静岡県浜松市の加藤醤油さんを訪ねました
風情ある木造りの蔵に一歩足を踏み入れると、やわらかい醤油の香りと荘厳な杉の桶が出迎えてくれました。静岡県浜松市中区寺島町にある「加藤醤油」さんをたずねました。昭和25年創業の「加藤醤油」ご主人の虎岩博之(とらいわひろゆき)さんは四代目蔵主。脈々と受け継がれるのは、すべて手作業で行う麹菌の培養と、心の込もった醤油づくりです。
「醤油づくりの要になるのが、元気な麹菌(コウジカビを中心とした微生物)の培養です。麹菌は繁殖するときに熱を出しますが、温度が高くなりすぎると自らの熱で死滅してしまいます。最近では、大量の麹菌を機械で温度管理をしながら繁殖させていく、という醤油屋さんが多いですね。そういった製法は効率的ですが、大量生産しやすい平均点の麹しかできません。私たちが目指すのは、100点満点の麹。熱を逃がすための『手入れ』といわれる混ぜ合わせ作業も、昔ながらの方法で、すべて手作業で行っています」
手作りの醤油を仕込む手順
‐醤油の仕込みの手順を教えてください。
「私たちの醤油の原材料は、小麦と大豆と塩のみ。煎った小麦と蒸した大豆に、種麹とよばれる麹菌の胞子をふりかけます。麹蓋(こうじぶた)とよばれる浅い箱に移し、温度30℃湿度70%に設定された麹室(こうじむろ)で『手入れ』をしながら、4-5日間麹菌を繁殖させます。胞子が舞うほどに充分繁殖した麹菌は、このような緑色をしています」
「次に、麹と塩水を合わせて、約1年発酵・熟成させます。寝かせている状態を もろみ と言って、この間に麹菌が大豆と小麦を分解しながら醤油の旨みを作り出していきます。その過程でガスが出るので、週に2-3回ぐるぐると撹拌(かくはん)します。人間にできるのはここまで。あとは麹菌の仕事です」
日本人の健康を守ってきた歴史と食文化を次の世代へ残したい
-醤油だけでなく、味噌も作られていて、特に味噌作り講座は大人気だそうですね。
「はじめは年配の方が多かったのですが、最近では若い女性が増えています。この間も助産師さんと若いお母さんのグループが赤ちゃん連れで来てくれたりと、とてもにぎやかですね。あとは小学校の課外授業で味噌作りに来てくれる学校も年々増えています。作るだけでなく、半年後の調理実習で、できたお味噌を使ってお味噌汁を作るそうです。お味噌汁が苦手な子も、自分で作ったお味噌だと、おいしいおいしいと飲むそうですよ」
-それは素晴らしい授業ですね!食の安全への関心が高まる中で、本物の味を求め、「食が身体を作る」というルーツに戻る人が増えているのでしょうね。
「昔から、蔵人は風邪を引かない、なんて言われますが、蔵に充満する菌に身体が守られているな、と日々実感します。最後に風邪を引いたのもいつだったか思い出せないくらい(笑)。今では菌というと嫌われものですが、菌と一緒に暮らすという自然の摂理から離れてしまったことで、昔はなかったアトピーやアレルギーなどの病気が増えてしまったのかもしれません。日本人が古くから口にしてきた醤油や味噌などの発酵食品が、実は長い歴史の中で、日本人の健康を守ってきた。その歴史と食文化を次の世代へ残したい、という思いで作っています」
虎岩さん一家の誠実な思いと、ていねいな手仕事で作られた醤油は、豊かな甘みのある香りと角のない塩気でやみつきに。この醤油と白いご飯があれば、日本人のDNAが思わずにっこり微笑んでしまいます。
写真・文:岡本淳子(Aisha Beaute)