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                      <title>rassic｜農を学んで食を知るちょっとおいしいwebマガジン</title>
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                      <description>rassicは農を学んで食を知るちょっとおいしいwebマガジン</description>
                      <lastBuildDate>Tue, 28 Apr 2026 08:53:50 GMT</lastBuildDate>
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			  <title><![CDATA[人にもイチゴにも 快適な環境をつくる／香川・三豊市　横山 千恵さん　]]></title>
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			  <pubDate>2025-04-15 04:00:36</pubDate>
			  <description><![CDATA[<h2>きっかけは「さぬきひめ」との出会い</h2><p class="rassic">結婚当初は横山さんも、ご主人も会社勤めでした。ご主人の実家は農家でしたが、お二人が就農する予定はなかったそうです。しかしご主人が、香川県オリジナル品種のイチゴ「さぬきひめ」をテレビで知り「これや！これをやりたい」と言い出したときからお二人の人生が変わることになります。</p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2021/03/yoko_1.jpg" alt="横山千恵" /><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2021/03/yoko_2.jpg" alt="横山千恵" /><p class="rassic">当時横山さんは、農業だけで生活できないのではないかと不安で就農を決めかねていました。考えが変わったのは応募で参加したバスツアーです。訪れたイチゴ農園で、「さぬきひめ」を食べて感動しました。「もともとイチゴを食べるほうじゃなかったのですが、そのときに食べたイチゴが本当に美味しかったんです。こんな美味しいイチゴを作りたい！と思いました」香川県で栽培が始まってからまだ数年のことでした。「さぬきひめ」は、甘味と酸味のバランスが絶妙で、果汁が多くみずみずしい食感です。鮮やかな赤色で形が可愛くケーキ屋さんにも引き合いがあります。</p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2021/03/yoko_3.jpg" alt="横山千恵" /><p class="rassic">横山さんが本格的に「さぬきひめ」の栽培に携わり始めたのは、ご主人が 1 年間農業研修を受けた後でした。当然横山さんは初めてのことばかり。JAや先輩農家の助言を受けながら試行錯誤を続けました。就農当初、一番大変だったのはパック詰めです。</p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2021/03/yoko_4.jpg" alt="横山千恵" /><p class="rassic">「粒の大きさごとに選別して向きを揃えながら詰めていくのですが、重量を合わせることには特に苦労しました。当時は、詰め作業用の重量判別機をまだ持っていなかったんです。家庭用の計量器だったので、1粒ずつ調整するのに時間がかかりました。またイチゴの果実はとても繊細です。少しでも力を入れ過ぎると傷つき出荷できなくなってしまうので、持つ力の加減が難しく、何度も失敗を重ねながら覚えました」。</p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2021/03/yoko_5.jpg" alt="横山千恵" /><h2>若い人のお手本になりたい</h2><p class="rassic">高齢化は進んでいるものの、西讃地域では県外から移住して農業を始める人や、地元で新しくイチゴ栽培を始める人もいます。横山さんは、若い移住者の見学や中学校の職場体験などを積極的に受け入れています。そして若い人のお手本になれるよう、自分たちが得た知識はどんどん伝えていきたいと考えています。「これからイチゴ栽培を始める若い人たちに楽しく仕事をしてもらえたらと思います。必要ない苦労はしなくていいですから」 。</p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2021/03/yoko_6.jpg" alt="横山千恵" /><h2>イチゴとともに自分の人生も輝く</h2><p class="rassic">横山さんのハウスは、イチゴも人も快適に過ごせる環境づくりを心がけています。まずハウス内には音楽が流れています。これは近所の小学校からオルゴールの音楽が流れてきたときに、イチゴも音楽聞いたら気持ちよく育ってくれるのではと思って始めました。また毎日の掃除は特に気を配り、清潔な環境を保っています。そしてハウスの一角には木製のテーブルと椅子が並べられた休憩スペースを設けています。</p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2021/03/yoko_7.jpg" alt="横山千恵" /><p class="rassic">「楽しくイチゴ作り！」をモットーにしている横山さん。楽しみながらイチゴ栽培を続けるにつれ、横山さん自身にも変化があったといいます。「もし会社員を続けていたら、変わらない人間関係の中で生きていたかもしれません。しかしイチゴ栽培を続けたおかげで、これまで出会えなかった人に会えることができました。本当にイチゴ農家になってよかったです」。前向きにイチゴ栽培に取り組むことで横山さん自身も輝く日々を送っています。</p>]]></description>
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			  <title><![CDATA[夫婦二人三脚で地域の魅力を高める 商品開発に取り組む／香川・三豊市　組橋 愛子さん　]]></title>
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			  <pubDate>2025-05-15 03:00:41</pubDate>
			  <description><![CDATA[<h2>「三豊市の果物」をお客様に直接届けること</h2><p class="rassic">組橋さんは「まるく農園」の名前で、みかんやキウイをショッピングモールの産直コーナーやインターネットを通じて販売しています。販売当初、香川県のみかんは県外の認知度が低く苦労することもありました。しかしお歳暮などの注文を受けて県外にも発送する機会が少しずつ増え、リピーターにも繋がっていきました。</p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2021/03/kumi_1.jpg" alt="組橋愛子" /><p class="rassic">みかんの箱詰めは組橋さんの仕事。現在は年間3000件分の箱詰めをひとりで対応しています。「出荷のピークは12月です。忙しさで頭が真っ白になるときもありますが、お客様から直接美味しかったという声が届くと丁寧に箱詰めしようと思います」。</p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2021/03/kumi_5.jpg" alt="組橋愛子" /><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2021/03/kumi_6.jpg" alt="組橋愛子" /><p class="rassic">農業は食の原点なのでお客様の声が近いとのこと。農園から直接販売しているため、責任とやりがいはひとしおです。</p><h2>「農家が農家のためにやる地域商社」を目指す</h2><p class="rassic">「箱詰めはもちろん、営業、販路の開拓まで全てやっています」と組橋さん。ご主人が代表を務める「みとよのみプロジェクト」にも携わっています。「みとよのみプロジェクト」は、三豊市にある農水産物の販売や商品開発を行い、一次産業の新しい魅力を発掘しています。行政などから援助を受けて立ち上げたこのプロジェクトは、将来的に三豊市の農家自身で経営していくことを目標にしています。</p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2021/03/kumi_3.jpg" alt="組橋愛子" /><p class="rassic">「先頭を切って三豊市の農業のために活動している夫を見ていると、私も頑張らなくてはと思います」と前向きな気持ちで取り組んでいます。</p><h2>夢だった食品加工にチャレンジ</h2><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2021/03/kumi_7.jpg" alt="組橋愛子" /><p class="rassic">栽培、出荷作業、農園の経営といった幅広いサポートを担う組橋さんには、食品加工をしたいという夢がありました。その第一歩として始めたのがキウイのドライフルーツ製造です。「運良くタイミングが重なりました。機械メーカーの営業の人が来たり、みとよのみプロジェクトで周囲の人たちがサポートしてくれたり・・・たくさんの人達の支えがあって、商品開発、販売まで実現できました」。</p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2021/03/kumi_2.jpg" alt="組橋愛子" /><p class="rassic">もちろん最初はメーカーの担当者に機械の使い方を教えてもらいながら、手探りの日々が続きました。「加工に適した熟度がいつなのか。その見極めが出来るようになることが最初の難関でした。キウイの個体差や季節などによって加減は異なります。試作を重ねてようやく、キウイを触ったら分かるくらいになりました。出荷時の選別経験がここで役に立ったと思います」。</p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2021/03/kumi_4.jpg" alt="組橋愛子" /><p class="rassic">多くの方との出会いが重なり、夢だった食品加工への道を踏み出した組橋さん。組橋さんのドライフルーツは現在県産品ショップなどで販売されています。今後は日頃からドライフルーツを求める方々に知ってもらえるよう、関西や首都圏を中心に販路を広げていきたいと話してくれました。</p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2021/03/kumi_8.jpg" alt="組橋愛子" /><p class="rassic">組橋さんのみかん畑の眼下には海が見えます。「ここは眺めがいいでしょう」と組橋さんの顔がほころびます。今後もこの三豊市で、ご主人と二人三脚で農業に取り組んでいきます。</p>]]></description>
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			  <title><![CDATA[ご先祖様が導いた４代目への道／三豊市・矢野志保美さん]]></title>
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			  <pubDate>2025-03-15 02:00:36</pubDate>
			  <description><![CDATA[<h2>家族の思いがひとつになって新たな道へ</h2><p class="rassic">香川県三豊市でレモンや中晩柑などの柑橘類を生産している矢野農園。経営するのは４代目である矢野志保美さんです。「柑橘を栽培する両親、祖父母の姿を見て育ち、収穫を手伝うこともあったとはいえ、まさか自分が経営することになるとは・・予想外のことでした」と話す矢野さん。6年前、お父様が亡くなられたときに姉妹で農園の今後についても話し合いました。「父が新たに手がけ始めていた圃場はさすがに手放そう・・」そんな話が出ていたところ、当時小学生だった息子さんが「それはやめて！とにかく続けてほしい！」とわんわん泣いて訴えたのだそう。そうは言っても、矢野さんはご主人の転勤に合わせて引越しを繰り返しながらの子育て中で、当時は岡山県に住んでいました。そして、家族で話し合った結果、母子で香川へ。ご主人は婿入りされ、週末は香川へ来て、農園の仕事を手伝うというかたちに落ち着きました。まさに家族一丸となって「矢野農園」の存続を決意されたのでした。</p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2020/05/ka_yano_1.jpg" alt="矢野"/><h2>全力で駆け抜けた６年間</h2><p class="rassic">失意の中、農園を継ぐことになった矢野さん。お母様が亡くなられた10年前から手伝うことはあったものの、「見て学べ。自分で考えろ」がモットーの父の側でやってきたことは、本当にごく一部だったのだと気付かされます。いわゆる「農作業」と「農園経営」は全く異なる知識・技術が必要でした。周りの方に聞きながら、試行錯誤を繰り返して歩んでこられたとのことです。その頃、農業改良普及センターから「みとよ若嫁ファーム」を発足するにあたり、入らないかと声がかかります。まだまだ気持ちにも余裕がない時期で、お断りするも「新規就農者が5人以上必要だから」と言われると断りきれず、所属することに。</p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2020/05/ka_yano_2.jpg" alt="矢野"/><p class="rassic">女性農業コミュニティリーダー塾など研修にも参加しながら農業経営の知識を学び、仲間とともにマルシェに出店するなど活動を続け、なんと今では「みとよ若嫁ファーム」の会長を任されているのです。「だまされたのよ〜」なんて笑ってお話ししてくださる矢野さん。農園を継ぐ立場も、会長の役割も、「この人に！」と思わせる矢野さんのお人柄が自然な流れを生み、さらには弛まぬ努力が積み重なり、実りに繋がっていることがわかります。</p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2020/05/ka_yano_3.jpg" alt="矢野"/><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2020/05/ka_yano_4.jpg" alt="矢野"/><h2>父の残したメッセージ「かんきつ物語」</h2><p class="rassic">矢野さんが一人で農園を運営できている秘訣は「リレー栽培」。9月末に収穫する「極早生みかん」にはじまり、日南の姫、日南、田口早生、ゆら早生、石地、寿太郎、西南のひかり、べにばえ、文旦、紅まどか、不知火、はるみ、河内晩柑、メイポメロ・・5月まで順次選手交代していくのです。一部は、夏場も摘果みかんを出荷しています。こうした通年出荷できるスタイルは、お父様が残されたメッセージ「かんきつ物語」そのものなのです。お父様は生前、いつでも柑橘類がある暮らしを願い「かんきつ物語」のイメージをお孫さんたちにお話しされていたのだそう。矢野さんも知らなかった「かんきつ物語」。息子さんが泣いて残してほしいと訴えたというお話にも納得です。大学生になった息子さんは圃場の柵を作ってくれたり、頼れる存在に。戸惑いながらスタートした「みとよ若嫁ファーム」も生産・加工など女性目線のノウハウを共有し、子育ての相談もできる女性ならではのネットワークとして、今では矢野さんにとっても欠かせない大切な存在になっています。</p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2020/05/ka_yano_5.jpg" alt="矢野"/>]]></description>
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			  <title><![CDATA[何も知らずに飛び込んだ農業の世界で、夢がふくらむこれから／香川・三豊市 吉田靖代さん]]></title>
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			  <pubDate>2024-04-15 02:00:35</pubDate>
			  <description><![CDATA[<h2>農家に嫁いで</h2><p class="rassic">農家に嫁いで夫と仲間に支えられ、香川のオリジナル品種を栽培している吉田靖代さん。これからも常にチャレンジしていく生き方を教えて頂きました。嫁いだ先がたまたま農家だったという吉田さん。香川県の西部、穏やかな海に面した仁尾町で柑橘とアスパラガスを栽培しています。実家が兼業農家だったので農業になじみはあったものの、どっぷりと身をおくのは結婚してからが初めて。「専門知識がなかったことが逆によかったのかも」とのこと。どうしてそう思ったのか理由を聞くと「身構えずに取り組むことができたから、上手くいけばすごくうれしい。失敗しても、こういうものなんだなとフラットな気持ちで向き合うことができたから」とこれまでを振り返りながら話してくれました。</p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2020/05/ka_yoshida_1.jpg" alt="吉田"/><h2>夫と仲間に支えられて</h2><p class="rassic">農業に携わるようになって約20年、それは夫婦2人3脚の歴史でもあります。これまで乗り切って来られたのは「積極的で向上心のあるタイプの頼もしい夫が引っ張ってくれたから。加えて地域の仲間も大きな支え」だと言います。当初、農家は周囲から孤立してしまうのかな？という不安を抱えていたそうです。しかし、周辺には柑橘を中心にさまざまな作物を育てている農家が多く、同世代の子どもをもつ女性も。「仕事のことや子どものこと、ちょっとした悩みでも気軽に話しやすい同世代の仲間は今も心強い存在です。年配の方も気にかけてくれるので本当にありがたい」と当初の不安は杞憂に終わったようです。</p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2020/05/ka_yoshida_2.jpg" alt="吉田"/><p class="rassic">栽培しているのは、近年注目を浴びているアスパラガスのさぬきのめざめ。2005年に香川県で誕生したオリジナル品種です。一般的に流通している品種と比べて、長く、根元まで柔らかいのが特徴。「目視で見えにくい害虫を見つけるのは経験者でもなかなか大変」とこぼしながらも「春先にぐんぐん育っているのを見ると喜びもひとしお」と手にかけてきた作物を収穫する醍醐味を語ります。冬から春にかけては、ミカン、レモン、不知火などの瀬戸内の気候を生かした柑橘類を栽培しています。</p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2020/05/ka_yoshida_3.jpg" alt="吉田"/><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2020/05/ka_yoshida_4.jpg" alt="吉田"/><h2>新しいチャレンジ</h2><p class="rassic">周辺では高齢化にともなって農地を縮小したり手放したりする農家もいます。「空いた農地を使ってみないか」という相談を受けて、これまで作付けを増やしてきました。これからは「子育てもそろそろ一段落。今後も続けていける範囲に調整したい・・・それにね」と吉田さんは続けます。「アボカドの栽培に興味があって詳しい人に聞きながら始めてみているの。ほかにも栗も植えてみたいねと夫と相談しています。趣味の域にとどまるかもしれないけど、やってみたくて」と楽しそうに今後について話してくれました。地域の仲間とのコミュニケーションを大切にし、夫妻で力を合わせて無理なく続けてきた吉田さん。それはこれからも変わりません。ライフステージや自分の興味に合わせて、仕事の幅や内容を調整できるのも農業のおもしろさのようです。</p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2020/05/ka_yoshida_5.jpg" alt="吉田"/>]]></description>
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			  <title><![CDATA[時間をかけて丁寧に　お客さんの笑顔のために作られた梨/香川・三豊市　宮﨑和代さん]]></title>
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			  <pubDate>2024-09-01 02:00:01</pubDate>
			  <description><![CDATA[<h2>きめ細やかさが必要とされる梨作り</h2><p class="rassic">「わあ、大きい梨！」この日香川県三豊市にある梨農家、宮﨑和代さんの農園を訪れると、赤ん坊の頭くらいはありそうな梨が、たわわに実っていました。この梨は、愛宕梨（あたごなし）という品種。10月から11月頃に収穫時期を迎え、大きいものでは優に1㎏を超えます。宮﨑さんいわく、1ヶ月くらい追熟させると、もっと甘くおいしくなるのだとか。そのため、購入後に大事に保存し、お正月に家族みんなで味わうお客さんも多いそうです。</p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2020/05/kagawa_miya_1.jpg" alt="宮崎"/><p class="rassic">宮﨑さんの営む「平和農園」では、愛宕梨をはじめ、幸水やあき月といった10種類の梨と、ジャムなどの加工品を生産しています。「梨一玉できるまでに、10回以上も人の手が必要なんですよ」宮﨑さんがそう話すとおり、梨作りには、多くの手間と、きめ細やかな作業が不可欠。「梨の実は風でそよいだ葉で傷ついてしまうくらい繊細なので、一玉、一玉専用の袋を被せてあげないといけないんです。他にも、たい肥をあげて、草刈をして、剪定をして。一年中大忙しです」日本人には馴染みの深い梨。私達は、時期がくれば自然と実をつけるものだと、ついつい錯覚してしまいがちです。「当たり前のおいしさは、誰かの毎日の積み重ねによって生まれている」、宮﨑さんのお話を聞いて、思わずはっとさせられました。</p><h2>ずっと見てきた両親の背中とお客さんの笑顔</h2><p class="rassic">宮﨑さんの農園に梨の木が植えられたのは、約20年前。それまで田んぼだった土地を梨農園にしようと、宮﨑さんのご両親が一念発起されました。しかし、「桃栗三年柿八年」という言葉があるように、果樹が実をつけるまでには大変な時間がかかるもの。当然、宮﨑さんの梨も、一朝一夕で今の状態になったわけではありません。「梨の木が実をつけるようになるまで大体5年、成木になるまでだと10年はかかるんです。特にうちの場合は、元々田んぼだった土地に植えたので、水はけをよくして、土を柔らかくしないといけなかったんですね。土壌の改良にすごく手間と時間がかかりました」</p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2020/05/kagawa_miya_2.jpg" alt="宮崎"/><p class="rassic">「自分の子どもに安心して食べさせられるような梨を目指して、当初から除草剤も化学肥料も使わずに、有機肥料で育てています。その分、どうしても手作業は増えてしまうのですが、安心安全なものをお客様に食べてほしいという想いをずっと大切にしています。」元々会社員だった宮﨑さん。そんな宮﨑さんが、ご両親の農園を継ごうと決断したのは、今から約9年前のことでした。「こだわって一生懸命やっている両親を見てきたので、この農園をなくしたくないなって思ったんです。その頃から徐々にお客さんも増えだしたので、その期待を裏切れないという想いもありました」</p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2020/05/kagawa_miya_3.jpg" alt="宮崎"/><p class="rassic">そこから宮﨑さんは、ご両親の下で農業について学び、今では「ここの梨しか食べられない」と、お客さんに言ってもらえるまでになりました。「農業って心が折れそうになることもあるんですけど、実をつけた時の喜びとか、楽しみにしてくれているお客さんの顔には、それを上回るものがありますね」見続けてきたご両親の背中と、お客さんの笑顔。その2つを胸に、宮﨑さんは今日も梨作りに励みます。</p><h2>夢は大きく　ゆっくりと着実に</h2><p class="rassic">宮﨑さんは、三豊市の女性農家で結成された「みとよ若嫁ファーム」に所属しています。イベントなどで三豊市の農作物をPRしており、最近では、「三豊市の名産品を作ろう」という話も持ち上がっているのだとか。農家のみならず、行政、企業とも力を合わせていければと考えています。さらに、宮﨑さんは、こんな話もしてくれました。「将来、収穫だけじゃなくて、そこに至るまでの農作業も体験できるような観光農園を作りたいですね。土に触れて、自分達が食べているものがどうやってできるのか、子ども達にきちんと知ってもらいたいんです」</p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2020/05/kagawa_miya_4.jpg" alt="宮崎"/><p class="rassic">どうやら、宮﨑さんの目標は、周りの人達にも、何かが還元されるようなものばかり。より多くの人を幸せにしたいと思えば、自然と目標も大きくなっていくのかもしれません。「もちろん、名産品も観光農園も、一からスタートするので時間はかかると思います。でも、できることを少しずつ進めて、徐々に形にしていくことができれば良いんです」ご両親がそうだったように、宮﨑さんも自分の目標に向けて、ゆっくりと、着実に歩を進めています。数年後、数十年後、宮﨑さんという木は、一体どんな実をつけるのでしょうか。</p>
<img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2020/05/kagawa_miya_5.jpg" alt="宮崎"/>]]></description>
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