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                      <title>rassic｜農を学んで食を知るちょっとおいしいwebマガジン</title>
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                      <description>rassicは農を学んで食を知るちょっとおいしいwebマガジン</description>
                      <lastBuildDate>Tue, 28 Apr 2026 18:48:18 GMT</lastBuildDate>
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			  <title><![CDATA[小豆島の自然に囲まれて、 豚と共生する暮らし／香川県・小豆島町　鈴木 博子さん]]></title>
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			  <pubDate>2020-12-22 09:39:56</pubDate>
			  <description><![CDATA[<h2>セネガルの主婦から小豆島の農園主へ</h2><p class="rassic">鈴木さんは、2014年にご主人の母国であるセネガルから帰国し、鈴木農園を営み始めました。「子どもの頃からおじいちゃんが小豆島で農業をしていて、自然に囲まれた環境にいられることが幸せだったので、私もずっと農業がしたいと思っていたんです」。石川県立農業短期大学を卒業し、家畜に関する基礎知識はあったものの、就農前は専業主婦で経験ゼロからのスタート。養豚農家に相談し、作業も体験しながら、イメージを膨らませていきました。</p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2021/03/suzu_1.jpg" alt="鈴木博子" /><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2021/03/suzu_2.jpg" alt="鈴木博子" /><p class="rassic">実際に就農して学んだことは、いくら段取りや計画をしても、自然相手では思い通りにいかないということです。「豚が言うことを聞いてくれなくて大変。私たちが毎日山の中を走り回っています」と笑う鈴木さん。今では、「やるべきことをやったら、あとは流れに身を任せています。お肉の注文が少ないときも、ギリギリになってパタパタと入ったりして、最終的にどうにかなるんです」とおおらかに構えています。</p><h2>のんびり自由な養豚に広がる共感の輪</h2><p class="rassic">鈴木農園の豚たちは、豚舎ではなく耕作放棄地だった雑木林で飼われています。餌のほとんどは、島内の農家から出る熟しすぎた野菜や刈り取った草、残飯、素麺くずなどの食品残さ。「人間が食べきれないものを豚が食べて、人間が豚のお肉をいただく。この循環を守りたいですね」。</p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2021/03/suzu_3.jpg" alt="鈴木博子" /><p class="rassic">山の中で自由に動きまわり、自然の食べ物を食べて過ごす豚たち。運動量が多いため、豚舎で飼われる豚よりも成長がゆっくりなのだそう。その分、出荷できる量も限られてしまいますが、「私は自然の中でくつろいでいる豚を見るのが好きなんです。沖縄の古い本を読んでも、豚は人間の残飯を食べて1年かけて大きくなると書いていました。それが自然の流れなのだと思います」と鈴木さん。</p><p class="rassic">宣伝はとくにせず、SNSで農園での暮らしを発信しているだけですが、どこからか聞きつけた人が鈴木さんの考えに共感して全国から見学に来ます。それは、レストランのシェフや地方に移住して就農したい人などさまざま。</p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2021/03/suzu_4.jpg" alt="鈴木博子" /><p class="rassic">最近では、小豆島にUターンした人が「鈴木農園の豚で生ハムを作りたい」と、加工・販売をはじめました。「島の魅力を伝えたい、というその人の想いから始まったこと。私もその想いは同じです。農業をやっていると、こういう出会いがあることがうれしいです」。加工品ができたことで、安定した販売も可能になりました。</p><h2>自然を循環させて、より環境にやさしい放牧を</h2><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2021/03/suzu_5.jpg" alt="鈴木博子" /><p class="rassic">その昔は、豚を飼う農家が多かったという小豆島。ところが、においの問題で住宅地との共存が難しくなり、その多くが廃業してしまったそう。「養豚のにおいを隠して、お肉のありがたさや命を感じずに食べていいのかな、と思います。においも含めて地域で受け止めることではないでしょうか。豚を食べてもらうことで、この問題を一緒に考えるきっかけになれば」と鈴木さん。月に2回の販売のたびに、想いをつづったお便りを書き、豚肉と一緒にお客さんに届けています。</p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2021/03/suzu_6.jpg" alt="鈴木博子" /><p class="rassic">「豚も私たちと同じ命。兄弟ゲンカもするんだよ、うれしいときは尻尾を振るんだよ、と伝えたいですね」。放牧地では、豚が木に体をこすりつけたり地面を踏み固めたりするので、どうしても自然に負荷がかかってしまいます。今後は、「新しい放牧地を探して今の放牧地を休ませ、草木を再生したい。そしてまたその地で豚が草を食べて育つという、より環境にやさしい循環型の放牧養豚を目指しています」と鈴木さん。一緒に農園を営むご主人や、お手伝いをしてくれる3人のお子さんも一緒に、尊い命に日々向き合い、食べ物のありがたさを感じながら自然のままに暮らしています。</p>]]></description>
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			  <title><![CDATA[地域に貢献し、地域に支えられ、力強く農業を営む／香川・小豆島 西口千里さん]]></title>
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			  <pubDate>2026-02-01 08:00:25</pubDate>
			  <description><![CDATA[<h2>専業主婦からみかん農家への転身</h2><p class="rassic">結婚してから長らく専業主婦だったという西口千里さん。夫が家業を継ぐために夫妻で小豆島に移住してからは、一人で家庭菜園を楽しんでいました。あくまで趣味ではじめた家庭菜園。しかし、その姿をみた地域の人から「うちのみかん園地も使ってほしい」と声がかかります。高齢になり作業が困難になったみかん農家が、園地の管理を西口さんに託したのです。「やるかどうか、最初は悩みました。みかんを栽培するには、資材も揃えないといけませんから。でも、実家の父に相談すると”やってみたらいいじゃないか”と言われて、挑戦することにしたんです」。偶然にも、実家がみかん農家で、子どもの頃は収穫を手伝っていたという西口さん。「まさか、小豆島で私がみかんを栽培することになるとは思ってもみませんでした」と笑います。</p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2020/05/ka_nishi_1.jpg" alt="西口"/><p class="rassic">そんな西口さんを信頼してか、地域からは園地を預けたいという申し出が増え、栽培面積がどんどん拡大。「そこまでやるなら利益を取るほうがいい」という周囲からのアドバイスもあり、5年前に完全就農しました。託される園地のなかには、荒廃地になる寸前のものも多いですが、時間をかけて回復させ、出荷ができる状態にまで育ててあげてます。</p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2020/05/ka_nishi_3.jpg" alt="西口"/><h2>地域ぐるみのサポートが心強い</h2><p class="rassic">実家が農家とはいえ、農業未経験での挑戦。はじめのうちは、資材など重いものを持ったり、機械を操作したりするのにも苦労したそう。ただ、栽培で困りごとがあるたびに、農業改良普及センターやJAの職員に相談できる環境がありました。「この辺りは家族経営の小規模農家が多いので、農業の指導員も私たち一人ひとりをすごく気にかけてくれているんです。私がいなくても園地を見回りに来てくれて、異常が発生したら連絡やアドバイスをくれます。それが心強いですね」と西口さん。地域の農家も、一人で奮闘する西口さんに「肥料まいた？」など忘れないように声をかけてくれます。休日にはご主人も一緒に作業するとのことで、この日も「三連休のはずが三連勤になりましたよ」と笑顔で答えてくれました。頼れる人がいるという安心感が、一人の農作業へのモチベーションになっているようです。</p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2020/05/ka_nishi_2.jpg" alt="西口"/><h2>みかん栽培は、難しいからこそ面白い</h2><p class="rassic">現在はみかんのほか、キウイフルーツや野菜も含め、年間を通じてバランスよく作業ができるように、緻密な栽培計画を立てて栽培に励んでいます。みかんの品種は、小原紅早生、スイートスプリング、はるひめ、はるみの四種類。毎年12月になると、園地がいっせいに鮮やかに色づきます。ここからが、西口さんの繁忙期。収穫してトラックに積み込み、倉庫で仕分けをしたら間髪を入れずに出荷へ。周りからは「体を壊さないようにね」と気遣われますが、今では20キロの肥料をかつぐほど、力強く農業を営んでいます。</p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2020/05/ka_nishi_4.jpg" alt="西口"/><p class="rassic">「私たち個人農家は、どうしても大規模農家に押され気味。そこで、収穫したみかんを冷蔵しておいて、季節外の夏場に出荷することもあります」と売るための工夫も。地域の風土と気候を生かした露地栽培を行なっているため、品質のいいみかんを作るために、防除と肥料にも気を使います。とくに小原紅早生は栽培が難しいと言われる品種。時には失敗して落ち込むこともありますが、朱色に色づき味がうまくのったときの感動は大きいもの。あえて難しい品種に挑む面白さも感じているそうです。</p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2020/05/ka_nishi_5.jpg" alt="西口"/><p class="rassic">「夫が定年退職すれば、二人で作業ができます。そうなれば毎日手を加えられるので、今よりもっと効率的に栽培ができるはず。何より、気持ちが落ち着くと思います」と微笑む西口さん。一人で農業を営むのは難しいけれど、だからこそ助けてくれる人たちがいる。その喜びをかみしめながら、おいしい果物や野菜づくりに向き合っています。</p>]]></description>
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			  <title><![CDATA[小豆島・三都半島を柑橘の里にしたい／香川・小豆島　向井愛さん]]></title>
			  <link>https://rassic.jp/content/10120</link>
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			  <pubDate>2025-01-30 07:00:39</pubDate>
			  <description><![CDATA[<h2>パートナーの夢に便乗しました</h2><p class="rassic">3年前に地元・小豆島で新規就農した向井愛さん。おもに柑橘類を扱う実都農園を夫婦で営んでいます。島外の大学を卒業後は小笠原でホエールウォッチングガイドをしていたという珍しい経歴をもっています。小豆島にUターンしてからは農業生産法人に勤務し、そこで農業を志すご主人に出会いました。母方の実家が柑橘とキウイの農家だというご主人は、子供ながらに耕作放棄地が増え、農業の担い手が減っていく現実に心を痛めていました。「なんとかしたい、柑橘農家になりたい！と強い思いをもつ主人に便乗したんです」と、ブラッドオレンジが色づく畑で話してくれました。</p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2020/05/kagawa_mukai_1.jpg" alt="向井"/><h2>開墾からのスタート</h2><p class="rassic">三都半島にある大木がそびえる耕作放棄地を開墾するところから始まりました。当初、向井さんのご両親にはすごく反対されたそう。「農業では食べていけないぞ」「それでもやりたいの！」反対と説得を繰り返し、畑を開墾し始めた頃から徐々に手伝ってくれるようになり今は応援してくれています。畑を耕し始めると、いろんな人が声をかけてくれるようになりました。「誰が畑やってるの？」から始まり「あっちの畑でもやってみないか？」など親切にみなさんが声をかけてくれます。ある日、畑の隣に暮らす人がわざわざ電話くれて「イノシシが来てたみたいだけど畑は大丈夫？」と、気にかけてくれたときもあったり、温かい人が本当に多いんです。普及センターやJA、インターン制度で勉強していた時の師匠や地域の方に、教えを請いながら取り組んでいます。と向井さん。小豆島の暮らしやすさがうかがえます。</p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2020/05/kagawa_mukai_2.jpg" alt="向井"/><p class="rassic">柑橘は苗木からのスタートで、収穫まで年単位で時間がかかります。生計を立てるには比較的早く収穫できる野菜も並行していこうと始めてみると、柑橘とはちがう野菜栽培のおもしろさに気づきました。「柑橘の成育次第で量は変わるかもしれないけど、野菜も柑橘も両方やっていきたいです」と楽しそうに栽培中のものについて教えてくれました。JAへの出荷と直接販売する２つの方法をとっているので、いろんなお声を聞けるのが楽しいし励みになっています。昨年買ってくれた人が「今年もお願いしたい」とリピーターになってくれたり、クチコミで広がっていったり。「子供たちに安心して食べさせてあげられるものを作りたい」と、減農薬や無農薬のものを生産しているので、こだわりをもつ方からのお問い合わせも増えてきています。</p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2020/05/kagawa_mukai_3.jpg" alt="向井"/><h2>耕作放棄地を減らしたい！</h2><p class="rassic">現在、小豆島で農業をされている方も、あと20年もすればほとんどがリタイアされる世代です。その人たちが畑を手放せなければならないとき「向井に相談してみよう」と言ってもらえるような存在になりたい、としっかりした眼差しで島の農地の維持や発展について話してくれました。自分たちで開墾してみてわかったのは、畑が荒れるのはあっという間なのに再生するのはとても大変だということ。開墾していると近所のおじいちゃんがやってきて悲しそうに言うのです。「20年前はこんなに荒れるなんて思わなかった。山のずっと上の方まで段々畑があったのになあ」そういった声が減るように、少しずつ、少しずつでも畑を広げて再生に取り組み「次の代に繋げられるような形を作って後継者の育成に進みたい」という思いをもっています。まだ幼い二人の娘たちが「やりたい」と言ってくれたら理想だけど、ほかの人たちが手を挙げてくれたときに「できるよ！」と渡せる環境を作っておきたいんです。</p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2020/05/kagawa_mukai_4.jpg" alt="向井"/><p class="rassic">これからのプランについて聞いてみると、きらきらした笑顔で答えてくれました。「ブラッドオレンジを小豆島の特産のひとつにしたいんです。そして三都半島を柑橘の里にしたい！」ブラッドオレンジを知らない人も多いので、まずは自分たちがしっかり作れるようになることが目標です。「作ってみたい」という人が出てきたら「一緒にやりましょう！」と言えるようにしっかりとした生産者になっておきたい。実都農園のWebサイトは向井さんの担当。自分たちの想いを伝えるツールとしてSNSも利用しています。「収量が安定したらwebでの販売もできたら」と思いはふくらみます。「実都農園のものはなんでもおいしいね」と言われたらうれしい。まだまだひよっこだけど将来的には。ね！と頼もしいパートナーと顔を見合わせて、向井さんはとびきりの笑顔を見せました。柑橘から広がる、家族と島の未来を夢描いています。</p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2020/05/kagawa_mukai_5.jpg" alt="向井"/>]]></description>
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