯誤を繰り返して歩んでこられたとのことです。その頃、農業改良普及センターから「みとよ若嫁ファーム」を発足するにあたり、入らないかと声がかかります。まだまだ気持ちにも余裕がない時期で、お断りするも「新規就農者が5人以上必要だから」と言われると断りきれず、所属することに。</p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2020/05/ka_yano_2.jpg" alt="矢野"/><p class="rassic">女性農業コミュニティリーダー塾など研修にも参加しながら農業経営の知識を学び、仲間とともにマルシェに出店するなど活動を続け、なんと今では「みとよ若嫁ファーム」の会長を任されているのです。「だまされたのよ〜」なんて笑ってお話ししてくださる矢野さん。農園を継ぐ立場も、会長の役割も、「この人に！」と思わせる矢野さんのお人柄が自然な流れを生み、さらには弛まぬ努力が積み重なり、実りに繋がっていることがわかります。</p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2020/05/ka_yano_3.jpg" alt="矢野"/><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2020/05/ka_yano_4.jpg" alt="矢野"/><h2>父の残したメッセージ「かんきつ物語」</h2><p class="rassic">矢野さんが一人で農園を運営できている秘訣は「リレー栽培」。9月末に収穫する「極早生みかん」にはじまり、日南の姫、日南、田口早生、ゆら早生、石地、寿太郎、西南のひかり、べにばえ、文旦、紅まどか、不知火、はるみ、河内晩柑、メイポメロ・・5月まで順次選手交代していくのです。一部は、夏場も摘果みかんを出荷しています。こうした通年出荷できるスタイルは、お父様が残されたメッセージ「かんきつ物語」そのものなのです。お父様は生前、いつでも柑橘類がある暮らしを願い「かんきつ物語」のイメージをお孫さんたちにお話しされていたのだそう。矢野さんも知らなかった「かんきつ物語」。息子さんが泣いて残してほしいと訴えたというお話にも納得です。大学生になった息子さんは圃場の柵を作ってくれたり、頼れる存在に。戸惑いながらスタートした「みとよ若嫁ファーム」も生産・加工など女性目線のノウハウを共有し、子育ての相談もできる女性ならではのネットワークとして、今では矢野さんにとっても欠かせない大切な存在になっています。</p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2020/05/ka_yano_5.jpg" alt="矢野"/>]]></description>
		      </item>
		    <item>
			  <title><![CDATA[親子で、地域で助け合い、農業を未来へと受け継いでいく／香川・まんのう町 萩原理英さん]]></title>
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			  <pubDate>2025-02-13 03:00:28</pubDate>
			  <description><![CDATA[<h2>稼ぐ農への挑戦</h2><p class="rassic">両親から引き継いだ1haのほ場で、ブロッコリーやキャベツなどを栽培している萩原理英さん。就農から約10年、持ち前の明るい笑顔とはつらつとした性格で地域を巻き込みながら、稼ぐ農業を実践しています。44歳で勤めていた会社を退職。人生の分岐点に立った萩原さんが選んだのは、就農の道でした。「小さい頃から親が農業をしているのを見て、手伝っていたからね。農地を維持するためには、自分が管理しないと。親は儲かる農業をやっていなかったから、ある意味、意地もあるのかも。私ならもっとできる！って」と萩原さん。就農当初は、見よう見まねで作業を進めて、徐々に効率的な方法を編み出していき、今では機械を活用して作業効率化を進めています。</p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2020/05/ka_hagiwara_1.jpg" alt="萩原"/><h2>メリハリあるアグリライフ</h2><p class="rassic">萩原さんは、大きな農業機械を使いこなし、露地野菜を栽培しています。減農薬栽培を行い、JAに出荷する際には栽培履歴を提出。厳しい検査をパスし、安心安全な作物を作ることを大切にしています。「面積が広いから無農薬は難しいけれど、安全性は間違いないんですよ」と胸を張る萩原さん。広いほ場を一人で管理するのは体力勝負ですが、そのプロ意識が作物を豊かに実らせています。そんな萩原さんの心の支えは、同じく農業を営む女性たち。時折、農業女子ネットワークのミーティングに参加して、情報交換をしています。作物はそれぞれ違いますが、情報交換すると刺激になり、何より会って話をすることが楽しい時間となっているそうです。</p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2020/05/ka_hagiwara_2.jpg" alt="萩原"/><p class="rassic">数年前、萩原さんのお姉さんも会社を退職して就農をしました。それ以来、2人で手を取り合い、助け合ってきました。「9〜10月が一番忙しいですが、毎日作業が続いたら、もう、今日はお休みしよう！と決めて一緒にランチに行くんですよ、自分へのごほうびに。雨が降ったらその日はお買い物デーになります。農作業をするときのスポーツウェアも一緒に買いに行ったりしています」と萩原さんはとても楽しそうに話します。作業をするときは集中して作業し、休むときはしっかり休む。メリハリのある日々を過ごすことで、農業への活力が湧き上がっているようです。</p><h2>地域農業をもっと盛り上げたい</h2><p class="rassic">野菜を個人経営で栽培する一方で、米や麦に関しては、地域の人たちと共同で集落営農を行なっています。米の栽培にはコンバインやトラクターが必要となりますが、機械が高額のため、共同購入し法人経営する方法です。「これからの農業は、『うちの田んぼ』という所有の感覚から抜け出し、共有という、新しい考え方へ変わろうとしている。農地は地域で管理し、何かあったら「お互いさま」の寛容な精神で乗り越える。そして、利益をしっかりキープすることも大事」持ち前のコミュニケーション力で周りの人と力を合わせている様子が伝わります。</p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2020/05/ka_hagiwara_3.jpg" alt="萩原"/><p class="rassic">今の課題は、人を増やして法人を長期的に維持すること。同級生が定年になったら、1人でも2人でも会社に入ってもらい、農業の楽しさを知ってもらえたら、その人を中心に世代交代が進んでいくようにしていきたい。そんな萩原さんの想いが伝わったのか、地域の中には、定年後に嘱託として会社に勤務しながらも、心はすでに農業に傾いている人も、ちらほらと出てきている様子。今は無理に誘うことはせず、仲間になってくれるのを心待ちにしています。「農地の後継ぎ問題は、子育ての問題と一緒に感じる」と萩原さんは言います。</p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2020/05/ka_hagiwara_4.jpg" alt="萩原"/><p class="rassic">田舎で両親と同居していても、今は子どもを両親に預けずに外の施設に預ける人が増えています。親は親で、子どもに農業を手伝ってもらうことを考える前に離農してしまいます。「もっと親子のコミュニケーションがうまくできるといいんだけどね」と萩原さん。農地の管理が難しくなった時に、親が子に上手に頼ることができたら、子も親を放っておけず、引き継ごうと考えるようになる。そんな親子の形が、この地域でうまれることを願っています。</p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2020/05/ka_hagiwara_5.jpg" alt="萩原"/><p class="rassic">「これからはもっと女性も外に出ることが大切」「将来は、小規模でいいので野菜を作り続け、時には旅行に出かけたりしてリフレッシュする」そんなメリハリのある老後が理想なのだそう。そんな萩原さんのパワーみなぎる笑顔が、地域の未来を明るく照らしているように感じました。</p>]]></description>
		      </item>
		    <item>
			  <title><![CDATA[農業も休日も面白い！365日をおもいきり楽しむ／香川・高松市 南原理沙さん]]></title>
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			  <pubDate>2026-04-15 02:00:25</pubDate>
			  <description><![CDATA[<h2>直感で飛び込んだ農業の世界</h2><p class="rassic">南原理沙さんは、結婚を機に夫の実家である農家をご夫妻で継いで6年目になります。結婚をする時に夫から「いつか家業を継ごうと思う」という話を聞き、「じゃあ、今継ごう！」とスピーディーな決断力でご主人を促して就農を決めたそうです。南原さんは、農業未経験。それでも、「不安はありませんでした。一から畑を拓くわけではないし、義父がそばで見守ってくれますから。それに、パソコンに向かって仕事をするより、体を動かすほうが好きなんです」と話す南原さん。抜群の行動力で農業の世界に飛び込みました。草刈り機を使ったり、道を広げるために石をハンマーで叩いたりと、力仕事もお手のもの。強く、たくましく、しなやかにアグリライフを楽しんでいます。</p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2020/05/ka_nanbara_1.jpg" alt="南原"/><p class="rassic">現在、南原さんご夫妻はキウイフルーツを、お義父さんは柑橘の栽培を行っています。「義父は、品種も栽培方法も私たちの自由に挑戦させてくれるんです。最初は自己流でやって木を枯らせてしまうこともありましたが、そんな失敗もほほえましく見守ってくれる人です」。失敗のたびにお義父さんに相談して改善。疑問に思ったことは調べて挑戦。その繰り返しが功を奏し、今では畑に一面、輝くようなキウイフルーツが実っています。</p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2020/05/ka_nanbara_2.jpg" alt="南原"/><h2>チャレンジ精神は常に旺盛に</h2><p class="rassic">南原さんが栽培しているキウイフルーツの品種は、香緑・さぬきゴールド・さぬきエンジェルスイートの3種類。最近では、「栽培にオリジナリティを出したい」と夫妻で創意工夫を加えている真っ最中です。なかには試験的に栽培しているというキウイもあり、傷がついたり日焼けしたりしないよう、大切に袋がかけられていました。「変わったキウイ、美味しいキウイ・・・自分が作りたい品種など、周りがやっていないことにどんどん挑戦したいですね。柑橘も好きなので、新しい品種が出たら義父に『こんなレモンが出たんだけど、植えてみない？』と出しゃばっています（笑）」。</p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2020/05/ka_nanbara_3.jpg" alt="南原"/><p class="rassic">栽培への一番のこだわりは、自分が食べたいもの、そして子どもに食べさせたいものを作るということ。その延長に、お客様がいると考えています。安心で安全なことはもちろんですが、キウイフルーツはぶつけると傷んだり味が悪くなったりするため、収穫の際にコンテナに”コツン”と当たっただけでも販売はしません。そこには、義父が培ってきたお客様との信頼関係を崩さないように、という想いが込められています。一番のやりがいは、お子さんやお客様から「おいしい」「また買いにきたよ」という言葉をかけられること。「どうだ！」という、誇り高い気持ちが湧きあがります。</p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2020/05/ka_nanbara_4.jpg" alt="南原"/><h2>家族でのびやかに農業を営む</h2>
<p class="rassic">農業は、子育てをする環境としても適していると話す南原さん。お子さんは6歳。保育所に早めに迎えに行って、帰ってきたら一緒に袋詰めなどの作業をすることもあります。「実はいつもの3倍くらい時間がかかるけれど、本人は『仕事した！』と得意顔なんですよ」と優しくほほえむ南原さん。親子で一緒に作業できる時間を大切にしています。</p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2020/05/ka_nanbara_5.jpg" alt="南原"/><p class="rassic">さらに、子どもの誕生日には夫妻が揃って休むことも。時間に縛られすぎず、何かを強制されることもなく、自分がやりたいと思ったことをする。失敗すれば責任を取るのも自分自身ですが、それでもやりたい農業を自由にできることに幸せを感じているようです。「今は仕事が趣味。休みの日も含めて365日を楽しめているから、精神的にも身体的にも健康だと思いますよ」。笑顔の絶えない南原さんから、日々の生活を楽しんでいる様子がひしひしと伝わってきました。</p>]]></description>
		      </item>
		    <item>
			  <title><![CDATA[イチゴに導かれ、家族みんなが笑顔の毎日に。／香川・綾川町 大西三寿子さん]]></title>
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			  <pubDate>2025-01-06 04:00:17</pubDate>
			  <description><![CDATA[<h2>まさに「畑違い」の就農</h2><p class="rassic">香川県の中部に位置する綾歌郡綾川町に、かわいいイチゴが実るハウスが並んでいます。大西三寿子さんがご主人と経営されているイチゴ農園です。「愛媛県から香川県へ嫁いだ頃は、夫もサラリーマンだったため「農業」をすることになるなんてまったく考えていなかった」と話す大西さん。もともと、ご主人の実家は養鶏からイチゴの生産に切り替えられた農家でした。</p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2020/05/ka_onishi_1.jpg" alt="大西"/><p class="rassic">ご両親がイチゴ栽培をやめる直前、最後の1年に「やってみる？」とハウスの一部を任されて、一人でイチゴの栽培に挑戦したのがはじめての「農業」だったそうです。そのとき感じた「あれ？楽しいかも！」という気持ちが今につながっているのでした。当時は会社勤めのご主人のハードワークを心配する日々。やがて、夫妻でイチゴ農家として出発することになります。ご両親はすでにやめられていたため、継承する形ではなく二人で新規就農し、1からスタートしました。</p><h2>「農業」の魅力を満喫中</h2><p class="rassic">大西さんは香川県自慢の品種「さぬきひめ」を栽培しています。イチゴは9月に苗を植え、11月末から収穫がはじまり、収量は減るもののなんと6月まで収穫できるのだそう。冬作物の印象が強いイチゴですが、3月〜8月あたりは土を消毒したり、育苗ハウスで次の苗を育てたり、と1年を通じてさまざまな作業があります。「苺の栽培は作業的にも女性向きだと思います。朝から苺のお世話をできるのは幸せだなあって感じますよ。やっぱり、苺はかわいいですからね」生き生きとお話される笑顔は、農業に就くなんて考えてもいなかった方とは思えないくらい。</p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2020/05/ka_onishi_2.jpg" alt="大西"/><p class="rassic">大西さんのハウスは自宅の目の前に並んでいます。小学生の子どもが学校から戻るときには迎えることができ、お稽古ごとに送っていくこともできる。そして何より、子どもは働く両親の姿を間近に見ることができる。そういったことも含め「農業って、世間のイメージよりずっといいものだと思うんです。子どもたちの憧れの職業になってほしいなあと思うと、楽しんで働く姿を見せたいですよね」と話します。</p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2020/05/ka_onishi_3.jpg" alt="大西"/><h2>女性生産者の視点は大事な武器</h2><p class="rassic">2年前には「中讃農業女子ネットワーク」の発足と同時に所属し、今では11名の女性農業者と研修会を開催したり、農業フェアに出店したりしています。「ゆるっと繋がっている感じがちょうどいいんです。露地野菜の方もいれば米麦の方もいて、知らないことがいっぱいだからおもしろいですね」香川県に広く展開するスーパーに「中讃農業女子ネットワーク」の産直コーナーを設けており、「ぼやっとちゃん」のロゴマークがついたそれぞれの農産物が並びます。</p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2020/05/ka_onishi_4.jpg" alt="大西"/><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2020/05/ka_onishi_5.jpg" alt="大西"/><p class="rassic">ネットワークのメンバーは30〜50代の女性だからこそ、主婦の視点が生かされているそう。例えば、「『じゃがいも』と書いたPOP には、ちゃんと『キタアカリ』って書かないと！」と。今や消費者も品種で選ぶ時代。パッケージにもこだわり、レシピをつけたり、ポップを手書きしたり・・女性ならではのアイディアが光ります。就農から4年目を迎えた今、「夫と二人三脚でやってきた経験、そして中讃農業女子ネットワークで受ける刺激や学びを生かしたい」と、これからのイチゴ栽培がますます楽しみな大西さん。よりスムーズに出荷できるよう建設中の作業場の完成も目前です。「いつかは直売や加工なんかもできたら・・」夢はどんどん膨らんでいきます。</p>]]></description>
		      </item>
		    <item>
			  <title><![CDATA[地域に貢献し、地域に支えられ、力強く農業を営む／香川・小豆島 西口千里さん]]></title>
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			  <pubDate>2026-02-01 08:00:25</pubDate>
			  <description><![CDATA[<h2>専業主婦からみかん農家への転身</h2><p class="rassic">結婚してから長らく専業主婦だったという西口千里さん。夫が家業を継ぐために夫妻で小豆島に移住してからは、一人で家庭菜園を楽しんでいました。あくまで趣味ではじめた家庭菜園。しかし、その姿をみた地域の人から「うちのみかん園地も使ってほしい」と声がかかります。高齢になり作業が困難になったみかん農家が、園地の管理を西口さんに託したのです。「やるかどうか、最初は悩みました。みかんを栽培するには、資材も揃えないといけませんから。でも、実家の父に相談すると”やってみたらいいじゃないか”と言われて、挑戦することにしたんです」。偶然にも、実家がみかん農家で、子どもの頃は収穫を手伝っていたという西口さん。「まさか、小豆島で私がみかんを栽培することになるとは思ってもみませんでした」と笑います。</p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2020/05/ka_nishi_1.jpg" alt="西口"/><p class="rassic">そんな西口さんを信頼してか、地域からは園地を預けたいという申し出が増え、栽培面積がどんどん拡大。「そこまでやるなら利益を取るほうがいい」という周囲からのアドバイスもあり、5年前に完全就農しました。託される園地のなかには、荒廃地になる寸前のものも多いですが、時間をかけて回復させ、出荷ができる状態にまで育ててあげてます。</p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2020/05/ka_nishi_3.jpg" alt="西口"/><h2>地域ぐるみのサポートが心強い</h2><p class="rassic">実家が農家とはいえ、農業未経験での挑戦。はじめのうちは、資材など重いものを持ったり、機械を操作したりするのにも苦労したそう。ただ、栽培で困りごとがあるたびに、農業改良普及センターやJAの職員に相談できる環境がありました。「この辺りは家族経営の小規模農家が多いので、農業の指導員も私たち一人ひとりをすごく気にかけてくれているんです。私がいなくても園地を見回りに来てくれて、異常が発生したら連絡やアドバイスをくれます。それが心強いですね」と西口さん。地域の農家も、一人で奮闘する西口さんに「肥料まいた？」など忘れないように声をかけてくれます。休日にはご主人も一緒に作業するとのことで、この日も「三連休のはずが三連勤になりましたよ」と笑顔で答えてくれました。頼れる人がいるという安心感が、一人の農作業へのモチベーションになっているようです。</p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2020/05/ka_nishi_2.jpg" alt="西口"/><h2>みかん栽培は、難しいからこそ面白い</h2><p class="rassic">現在はみかんのほか、キウイフルーツや野菜も含め、年間を通じてバランスよく作業ができるように、緻密な栽培計画を立てて栽培に励んでいます。みかんの品種は、小原紅早生、スイートスプリング、はるひめ、はるみの四種類。毎年12月になると、園地がいっせいに鮮やかに色づきます。ここからが、西口さんの繁忙期。収穫してトラックに積み込み、倉庫で仕分けをしたら間髪を入れずに出荷へ。周りからは「体を壊さないようにね」と気遣われますが、今では20キロの肥料をかつぐほど、力強く農業を営んでいます。</p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2020/05/ka_nishi_4.jpg" alt="西口"/><p class="rassic">「私たち個人農家は、どうしても大規模農家に押され気味。そこで、収穫したみかんを冷蔵しておいて、季節外の夏場に出荷することもあります」と売るための工夫も。地域の風土と気候を生かした露地栽培を行なっているため、品質のいいみかんを作るために、防除と肥料にも気を使います。とくに小原紅早生は栽培が難しいと言われる品種。時には失敗して落ち込むこともありますが、朱色に色づき味がうまくのったときの感動は大きいもの。あえて難しい品種に挑む面白さも感じているそうです。</p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2020/05/ka_nishi_5.jpg" alt="西口"/><p class="rassic">「夫が定年退職すれば、二人で作業ができます。そうなれば毎日手を加えられるので、今よりもっと効率的に栽培ができるはず。何より、気持ちが落ち着くと思います」と微笑む西口さん。一人で農業を営むのは難しいけれど、だからこそ助けてくれる人たちがいる。その喜びをかみしめながら、おいしい果物や野菜づくりに向き合っています。</p>]]></description>
		      </item>
		    <item>
			  <title><![CDATA[もっと卵のことを知ってもらいたい／香川・さぬき市 金江ちひろさん]]></title>
			  <link>https://rassic.jp/content/11054</link>
			  <guid>https://rassic.jp/content/11054</guid>  
			  <pubDate>2024-03-30 01:00:06</pubDate>
			  <description><![CDATA[<h2>環境問題への関心から農業へ</h2><p class="rassic">卵を産むニワトリを愛情たっぷりに育てる所から始めているかなえ養鶏場には、金江ちひろさんが真摯に卵と向き合う優しい姿がありました。サラリーマン家庭に育った金江ちひろさんが農業に興味を持ったのは外国の環境問題がきっかけ。「湾岸戦争の時にテレビに映る油まみれの水鳥たちを見て問題意識を感じた」と言います。農学部へ進学し、国内での援農にも取り組むうちに「このままでは日本の農業も危ういのでは？」と感じるようになったそうです。卒業後は岡山県にある平飼いの養鶏場に就職。香川県のアスパラガス農園での仕事を経て、農業仲間だった養鶏場を営むご主人と結婚、夫妻で養鶏に取り組んでいます。</p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2020/05/ka_kanae_1.jpg" alt="金江"/><h2>生産者と消費者がつながれる場所を</h2><p class="rassic">かなえ養鶏場の朝どれ卵の直売や卵を使ったスイーツやフードを提供する「かなたまキッチン」のオーナーでもある金江さん。夫と共に結婚当初から温めていた「卵のおいしさをもっと知ってもらえるお店を作りたい」という思いを形にしたお店です。オープン当初はお客様が少ない日が続きましたが、食のイベントに出店することで少しずつお店の認知度が上がり、今では遠方からのリピーターも多く訪れるようになりました。「スーパーで売られている卵とは味がちがう」と箱単位で買っていく方も。お店やSNSを通してお客様の声を直接聞けることも励みになっています。卵は季節を問わず食卓にあがる食べ物ですが、お米や野菜と異なり生産現場を見る機会はなかなかありません。鳥インフルエンザなどへの対策のため、養鶏場への関係者以外の立ち入りは厳しく制限されているからです。「身近なものなのに、意外と知られていないことが多いから」と食育についても取り組んでいきたいと意欲をみせます。</p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2020/05/ka_kanae_2.jpg" alt="金江"/><p class="rassic">かなたまキッチンをオープンする前は養鶏場で雛の飼育を担当していた金江さん。成長を見られる楽しみもありますが、生き物を扱うには些細な変化を見落とさないことも大切です。「試行錯誤しながら完璧を追い求めていくのが面白いし、やりがい」なのだそう。自分たちの手元で一貫した体制で育てているからこそ、安心・安全でおいしいという自信をもってお客様にすすめられます。「責任を持って品質の良いものを作れるように頑張っていきたい。養鶏場と店舗の経営を２本柱で安定させていくことが目標です」と今後について語ってくれました。</p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2020/05/ka_kanae_3.jpg" alt="金江"/><h2>農業女子のためのプロジェクト</h2><p class="rassic">「農業の仕事では、男性は会合などで外に出る機会があるけれど、女性は留守を守ることも多く現場にこもりがちになってしまう」ということがあります。農業改良普及センターのアドバイスで2017年に金江さんが中心メンバーとなり立ち上げた「東讃地域農ガール」は、女性同士で情報交換や交流を目的に活動するグループ。経営内容はバラバラですが、お互いに刺激し合い、女性らしく活躍できる農業があることをPRしています。近年は女性が単身で経営計画・融資計画を立てて就農するケースも増え、それにともなって発生する問題や悩みを相談できる場所にもなり、地域の農業女子には心強い存在となっています。</p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2020/05/ka_kanae_4.jpg" alt="金江"/>]]></description>
		      </item>
		    <item>
			  <title><![CDATA[何も知らずに飛び込んだ農業の世界で、夢がふくらむこれから／香川・三豊市 吉田靖代さん]]></title>
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			  <pubDate>2024-04-15 02:00:35</pubDate>
			  <description><![CDATA[<h2>農家に嫁いで</h2><p class="rassic">農家に嫁いで夫と仲間に支えられ、香川のオリジナル品種を栽培している吉田靖代さん。これからも常にチャレンジしていく生き方を教えて頂きました。嫁いだ先がたまたま農家だったという吉田さん。香川県の西部、穏やかな海に面した仁尾町で柑橘とアスパラガスを栽培しています。実家が兼業農家だったので農業になじみはあったものの、どっぷりと身をおくのは結婚してからが初めて。「専門知識がなかったことが逆によかったのかも」とのこと。どうしてそう思ったのか理由を聞くと「身構えずに取り組むことができたから、上手くいけばすごくうれしい。失敗しても、こういうものなんだなとフラットな気持ちで向き合うことができたから」とこれまでを振り返りながら話してくれました。</p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2020/05/ka_yoshida_1.jpg" alt="吉田"/><h2>夫と仲間に支えられて</h2><p class="rassic">農業に携わるようになって約20年、それは夫婦2人3脚の歴史でもあります。これまで乗り切って来られたのは「積極的で向上心のあるタイプの頼もしい夫が引っ張ってくれたから。加えて地域の仲間も大きな支え」だと言います。当初、農家は周囲から孤立してしまうのかな？という不安を抱えていたそうです。しかし、周辺には柑橘を中心にさまざまな作物を育てている農家が多く、同世代の子どもをもつ女性も。「仕事のことや子どものこと、ちょっとした悩みでも気軽に話しやすい同世代の仲間は今も心強い存在です。年配の方も気にかけてくれるので本当にありがたい」と当初の不安は杞憂に終わったようです。</p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2020/05/ka_yoshida_2.jpg" alt="吉田"/><p class="rassic">栽培しているのは、近年注目を浴びているアスパラガスのさぬきのめざめ。2005年に香川県で誕生したオリジナル品種です。一般的に流通している品種と比べて、長く、根元まで柔らかいのが特徴。「目視で見えにくい害虫を見つけるのは経験者でもなかなか大変」とこぼしながらも「春先にぐんぐん育っているのを見ると喜びもひとしお」と手にかけてきた作物を収穫する醍醐味を語ります。冬から春にかけては、ミカン、レモン、不知火などの瀬戸内の気候を生かした柑橘類を栽培しています。</p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2020/05/ka_yoshida_3.jpg" alt="吉田"/><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2020/05/ka_yoshida_4.jpg" alt="吉田"/><h2>新しいチャレンジ</h2><p class="rassic">周辺では高齢化にともなって農地を縮小したり手放したりする農家もいます。「空いた農地を使ってみないか」という相談を受けて、これまで作付けを増やしてきました。これからは「子育てもそろそろ一段落。今後も続けていける範囲に調整したい・・・それにね」と吉田さんは続けます。「アボカドの栽培に興味があって詳しい人に聞きながら始めてみているの。ほかにも栗も植えてみたいねと夫と相談しています。趣味の域にとどまるかもしれないけど、やってみたくて」と楽しそうに今後について話してくれました。地域の仲間とのコミュニケーションを大切にし、夫妻で力を合わせて無理なく続けてきた吉田さん。それはこれからも変わりません。ライフステージや自分の興味に合わせて、仕事の幅や内容を調整できるのも農業のおもしろさのようです。</p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2020/05/ka_yoshida_5.jpg" alt="吉田"/>]]></description>
		      </item>
		    <item>
			  <title><![CDATA[養豚から牛の肥育、そして繁殖へ。常にチャレンジ／香川・さぬき市　芳竹作知さん]]></title>
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			  <pubDate>2020-02-19 15:56:50</pubDate>
			  <description><![CDATA[<h2>養豚業から牛の肥育へ</h2><p class="rassic">香川県さぬき市でご主人とともに牛の肥育と和牛繁殖を行う芳竹作知さん。芳竹さんは宮崎県で養豚業を営む家に生まれ、中学生の頃には農業に携わりたいと思っていた。といいます。東京農業大学で農業や畜産について学び、卒業後は地元宮崎県で両親と一緒に養豚業に奮闘していました。いつもの日常が一変したきっかけは2010年に宮崎県南部を中心に発生した口蹄疫。芳竹さんの農場にも出荷制限がかかり、厳しい現実に直面しました。そんなとき、大学の同級生だったご主人にも相談しながら、芳竹さんは養豚業を頑張り続けました。</p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2020/05/kagawa_yoshi_1.jpg" alt="芳竹"/><p class="rassic">その後、ご主人とのつながりが良き縁となり、家族の後押しもあってご主人のいる香川県へ嫁ぐことになります。ご主人の実家は肉牛の肥育が主な仕事。大学卒業後に首都圏で農業に携わりご主人も結婚の１年ほど前にUターン。二人そろって新たなスタートを切りました。</p><h2>肥育から繁殖へ業態をシフト</h2><p class="rassic">あれから、9年。現在、芳竹さん夫婦が力を入れているのは和牛の繁殖。一昨年に二人で人工授精の資格を取り、翌年から実際にはじめました。「自分たちで種付するのはなかなか難しいけど、そこから生まれてくる子は本当にかわいい」と顔をほころばせます。もともと行なってきた肥育は、ご主人のご両親が中心となり続けています。</p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2020/05/kagawa_yoshi_2.jpg" alt="芳竹"/><p class="rassic">資格を取って新しいことにチャレンジすることに不安はなかったのか尋ねると、「今は子牛の導入コストがとても高いんです。採算を見ていくとこのままでは赤字になってしまう。繁殖で生まれた子牛を育てて出荷すれば飼育のコストは抑えられますし、子牛は収支が安定しやすいですから」とご主人が酪農業界の事情を教えてくれました。「経営的に安定したら、肥育まで考えたい」まずは繁殖して子牛を出荷するのがスタートです。と教えてくれました。</p><p class="rassic">困った時には地域の農業委員の方に相談したり、先輩方にアドバイスをもらえる環境があるそうで、周りの温かさに芳竹さん夫妻のモチベーションは支えられています。</p><h2>母親だからできること</h2><p class="rassic">人工授精から生まれた子牛の担当は芳竹さんです。「食欲旺盛な子にミルクを少し多くあげるとお腹を下してしまったり、それが長引くと食欲不振になったりします。かわいいからってあげすぎちゃいけないんですよ」とまるで自分の子供の面倒を見るように話してくれました。日々の気温やミルクの量一つでは変わってしまう子牛の体調。作業の中でも一番気を使うところなのだそう。二児の母でもある芳竹さんだからできる気配りや観察力があるのでしょう。「僕が気づけないようなことに気づいてくれる。母性や女性の細やかさがなせることなのかなと思います」とご主人も芳竹さんの観察眼を頼りにしています。</p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2020/05/kagawa_yoshi_3.jpg" alt="芳竹"/><p class="rassic">繁殖に業態変えすると言われた時は不安ばかりだった、と当時を振り返る芳竹さん。「資格試験の勉強できるかな？ 自分たちでちゃんと種付けできるかな？」と次から次へとわいてくる悩みごと。「主人に『やるしかない！』と励まされてなんとかやってこれました」と笑顔を見せます。</p><p class="rassic">これからは食育の機会を作りたい、と今後についても意欲をみせます。「わたしが子供の時には、実際に育てた豚を家族で食べて『おいしいね』と命の大切さを学ぶ機会ありました。だから、自分の子供にも身近に牛がいる環境で『わたしたちが育てている牛だよ』と言って食べてもらいたい」現状では難しくても、将来的に業態を拡大させて肥育までの一貫経営ができれば、それも可能になります。</p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2020/05/kagawa_yoshi_4.jpg" alt="芳竹"/><p class="rassic">これまでと同じ方法が通用しない、というのはどの業界も共通の課題です。その時の世の中の流れやニーズを読み解いて、アクションを起こさなければいけません。「だから今後も二人で試行錯誤しながら牛飼いを続けていきます」大変なことはたくさんあるけど、動物が好きだからこれからも続けていける。芳竹さん夫妻の愛情を受けた子牛たちが、ここですくすくと育っています。</p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2020/05/kagawa_yoshi_5.jpg" alt="芳竹"/>]]></description>
		      </item>
		    <item>
			  <title><![CDATA[未経験から就農！次世代につなげる女性農家／香川・高松市 大西千明さん]]></title>
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			  <pubDate>2025-04-15 01:00:38</pubDate>
			  <description><![CDATA[<h2>「私おせっかいなんです」</h2><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2019/05/onisih09.jpg" alt="大西"/><p class="rassic">デニムのつなぎ姿がなんとも格好良い大西千明さん。高松市六条町で、コシヒカリ、ひのひかり、あきたこまち、もち米、といった4種類のお米を育てている女性農家さんです。</p><p class="rassic">「できるだけ、おいしい新米を食べてもらいたい」という想いから、大西さんは、お客さんへの直接販売を大切にしています。お米の種類や精米の有無など、お客さんひとりひとりのリクエストにも丁寧に応えるそうです。「新米やからお水は少な目にね」、「大根もサービスしようか？蕪もあるよ？」そんな微笑ましい会話も、直接販売ならでは。</p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2019/05/0nishi.jpg" alt="大西農園"/><p class="rassic">「何でもみんなにお裾分けしたくなるんです。そして、お裾分けするなら新鮮でおいしいものをあげたいんです。私、おせっかいなんですよね」そう照れくさそうに笑う大西さんのお話からは、どこまでも人を大切にする生き方が伝わってきました。</p><h2>トラクターにも乗れない！農業未体験からの就農</h2><p class="rassic">香川県でご主人と出会い、農家に嫁いだ大西さんは大阪府出身。結婚後は長年会社勤めでしたが、農業を営んでいた義理のお父様が亡くなったことをきっかけに、本格的に農家としての活動をスタートさせます。「最初はトラクターにも乗れなくて、にっちもさっちもいかなかったんですよ。でも、怖い…とか、できない…とか、そんなこと言ってられないわって」</p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2019/05/onishi3.jpg" alt="大西農園"/><p class="rassic">それまで、農業未経験だった大西さん。それでも、くじけずに農業を続けてこられたのは、周りの人の支えがあったからだと言います。「困ったことがあったら言ってよ」、仲間達のそんな言葉に大西さんは何度も励まされてきました。</p><p class="rassic">「皆さんには、本当感謝しかないですね。ひとり農業ってよく言うけどね、農業って孤独やと続かない。やっぱり、ひとりだと挫折しそうになるんですよ。特に、農家に嫁いできた女性って、ひとりぼっちで『これからどうしようかな…』って不安でしょう。だから、私にできることがあったら何でも言ってね』って伝えてあげるんです。私がそうしてもらったように助けてあげないと」</p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2019/05/kagawa_onishi2.jpg" alt="大西農園" /><p class="rassic">大西さんは、時には若手農家さんのトラクターの練習に付きあうことも。「何でも困ったらお互いさまでしょう。人と人とのつながりで私の人生が循環してるって感じるんです」</p><h2>女性農家としての生き方を次世代に伝えたい</h2><p class="rassic">大西さんは、農業だけでなく、女性農家としての在り方も日々模索しています。「力仕事は男性の方が得意かもしれませんけど、女性には男性とは違う繊細さがあると思うんです。事務処理とか、人脈作りとかは、もしかしたら女性の方が向いてるかもしれませんね。みんなのアイデア次第で、連携は取れるんですよ。自分のできる範囲で試行錯誤していくことが大切だと思います。」</p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2019/05/kagawa_onishi.jpg" alt="香川県高松就農"/><p class="rassic">さらに、女性ならではのこんなお話も飛び出しました。「女性はね、『農業をしていると真っ黒に日焼けするから、おしゃれもできない』って言うんですよ。でも、それは違うと思うんです。農業しながら、自分磨きして、おしゃれを頑張っても良いんじゃないかな」そう話す大西さんは、この日もキラキラと輝くネイルアートが印象的でした。「ジェルネイルは、爪先の保護にもなるので、定期的にネイルを楽しむようにしています。友人達からは、『本当に農業してるの？』ってからかわれますけど」そう笑う大西さん。</p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2019/05/onishi6.jpg" alt="大西千明香川"/><p class="rassic">大西さんは、農業にも、人とのつながりにも、おしゃれにも、とにかく全力を注ぎます。一体何が、大西さんをこんなにも突き動かすのでしょうか。「農業を若い世代に継承していくためには、私達の世代が動いていかないとだめなんです。それは『見て覚える』ってことではなくて、辛いことや悩みがあれば、『私がなんとかしてあげる』って動くことなんです」</p><p class="rassic">大西さんは、以前、悩みを共に乗り越えた女性農家さんからもらった、「救われました」という言葉が今でも心に残っているそうです。この人の背中を見て、どれ程の人が勇気づけられたのだろうー。大西さんは、そんなことを思わせてくれる素敵な女性でした。</p>]]></description>
		      </item>
		    <item>
			  <title><![CDATA[いちご農園から広がったつながりで、憩いの場所を作りたい／香川・丸亀市　江戸紫織さん]]></title>
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			  <pubDate>2025-12-15 07:00:25</pubDate>
			  <description><![CDATA[<h2>結婚を機に夫婦で就農</h2><p class="rassic">香川県では希少ないちご「紅ほっぺ」を栽培されている江戸紫織さん。結婚と同時に、ご主人の両親が営む農園を継ぐことを見据えて、二人で農業に取り組むことになりました。農業未経験のお二人、ご主人はまずJA香川県のインターン制度で１年ほど基礎を学び、江戸さんは義両親の農園を手伝うことから始まりました。</p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2020/05/kagawa_edo_1.jpg" alt="江戸"/><p class="rassic">農業の厳しさを小さな頃から見てきたご主人はプレッシャーや責任感から就農に躊躇していましたが、江戸さんは「何もわかっていなかったから逆に飛び込みやすかった」と言います。それでも農作物が相手なので、自分で計画が立てられないことや、自然に左右される苦労は絶えません。困った時には農家仲間を頼ることもあります。「先日もハウスが壊れた時にはご近所の農家さんに修理を助けていただいて本当に助かりました。」と江戸さん。</p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2020/05/kagawa_edo_2.jpg" alt="江戸"/><p class="rassic">近くのみなさんと協力しあったり、同じいちご農家の方との情報交換も大切にしています。「刺激を受けるし勉強になります」と仲間の存在はとても心強そうです。就農17年目の現在は、農園の看板を手書きしたり、収穫用の台車を作業しやすいように手作りしたりと得意分野を生かしながら農業に取り組まれています。気持ちが落ち込んでいる時でも「ハウスの中に入ると元気になれる」という江戸さん。ぴんと張った葉っぱに触れ、赤く実ったいちごを見ていると「今日も元気に育ってくれているな」と、いつの間にかクヨクヨした気分もなくなっているそう。</p><h2>農園の情報発信</h2><p class="rassic">日頃は、農作物に合わせた生活をしているため、夕方には食事をすませ、夜９時には就寝という生活を送っています。朝は５時に起きてゆっくり朝食を楽しみ、夜明けとともに収穫が始まります。農業を始めて、思わぬ体調の変化がありました。「悩まされていた花粉症が治ったんです。規則正しい生活って大事ですね」とはつらつとした笑顔で話してくれました。</p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2020/05/kagawa_edo_3.jpg" alt="江戸"/><p class="rassic">そんな江戸さんが就農するときに不安に感じたのは、「周囲との関わりがなくなること」。</p><p class="rassic">畑で作物と向き合っていると、周囲とのつながりやコミュニティが築きづらくなるかもしれません。そこで、気晴らしも兼ねて趣味のカフェめぐりすることに。周辺のカフェやパン屋さんを訪ねるうちにお店の方とも仲良くなり、今では江戸農園のいちごを使ったメニューが巡ったお店に並ぶようになりました。</p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2020/05/kagawa_edo_4.jpg" alt="江戸"/><p class="rassic">週末にはマルシェなどのイベントにも積極的に出店しています。「生産者と消費者の目線は全然ちがうんですよ。お客様のニーズを聞いて両方の目線をもてると、いちご作りも変わってきます」とイベントでのお客様とのやりとりが日々の仕事にも生きているようです。イベントで江戸農園のいちごを知った方が、いちごを求めて農園まで足を運んでくださることも少なくありません。江戸さんはSNSを使って、いちごの販売情報や出店情報などを発信する、自他ともに認める江戸農園の広報部長。SNSを見たご近所の方が「ここで直接買えるなんて知らなかったわ」といちごを買いに来られることも。いちご狩りやイベントの様子、看板猫ちゃんなど、農園の雰囲気や江戸さんの人柄がギャラリーから伝わってきます。</p><h2>人が集まる場所を作りたい</h2><p class="rassic">今後について江戸さんにたずねると、「品種や“いちご”と一括りにされずに、江戸農園のいちごが食べたい！ と言ってもらえるようになりたい」とにこやかに話してくれました。</p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2020/05/kagawa_edo_5.jpg" alt="江戸"/><p class="rassic">もうひとつ教えてくれたことがあります。それは、いちごやお米のほかに自家菜園で野菜も育てている江戸さんの目標は「人が集まれる場所を作ること」。自家菜園で育てた野菜を使って食事を出したり、いちごを使ったスイーツが並んだりするような納屋カフェを作りたいとご主人や友人と計画しています。</p><p class="rassic">「わたしは料理担当で、スイーツ担当もすでにキープしているんです」と、カフェ巡りから広がった人とのつながりが、江戸さんの新たな夢を育んでくれています。</p>]]></description>
		      </item>
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			  <title><![CDATA[小豆島・三都半島を柑橘の里にしたい／香川・小豆島　向井愛さん]]></title>
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			  <pubDate>2025-01-30 07:00:39</pubDate>
			  <description><![CDATA[<h2>パートナーの夢に便乗しました</h2><p class="rassic">3年前に地元・小豆島で新規就農した向井愛さん。おもに柑橘類を扱う実都農園を夫婦で営んでいます。島外の大学を卒業後は小笠原でホエールウォッチングガイドをしていたという珍しい経歴をもっています。小豆島にUターンしてからは農業生産法人に勤務し、そこで農業を志すご主人に出会いました。母方の実家が柑橘とキウイの農家だというご主人は、子供ながらに耕作放棄地が増え、農業の担い手が減っていく現実に心を痛めていました。「なんとかしたい、柑橘農家になりたい！と強い思いをもつ主人に便乗したんです」と、ブラッドオレンジが色づく畑で話してくれました。</p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2020/05/kagawa_mukai_1.jpg" alt="向井"/><h2>開墾からのスタート</h2><p class="rassic">三都半島にある大木がそびえる耕作放棄地を開墾するところから始まりました。当初、向井さんのご両親にはすごく反対されたそう。「農業では食べていけないぞ」「それでもやりたいの！」反対と説得を繰り返し、畑を開墾し始めた頃から徐々に手伝ってくれるようになり今は応援してくれています。畑を耕し始めると、いろんな人が声をかけてくれるようになりました。「誰が畑やってるの？」から始まり「あっちの畑でもやってみないか？」など親切にみなさんが声をかけてくれます。ある日、畑の隣に暮らす人がわざわざ電話くれて「イノシシが来てたみたいだけど畑は大丈夫？」と、気にかけてくれたときもあったり、温かい人が本当に多いんです。普及センターやJA、インターン制度で勉強していた時の師匠や地域の方に、教えを請いながら取り組んでいます。と向井さん。小豆島の暮らしやすさがうかがえます。</p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2020/05/kagawa_mukai_2.jpg" alt="向井"/><p class="rassic">柑橘は苗木からのスタートで、収穫まで年単位で時間がかかります。生計を立てるには比較的早く収穫できる野菜も並行していこうと始めてみると、柑橘とはちがう野菜栽培のおもしろさに気づきました。「柑橘の成育次第で量は変わるかもしれないけど、野菜も柑橘も両方やっていきたいです」と楽しそうに栽培中のものについて教えてくれました。JAへの出荷と直接販売する２つの方法をとっているので、いろんなお声を聞けるのが楽しいし励みになっています。昨年買ってくれた人が「今年もお願いしたい」とリピーターになってくれたり、クチコミで広がっていったり。「子供たちに安心して食べさせてあげられるものを作りたい」と、減農薬や無農薬のものを生産しているので、こだわりをもつ方からのお問い合わせも増えてきています。</p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2020/05/kagawa_mukai_3.jpg" alt="向井"/><h2>耕作放棄地を減らしたい！</h2><p class="rassic">現在、小豆島で農業をされている方も、あと20年もすればほとんどがリタイアされる世代です。その人たちが畑を手放せなければならないとき「向井に相談してみよう」と言ってもらえるような存在になりたい、としっかりした眼差しで島の農地の維持や発展について話してくれました。自分たちで開墾してみてわかったのは、畑が荒れるのはあっという間なのに再生するのはとても大変だということ。開墾していると近所のおじいちゃんがやってきて悲しそうに言うのです。「20年前はこんなに荒れるなんて思わなかった。山のずっと上の方まで段々畑があったのになあ」そういった声が減るように、少しずつ、少しずつでも畑を広げて再生に取り組み「次の代に繋げられるような形を作って後継者の育成に進みたい」という思いをもっています。まだ幼い二人の娘たちが「やりたい」と言ってくれたら理想だけど、ほかの人たちが手を挙げてくれたときに「できるよ！」と渡せる環境を作っておきたいんです。</p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2020/05/kagawa_mukai_4.jpg" alt="向井"/><p class="rassic">これからのプランについて聞いてみると、きらきらした笑顔で答えてくれました。「ブラッドオレンジを小豆島の特産のひとつにしたいんです。そして三都半島を柑橘の里にしたい！」ブラッドオレンジを知らない人も多いので、まずは自分たちがしっかり作れるようになることが目標です。「作ってみたい」という人が出てきたら「一緒にやりましょう！」と言えるようにしっかりとした生産者になっておきたい。実都農園のWebサイトは向井さんの担当。自分たちの想いを伝えるツールとしてSNSも利用しています。「収量が安定したらwebでの販売もできたら」と思いはふくらみます。「実都農園のものはなんでもおいしいね」と言われたらうれしい。まだまだひよっこだけど将来的には。ね！と頼もしいパートナーと顔を見合わせて、向井さんはとびきりの笑顔を見せました。柑橘から広がる、家族と島の未来を夢描いています。</p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2020/05/kagawa_mukai_5.jpg" alt="向井"/>]]></description>
		      </item>
		    <item>
			  <title><![CDATA[時間をかけて丁寧に　お客さんの笑顔のために作られた梨/香川・三豊市　宮﨑和代さん]]></title>
			  <link>https://rassic.jp/content/10118</link>
			  <guid>https://rassic.jp/content/10118</guid>  
			  <pubDate>2024-09-01 02:00:01</pubDate>
			  <description><![CDATA[<h2>きめ細やかさが必要とされる梨作り</h2><p class="rassic">「わあ、大きい梨！」この日香川県三豊市にある梨農家、宮﨑和代さんの農園を訪れると、赤ん坊の頭くらいはありそうな梨が、たわわに実っていました。この梨は、愛宕梨（あたごなし）という品種。10月から11月頃に収穫時期を迎え、大きいものでは優に1㎏を超えます。宮﨑さんいわく、1ヶ月くらい追熟させると、もっと甘くおいしくなるのだとか。そのため、購入後に大事に保存し、お正月に家族みんなで味わうお客さんも多いそうです。</p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2020/05/kagawa_miya_1.jpg" alt="宮崎"/><p class="rassic">宮﨑さんの営む「平和農園」では、愛宕梨をはじめ、幸水やあき月といった10種類の梨と、ジャムなどの加工品を生産しています。「梨一玉できるまでに、10回以上も人の手が必要なんですよ」宮﨑さんがそう話すとおり、梨作りには、多くの手間と、きめ細やかな作業が不可欠。「梨の実は風でそよいだ葉で傷ついてしまうくらい繊細なので、一玉、一玉専用の袋を被せてあげないといけないんです。他にも、たい肥をあげて、草刈をして、剪定をして。一年中大忙しです」日本人には馴染みの深い梨。私達は、時期がくれば自然と実をつけるものだと、ついつい錯覚してしまいがちです。「当たり前のおいしさは、誰かの毎日の積み重ねによって生まれている」、宮﨑さんのお話を聞いて、思わずはっとさせられました。</p><h2>ずっと見てきた両親の背中とお客さんの笑顔</h2><p class="rassic">宮﨑さんの農園に梨の木が植えられたのは、約20年前。それまで田んぼだった土地を梨農園にしようと、宮﨑さんのご両親が一念発起されました。しかし、「桃栗三年柿八年」という言葉があるように、果樹が実をつけるまでには大変な時間がかかるもの。当然、宮﨑さんの梨も、一朝一夕で今の状態になったわけではありません。「梨の木が実をつけるようになるまで大体5年、成木になるまでだと10年はかかるんです。特にうちの場合は、元々田んぼだった土地に植えたので、水はけをよくして、土を柔らかくしないといけなかったんですね。土壌の改良にすごく手間と時間がかかりました」</p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2020/05/kagawa_miya_2.jpg" alt="宮崎"/><p class="rassic">「自分の子どもに安心して食べさせられるような梨を目指して、当初から除草剤も化学肥料も使わずに、有機肥料で育てています。その分、どうしても手作業は増えてしまうのですが、安心安全なものをお客様に食べてほしいという想いをずっと大切にしています。」元々会社員だった宮﨑さん。そんな宮﨑さんが、ご両親の農園を継ごうと決断したのは、今から約9年前のことでした。「こだわって一生懸命やっている両親を見てきたので、この農園をなくしたくないなって思ったんです。その頃から徐々にお客さんも増えだしたので、その期待を裏切れないという想いもありました」</p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2020/05/kagawa_miya_3.jpg" alt="宮崎"/><p class="rassic">そこから宮﨑さんは、ご両親の下で農業について学び、今では「ここの梨しか食べられない」と、お客さんに言ってもらえるまでになりました。「農業って心が折れそうになることもあるんですけど、実をつけた時の喜びとか、楽しみにしてくれているお客さんの顔には、それを上回るものがありますね」見続けてきたご両親の背中と、お客さんの笑顔。その2つを胸に、宮﨑さんは今日も梨作りに励みます。</p><h2>夢は大きく　ゆっくりと着実に</h2><p class="rassic">宮﨑さんは、三豊市の女性農家で結成された「みとよ若嫁ファーム」に所属しています。イベントなどで三豊市の農作物をPRしており、最近では、「三豊市の名産品を作ろう」という話も持ち上がっているのだとか。農家のみならず、行政、企業とも力を合わせていければと考えています。さらに、宮﨑さんは、こんな話もしてくれました。「将来、収穫だけじゃなくて、そこに至るまでの農作業も体験できるような観光農園を作りたいですね。土に触れて、自分達が食べているものがどうやってできるのか、子ども達にきちんと知ってもらいたいんです」</p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2020/05/kagawa_miya_4.jpg" alt="宮崎"/><p class="rassic">どうやら、宮﨑さんの目標は、周りの人達にも、何かが還元されるようなものばかり。より多くの人を幸せにしたいと思えば、自然と目標も大きくなっていくのかもしれません。「もちろん、名産品も観光農園も、一からスタートするので時間はかかると思います。でも、できることを少しずつ進めて、徐々に形にしていくことができれば良いんです」ご両親がそうだったように、宮﨑さんも自分の目標に向けて、ゆっくりと、着実に歩を進めています。数年後、数十年後、宮﨑さんという木は、一体どんな実をつけるのでしょうか。</p>
<img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2020/05/kagawa_miya_5.jpg" alt="宮崎"/>]]></description>
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		    <item>
			  <title><![CDATA[URAfarmは野菜にも人にも愛情をたっぷりと／香川・観音寺市 浦聡子さん]]></title>
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			  <pubDate>2024-04-15 02:00:46</pubDate>
			  <description><![CDATA[<h2>気が付いたら農業に夢中　この土地のために私達が頑張らないと</h2><p class="rassic">きらきらとした笑顔で畑を案内してくれたのは、香川県観音寺市で農業を営む浦聡子さん。ご主人の達生さんと一緒に、レタス、アスパラガス、ネギなど、様々な野菜を育てています。</p><p class="rassic">浦さんご夫婦は、就農して今年で6年目。若い世代として香川県の農業を盛り上げる2人は、実は、元々美術を専攻していたという変わった経歴の持ち主です。</p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2019/05/ura01.jpg" alt="観音寺市浦聡子さん夫妻"/><p class="rassic">「私も主人も首都圏出身で、東京の美術大学に通っていました。将来について考えている時期に、観音寺市の農園のアルバイト募集を見つけて、何となく2人で応募してみたんですね。何となくで始めたはずなのに、いつの間にか農業の方が楽しくなっちゃいました」</p><p class="rassic">アルバイト後も同じ農園で修行を積み、そこの親方の指導の下、2018年7月には農業法人『URAfarm』の設立を果たします。</p><p class="rassic">地域の人達との出会い、そして農業への熱意と好奇心が、お2人をここまで突き動かしてきましたが、加えて原動力になったのは、観音寺市への「地域愛」でした。「この土地にやって来たのは、本当たまたまだったんですけど、愛着が湧いたんですね。若い世代が農業やらないと、この土地が衰退しちゃいますから。私達が頑張らないと」すっかり、観音寺市を担う一員となった聡子さん。力強い言葉からは、農家としての自覚と責任感が伝わってきます。</p><h2>可愛くて仕方がない野菜達　自然と向き合って心に訪れた変化</h2><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2019/05/uraaya.jpg" alt="URAfarmアスパラ" /><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2019/05/asupara.jpg" alt="香川アスパラ"/><p class="rassic">「私が育てたアスパラ見てください！」野菜を紹介してくれる聡子さんは、まるで、子どもが宝物を見せてくれるかのよう。嬉々とした表情と、野菜へ向けられる愛情いっぱいのまなざしが、とても印象的です。「私、自分でも気が付かないうちに野菜と会話してるみたいです。家に帰ったら、野菜に『ただいま、帰ってきたよ』って声をかけちゃうんですよね。自分で育てた野菜の可愛さは、やっぱり違います」</p><p class="rassic">聡子さんは、「野菜は、手をかけた分だけ素直に反応してくれる」と言います。日々、野菜が変化する様子を見ては、喜びを感じるのだそうです。とはいえ、天候に大きく左右される農業において、予想外の結果は付き物。どれだけ手をかけても、その努力が水泡に帰すことだってあります。そんな、気まぐれな自然を相手にしていく中で、聡子さんにも大きな心境の変化がありました。</p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2019/04/urasan.jpg" alt="観音寺市就農"/><p class="rassic">「農業を始めて、『世の中にはどうしようもできないことがあるんだな』って、潔さが身に付きました。人生って、潔く諦めて、前を向いた方が良いことだってあるじゃないですか。やるだけやったら、『神のみぞ知る』って感じですね。前よりも、物事を大らかに受け入れられるようになりました」</p><p class="rassic">昔の人達は、畏敬と親しみの念を込めて、太陽のことを「お天道様」と呼びました。聡子さんの話を聞いていると、そう呼んだ人達の想いが何となく分かるような気がします。</p><h2>家族じゃないからこそ、家族以上にお互いを大切に</h2><p class="rassic">URAfarmでは現在、パートタイマーや短期アルバイトを含め、合計10名の従業員が働いています。年齢や国籍、URAfarmへやって来た経緯はそれぞれ異なりますが、精神的にも、技術的にも支え合う、心強い仲間達です。</p><p class="rassic">「うちの従業員は、本当にみんな優しいんです」と聡子さんが話すとおり、困ったことがあれば、自分の担当業務を超えて助け合う空気があるのだとか。取材中も、従業員同士、仲の良さそうな様子が垣間見えました。</p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2019/05/urafarm.jpg" alt="観音寺市URAfarm"/><p class="rassic">言うなれば、従業員全員が、農業を通して密な時間を共有しているわけですが、聡子さんは、だからこそ互いが尊重し合える仲でなければならないと言います。</p><p class="rassic">「私達は、毎日一緒にいますけど、決して家族ではありません。でも家族じゃないから、家族以上にお互いを大切にしないといけないんです」</p><p class="rassic">手をかけた分だけ反応してくれる―。もしかすると、それは野菜も人も同じなのかもしれません。ここでは、野菜と人の両方が、たっぷりの愛情の中、すくすく成長していました。</p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2019/05/ura02.jpg" alt="URAfarm"/>]]></description>
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			  <title><![CDATA[サラリーマンから転身、就農して田舎“ビジネス”マンへ／高知・春野町 越智史雄さん]]></title>
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			  <pubDate>2021-05-15 16:47:18</pubDate>
			  <description><![CDATA[<h2>レールでつながる高知との出会い</h2><p class="rassic">東京都出身・40代半ばまで東京でサラリーマンをしていた越智史雄さん。「50歳になる前に、地方で気持ちに余裕のある暮らしがしたい」と計画を立てていたところ、高知県のこうちアグリスクールを雑誌で発見。こうちアグリスクールは、東京での座学セミナー。その後、農業体験合宿で高知を訪れた後、高知県立農業担い手育成センターでの長期研修に参加することを決めました。</p><p class="rassic">就農希望者長期研修は2013年11月～7月の9ヶ月。その後の農家研修（実習）はキュウリとショウガで有名な高知市春野町にあるキュウリ農家さんで1年間。そして、晴れて2015年秋からハウス栽培にてキュウリの生産を始め、農家として独立。2017年秋に3年目の作を迎えます。</p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2017/08/kyuuri.jpg" alt="キュウリ農家として就農"/><p class="rassic">「休日が明けると気分が落ち込むようなサラリーマン生活にはだんだん魅力を感じなくなっていた。そろそろ首都圏以外で暮らしたいと考えていた時期に、高知県の研修と出会いトントン拍子に話が進んでいった。気づいたら自分の目の前にレールがあり、それに乗っただけです。」と越智さん。しかしここに至るまで、計画的に貯金をしたり、田舎暮らしの雑誌で調べたり、身体が動く50歳までにというボーダーラインを決めたりなど、すごく計画的に行動されている印象を受けました。実はレールで舵を切っていたのは、越智さんだったのだと私は思うのです。</p><h2>たくさんの終着駅を経て</h2><p class="rassic">現在農家３年目を迎える越智さん。しかし農家になるまでには、いくつかの課題に答えを出しながら進んできました。長期研修期間中は「本当に地方でやっていけるのか」という自問自答が続きました。今まで首都圏にしか住んだことがなかった越智さんにとって、研修施設のある「高知県立農業担い手育成センター」は少しばかり田舎すぎると感じていました。</p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2017/08/hatake.jpg" alt="春野町" /><p class="rassic">そこで、栄えている街が近くにある地方都市部の方が自分には合っていると思い、住む場所はその点を考慮して選びました。現在は仁淀川河口近くの仕事場と高知市中心部のちょうど中間になるところで暮らしています。仕事との気持ちの切り替えができ、このスタイルが越智さんには合っているんだそう。よって「田舎暮らしと言えば古民家」というイメージではなく、住宅街のアパートを借りて住んでいます。</p><p class="rassic">越智さんが育てる野菜をキュウリにしたのはある意味消去法。ナスは花粉が体質に合わない、トマトの労働量は将来的に不安、ニラは栽培作業より出荷作業に時間を要するから。いろんな野菜を実際に育ててみて、自分と相性の良いキュウリに決めました。その後春野地区に入り、師匠のおかげで栽培技術だけでなく地域とのつながりができました。</p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2017/08/kyu.jpg" alt="収穫したきゅうり" /><p class="rassic">今期の１日当たりの収穫量は、冬場で110kg、春以降は130kg程度。1シーズンでは約25tの量をおおよそ1人で出荷しています（10a単位で算出）。3年目の来期は、9aの栽培面積から12a増え、21aに規模を拡大します。「春野はキュウリの産地のため、機械選果場があり環境が整っています。本当に仕事がしやすく、地域に支えていただいています。」と越智さん。</p><p class="rassic">来期の栽培規模拡大は、娘さんの東京の大学進学を機に、奥さんも農業に合流という理由もあります。自分に何ができるかを考えながら、1つずつ選択して前に進んでいます。</p><h2>農業を“ビジネス”にする</h2><p class="rassic">他にも栽培規模を拡大したのには、訳があります。「独立をして2年目までは栽培技術中心の勉強期間。3年目から利益をどうしていくか考える時期。新規にハウスを建てるのではなく、高齢化などの理由で空いたハウスをお借りして栽培する。そして、これからは売上と利益にこだわっていきたい。」と越智さんは言います。これまでは貯金を多少切り崩しながら、生計を立てていましたが、やはり農業も“ビジネス”。</p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2017/08/kochisyuunou.jpg" alt="越智さん"/><p class="rassic">今までのサラリーマン人生で、35歳まではIT技術者を、35歳以降からは管理職として組織と事業プランを組み立ててきました。データなどを基に、効率的に利益を生むための戦略を作っていくことは、どのビジネスも同じ。農家は儲からないのではなく、5年程度の長期構想をベースに年ごとのプランを練って実行すれば利益を上げていける。身体はサラリーマンより疲れるけど、自分にダイレクトに結果が返ってくることを楽しみながら仕事をしています。</p><p class="rassic">また、高知県の魅力を伺うと、「高知県はすごく気に入っています。コンパクトで住みやすい。土地で言えば、以前住んでいた神奈川も海が近くにあったように、今もすぐそばに海がある。カツオの塩タタキも最高においしい。街の飲み屋に行けば、僕の言葉が違うことに気づいて周りの人が声をかけてくれて温かく迎えてくれる、そんな高知県の人達が好きです。東京から遊びに来る僕の友人たち誰もが、高知ファンになって帰っていきますよ。」と越智さん。今では、農業つながり以外の友達や地域の伝統舞踊の会の仲間など、多くの友人が出来ました。</p><p class="rassic">飲み友達がハウス作業のアルバイトにきてくれたり、他の農家と人的リソースをシェアして複数の農家で数人雇用し人手を確保するなど、人のつながりと計画をマッチさせながら、自分の住みやすい暮らしを手にしている、そんな印象を持ちます。「移住で大事なことは、中に入っていく努力をするかどうか。」とも。研修も地域へ入ることも農業も、きちんと自分事として捉えて“ビジネス”をされています。</p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2017/08/ochi2.jpg" alt="春野町で就農" /><p class="rassic">「人生は適度に計画的に。タイミングがきたら思い切って移住する。」きっとサラリーマン時代からレールはつながっています。これからのレールは自分の手で仲間や奥さんと作っていくことでしょう。まだ高知も四国の他の県も巡っていないとのことなので、奥さんと時間を見つけてゆっくり周っていただきたいものです。</p>
]]></description>
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			  <title><![CDATA[自分らしい田舎暮らしを求めて新規就農／高知・土佐市 宮本哲宏さん]]></title>
			  <link>https://rassic.jp/content/6376</link>
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			  <pubDate>2025-05-01 02:00:06</pubDate>
			  <description><![CDATA[<h2>高知県人らしさ</h2><p class="rassic">「高知県人は、ガツガツしていない。育ちの悪い野菜や、釣りで釣った魚などを分け合い、みんなで補いながら、助け合って生きている。」</p><p class="rassic">宮本哲宏さんは、この人柄通りの高知県人。宮本さんが農業の道を志そうと決めたのは、長年の観光業界での勤務を経てのこと。観光業はまさに身体を酷使した仕事で、子供と向き合う時間もとれませんでした。それでも、観光業と真摯に向き合ったことで出てきた想いがありました。それは地域の食材を広めるために、いつか野菜を自分の手で育ててみたいという想い。</p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2017/04/6376b.jpg" alt="土佐で田舎暮らし"/><p class="rassic">就農を考え始めた宮本さんは、まず自分の周りの農家さんに話を聞くことからはじめたそうです。数軒の農家さんに直接出向き、いろいろと考えた結果、「青ネギ」を露地栽培で育てることを選びました。カツオのタタキの薬味でもある「青ネギ」は自分が一番食べる野菜。そんな青ネギなら育てるときに愛着を持てると考えたことが決め手になりました。</p><p class="rassic">その後、仲間や高知県の窓口などで教えてもらい、研修へ。高知県内にある高知県立農業担い手育成センターで、研修をスタートします。家から遠い方が集中できると、研修期間は家族とも距離をとり、集中して臨みました。</p><h2>研修・実習を経て培った感覚を知識へ変える</h2><p class="rassic">農業担い手育成センターでの研修期間を振り返ると、“感覚が知識的なものに変わった”ことが一番の収穫だったそうです。「論理的に生育を観察でき、有意義な時間を過ごすことができた」と宮本さんは言います。</p><p class="rassic">作り方や育ち方、定植、収獲、片付けなど基本的な作業。また、光合成もどうやって何を作っているのか、糖がどのようにできるのかや、薬学・虫・天敵など知識をきちんと得ることができました。一方、実習では、実際の農家さんで研修とは違うやり方を学び、比較しながら自分で考えて選択する癖がついたそうです。</p><p class="rassic">「研修では、温度管理・湿度管理を習うだけでも面白い。」</p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2017/07/6376c.jpg" alt="土佐で田舎暮らし" /><p class="rassic">野菜を作ることを体系的に学ぶことは、それだけで楽しい時間でした。
ただし、それでもやってみて、転びながらの就農。
地元の土佐市へ帰り、限界集落と呼ばれる場所で農業をはじめます。地域への想いを抱きながら、少しずつ農業をスタートさせていくのです。</p><h2>農業をしながら自分らしく生きる</h2><p class="rassic">「長い将来は、奥さんや、息子と一緒に農業をしたい」と宮本さん。農業は休みがなく大変だとよく聞きますが、宮本さんは自分のペースで働くことのできる農業に魅力を感じています。しかし、“自分のペースで働けるということは、誰も何もしてくれない”とも。だからこそ、準備をきちんとして、少しずつ、家族とともに農業ができるように広げていくのです。</p><p class="rassic">同時に、限界集落である地域のことも考えます。消防団などに入り、地域との関係も築き、農地相談の話も挙がるようになりました。
「自分の管理できる収量が増えてきたら、耕す土地を増やして耕作放棄地を減らしたり、増えてきた空き家も活用したりしていきたい」と宮本さんは続けます。土地を持っている方にも収獲した野菜や賃金を支払いながら、地域が成り立つようにしていければという優しい想いも教えてくださいました。</p><p class="rassic">このように想うのは、高知県民は1つの場所に長く住むのが当たり前で、200年くらいは住むのですが、以前はなかった田舎での空き家が出てきたことから。将来に向けて、自分ができることを一歩ずつしようとしています。</p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2017/04/6376a.jpg" alt="土佐市で新規就農" /><p class="rassic">同級生も帰ってきたり、若者で農業に従事する人も周りには増え、少しずつネットワークができています。道具の貸し借りなどもでき農業がしやすい現状もあります。宮本さんは、小さな積み重ねの先に、地域に農家が増えていけばと願っています。</p><p class="rassic">宮本さんの人柄は、いろんな悩みも吹き飛ばしそうなくらいのムードメーカー。前職の忙しさから解放された今、ゆっくりと農業を楽しみながら、地域に順応して生活されていて幸せそうだなと感じました。ここに至るまでに、準備と想いがあったからこその今と将来がある…今後も地域を盛り上げてくれること間違いなし！</p>]]></description>
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