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                      <title>rassic｜農を学んで食を知るちょっとおいしいwebマガジン</title>
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                      <description>rassicは農を学んで食を知るちょっとおいしいwebマガジン</description>
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			  <title><![CDATA[西尾園さんの「家族の絆の深さ」と「代々受け継がれてきた技術力」を生かした、らっきょう作り／西尾園　西尾祥幸さん]]></title>
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			  <pubDate>2024-05-15 02:00:10</pubDate>
			  <description><![CDATA[<h2>見渡す限り広がる、らっきょう畑</h2><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2022/03/rakkyou_nishioen_1.jpg" alt="福部町の西尾園" /><p class="rassic">「見渡す限り、一面らっきょう畑なのはこの辺りぐらいです。」そう遠くを見ながら話してくれたのは、らっきょう農家である西尾園の西尾祥幸さん。</p><p class="rassic">鳥取砂丘の砂の美術館の脇の道に入ると、「らっきょう畑」と標識に書いてあります。その道を少し走ると、緑の細い葉がぴょんとはねたらっきょう畑が見渡す限り広がっていました。見えるのは、青々としたらっきょう畑と、道と、遠くにうっすら見える海。そして砂丘で人気者のラクダもいます。</p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2022/03/rakkyou_nishioen_2.jpg" alt="西尾園西尾さん" /><p class="rassic">農家さんにお会いすると、ここは〇〇の畑で、隣は〇〇で、と何種類かの野菜を同時に育てている方が多く、これだけ一面に同じ野菜が育てられているという光景をみる経験はありませんでした。それだけ、砂丘で作物は育てることは難しく、その厳しい環境でも強く育つのは、らっきょうくらいなのだと西尾さんは教えてくれました。</p><p class="rassic">元々、砂丘の土地は、戦後に軍から払い下げられた土地でした。「ここで何を作ったら育つだろう」と考え、当時は桃などを育てて見たそうです。今もその名残で桃を作っている農家さんもいらっしゃるそうですが、らっきょうがこの砂地には合う、とらっきょう作りが盛んになっていきました。そして、この鳥取市福部町のらっきょうは「砂丘らっきょう」と呼ばれるようになり、この地の特産品となっていきました。</p><h2>鳥取砂丘で作られたらっきょうの特徴は</h2><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2022/03/rakkyou_nishioen_3.jpg" alt="西尾園のらっきょう" /><p class="rassic">鳥取のらっきょうの特徴は、真っ白なその色と、シャキッとした食感。これはここでないと作れないと西尾さんは言います。その色と食感を作り出しているのが、きめ細やかな砂地のおかげなのです。</p><p class="rassic">ですが、この砂地はとてもやっかいで、栄養が少なく、水通しが良すぎるとのこと。１０キロ肥料を入れても７キロ流れていってしまうそうです。しかし、流れるからといって肥料や水をあげないわけにはいかず、ほどよくいれてあげ、雑草を抜いてあげ、砂が風でかかってしまったら埋もれた部分を出してあげて、と収穫までいろいろな手入れを重ねます。</p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2022/03/rakkyou_nishioen_4.jpg" alt="福部町西尾さんのらっきょう畑" /><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2022/03/rakkyou_nishioen_5.jpg" alt="福部町西尾さんのらっきょう畑" /><p class="rassic">らっきょうは、植え付けの時からとても大変な野菜で、７月２５日頃から８月２０日頃までと一番暑い時期に、中腰になって一つ一つ手で植えていきます。西尾さんのところは１３、４人ほど植え付けの時に手伝ってくれる人が来てくれるそうですが、３日あたりで続けられる人、続けられない人と分かれるといいます。</p><p class="rassic">１０月から１１月上旬ころまで、らっきょうの花が咲きます。みなさん、らっきょうの花は何色かご存知ですか？紫色なんです。一面の紫色の花は圧巻で、観光客の方が見にこられるほどにきれいなのだそうです。その時期にまた訪れたくなりました。</p><p class="rassic">そうしているあいだにも、人件費や時間をかけて雑草を抜く日々が続きます。この作業をしないと肥料が雑草に持っていかれて、大きくならなかったり味が落ちたりします。手間暇をかけ、丁寧に育てられたらっきょうは５月２５日〜６月２５日ころ１０ヶ月の時間を経て、ついに収穫・出荷されます。</p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2022/03/rakkyou_nishioen_6.jpg" alt="西尾園根付きらっきょう" /><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2022/03/rakkyou_nishioen_7.jpg" alt="砂丘らっきょう収穫" /><p class="rassic">収穫されるらっきょうはなんとコンテナ１２００杯ほど。収穫したらっきょうを葉の部分、根の部分を切る作業があるのですが、その作業は４０人もの人の力を借りて出荷作業を行います。次の植え付け作業は７月２５日ころ、ということで出荷から植え付けまで１ヶ月ほどしかなく、らっきょう農家さんにとって５月から８月の３ヶ月間は目が回るほどの忙しさなのです。</p><h2>西尾園さんの強み</h2>
<p class="rassic">「会社員の方が楽でしたよ」と話す西尾さん。</p><p class="rassic">西尾さんは、以前は会社員として働いていましたが、ある日、1人で切り盛りしていたお父さんの体調が悪くなり、戻るか、西尾園がなくなるかという選択を迫られました。「いずれは農業に戻る」という気持ちも心の中にありましたが、いろいろと考えた結果、会社を辞め、２００２年４月から就農することを決めます。半年後、西尾さんが会社を辞め実家に戻ったことを知った弟さんも就農することとなり、家族揃って新しい体制になった西尾園を２０年近く、盛り上げてきました。</p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2022/03/rakkyou_nishioen_8.jpg" alt="西尾園西尾さん" /><p class="rassic">農業を継ぐ際に、先代が亡くなられてから就農される方もいる中で、ご両親と一緒に仕事することができることで、技術の伝承の面での有難さや、やりやすさがあったと西尾さんはおっしゃいます。また、家族経営ならではの密なコミュニケーションにより、円滑に仕事を進めることができるなど、強みを生かしたらっきょう作りをされています。</p><p class="rassic">今後について伺うと、「うちだけ、というより他の農家さんとらっきょう作りはこんなにやりがいがある！と地域で盛り上げていきたいという気持ちがあります」と笑顔でおっしゃっていました。鳥取砂丘で作られたものでしか味わえない、シャキシャキのらっきょう。その味は何代にもわたって、多くの人の手がかけられ、今も大事に守られて来ています。</p>]]></description>
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			  <title><![CDATA[「人」が支え、「手」がつなぐ、福部の砂丘らっきょう／鳥取砂丘・岡野農園　岡野　巧さん]]></title>
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			  <pubDate>2025-06-01 01:00:08</pubDate>
			  <description><![CDATA[<h2>福部の砂丘らっきょう</h2><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2022/03/rakkyou_okanonouen_1.jpg" alt="福部町らっきょう収穫" /><p class="rassic">鳥取県の北東、海沿いにある「鳥取市福部町」は、見渡す限りのらっきょう畑が自慢です。5月下旬の福部町にはカタカタカタカタカタ・・トラクターの音が広大ならっきょう畑に響きます。畑の向こうには青い海、どこまでも続くらっきょうの葉の緑、あちこちに積まれたオレンジ色のコンテナ。</p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2022/03/rakkyou_okanonouen_2.jpg" alt="福部町岡野農園" /><p class="rassic">らっきょうの匂いがふわっと風に乗ってやってくるこの景色は、鳥取の宝とも言えそうな美しさです。鳥取県は全国１位を誇るらっきょうの産地ですが、鳥取砂丘のらっきょうにはどんな特徴があるのでしょう。野菜作りの要は土壌と言われるように、畑の砂が要なのです。</p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2022/03/rakkyou_okanonouen_3.jpg" alt="鳥取砂丘" /><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2022/03/rakkyou_okanonouen_4.jpg" alt="岡野農園の砂丘らっきょう" /><p class="rassic">畑の砂はキメが細かく、水はけが良いため、らっきょうの実の層が薄くなり、シャキシャキとした歯ごたえが生まれます。また、土で育ったらっきょうに比べ、色が白くスッと細身で上品な姿も自慢です。毎年5月20日頃にらっきょうの収穫が解禁され、6月下旬あたりまで収穫作業が続きます。岡野農園の1日の収穫量はなんと、コンテナ180杯分。オレンジ色のコンテナに岡野農園の「お」の文字が光ります。</p><h2>最高の仕事道具は、らっきょう生産に関わるすべての人の「手」</h2><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2022/03/rakkyou_okanonouen_5.jpg" alt="岡野農園らっきょう収穫中" /><p class="rassic">「とりあえず見てごらん。」鳥取砂丘・岡野農園の岡野巧さんの畑で、早速収穫作業を見せていただくことになりました。トラクターの後ろにコンテナが5つ積まれ、準備OK！トラクターが動き出した途端に砂の中のらっきょうが跳ね上がり、ポンポンとおもしろいようにコンテナに入っていきます。</p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2022/03/rakkyou_okanonouen_6.jpg" alt="福部町のらっきょう" /><p class="rassic">よく見てみると、畑は緑色の葉っぱがすべて刈り取られています。つまり、収穫前にまずは葉の刈り取り作業があるということ。そして二人の従業員さんがコンテナの後ろについて進み、らっきょうがバランスよくコンテナに入るように手を入れたり、足元に掘り残しがあれば手で拾い上げてコンテナへ。決してトラクター任せの収穫ではないのです。</p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2022/03/rakkyou_okanonouen_7.jpg" alt="岡野農園らっきょう" /><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2022/03/rakkyou_okanonouen_8.jpg" alt="岡野農園らっきょう収穫コンテナ" /><p class="rassic">収穫後、夕方にはコンテナが次々とトラックに乗せられ、根と茎を一粒ずつ切る「切り子さん」のところへ向かいます。福部町内など近場はもちろん、佐治町など離れたエリアへも運び、掘り立てのらっきょうと入れ替えに前日預けたらっきょうを受け取るという毎日。そして驚くことに、らっきょうは植え付けから収穫まで10ヶ月もの間砂の中にいるのです。植え付けは種用のらっきょうをひと玉ずつ田植えのように手で埋めていくのだそう。植え付けから収穫・出荷まで、らっきょう生産に関わる人の数に驚かされ、そして何よりも重要な仕事道具が「手」であることを実感します。</p><h2>岡野農園三代目の誇り</h2><p class="rassic">らっきょう農家の子は収穫の手伝いをして育ったという方が多い中、岡野さんは「全然手伝わなかったですねえ。」と笑っておっしゃいます。「若い頃は当然継ぐ気もなかったから、親には少しずつ規模を縮小していって。」と話していたというから驚きます。そんな岡野さんに転機が訪れたのは20代半ば。お母様が怪我をされ、仕事を休職して生まれて初めてらっきょうの収穫をした年のことです。その時に感じた「あ、イヤじゃないかも・・」という感覚。そして、その年の収量、収支などの記録を目にしたときの「これ、頑張ったら儲かるんじゃないか！？」というひらめきから、三代目として岡野農園を継ぐことに。</p><img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2022/03/rakkyou_okanonouen_9.jpg" alt="岡野農園岡野さん" /><p class="rassic">25年たった今では朝夕に組合の仕事もあるという多忙な日々を送りながら、「最近やっと人に任せることを覚えたかな。自分が健康でないと長く続けられないなって思うようになったんで。」とおっしゃいます。後継者問題は当然らっきょう農家全体の問題でもあり、200軒近くあった農家が今や70軒くらいになっているそう。「えらい（大変な）とこばっか見せてたら、そりゃやりたくなくなるよね。こうやったら儲かる！とか、希望を持てるようなことも伝えていかないとね。」岡野農園の繁忙期は10年通い続ける従業員さんたちに支えられ、さらに今年は20年ぶりに戻ってこられた方もいらっしゃいます。まだまだ人の手を借りなければ成り立たないらっきょう栽培、岡野さんのお人柄こそが、岡野農園のらっきょう生産の原点なのです。</p>
<img src="https://rassic.jp/wp/wp-content/uploads/2022/03/rakkyou_okanonouen_10.jpg" alt="岡野農園の仲間たち" />]]></description>
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