申年の梅は縁起が良いって本当!?
「申年の梅は、縁起が良い」「申年の梅干しを漬けると良い」このような言葉を聞いたことがありますか?
申年に採れる梅は、昔「申梅(さるうめ)」と呼ばれ、縁起の良い食べ物とされてきました。そのように言われるようになった由来は、なんと平安時代までさかのぼります。流行り病が大流行したとある申年、当時の天皇(第62代村上天皇)が梅干しを食べて病を治したとのエピソードが言い伝えられているのです。また、江戸時代のある申年にコレラが流行った時、梅干を食べていた人は感染を免れた・かかっても無事だった、飢饉の年(こちらも申年)に梅の栽培がさかんな紀州藩では犠牲者がほとんど出なかった等の逸話もあります。他にも、申年には天変地異が起こることが多く、そのため梅が不作となり、申年の梅=貴重品との説や、申年=去る年の語呂合わせで「病気や災難が去る」と縁起を担ぐ説も。このように、梅は古来から健康に良い食品、また民間薬として重宝がられていたのですね。
梅干しの歴史
梅の原産地は中国であり、中国最古の薬物学(本草学)書である『神農本草経(しんのうほんぞうきょう)』にも効用が書かれています。日本には3世紀の終わり頃に伝来されました。日本最初の漢詩集と言われる『懐風藻(かいふうそう)』に収められている五言詩に「梅」の表記があり、これが「梅」と表記された、日本における最も古い文献であると言われています。当初は、桃やあんずと同様に、果物として、またお菓子に加工して食べられていたようです。その後、梅を食べると体調が良い等、梅を口にした人たちが自らの体験から梅の効用に気づき、梅を一年中食べられるよう塩漬けで保存するようになったのが、梅干の始まりだとか。平安時代を経て戦国時代には兵糧食として重宝がられ、江戸時代に入ると貴族や武士だけでなく庶民の食卓にも上るようになりました。この頃になると、町では「梅干」が商品として流通するようになり、紫蘇漬けや砂糖漬けなどバリエーションも増えました。
12年に1度の申年、梅干作りに挑戦してみよう
梅の特産地のひとつ、和歌山県田辺市の梅の着果調査の結果は平年並み、今年の梅も順調に生育しているそうです。古来から長きに渡り、健康を支える保存食として重宝がられてきた梅干し。申年がやってくるのは12年に1度のこと。この機会に、縁起物の「申年の梅」で梅干作りを楽しむのも良いですね。