高知県の農業担い手育成センターで学んだ農業の基礎
織田康嗣さん茜さん夫妻が暮らしているのは、高知県中西部にある佐川町。康嗣さんは高校卒業後、大阪で音響関係の仕事をしたのち東京へ。そして東京で働いていた茜さんと出会い、2人は結婚を機に康嗣さんの故郷である高知県で暮らすことにしました。
康嗣さんの実家は水稲と生姜を扱う農家。「父は平日サラリーマンをしていたので高知市内に住まいがあり、週末になると佐川町に行き、祖父といっしょに働く兼業農家でした。サラリーマンとして働く父はとても大変そうで、農業をしているときのほうが、泥に汚れながらもとても活き活きとして映り、いつしか自分もサラリーマンではなく農業をしたい」と康嗣さんは考えるようになります。
康嗣さんが高知に戻り農業を始めることを知ったお父さんから、まずは基礎をきちんと学ぶようにと高知県立農業担い手育成センターのパンフレットを渡されます。いくつか他にも学べるところはありましたが、お金がかかる学校のようなところだったので、研修先に高知県立農業担い手育成センターを選びます。
茜さんもいずれはいっしょに農業をやるのかなって思っていたので、研修には夫婦で参加することにしました。「いつもいっしょにいられたので楽しかったね。」と茜さん。「ずっといっしょなのでけんかもたくさんしたけどね、それも楽しかったね」と康嗣さん。「今までデスクワークしかしてこなかったので、研修中に圃場を歩いただけで翌日筋肉痛になってしまった」と話す茜さんも今では少し農業に身体が慣れてきた様子でとても楽しそうです。
トマトと寝て、トマトを選ぶ
農業担い手育成センターでは、トマト・きゅうり・ナス・ピーマンなどいろいろな品目を学びます。研修がある程度進み康嗣さんはトマトがやりたいなと思うようになりました。その気持ちを相談したところ、栽培から収穫まで5アールのトマトを全部任せてもらえたそうです。
任せてもらえたときはびっくりしましたが、とてもうれしかった。通常は就農する品目が決まった人からその品目に固定になりますが、栽培全部までは任せてはもらえません。フルーツトマトは水加減でトマトにストレスをかけていくので、ひとりでやらないと栽培方法がわからないからだそうです。
「実は、研修中にトマトと寝たことがあるんです」と話す康嗣さん。
それも真夏だったので気温は36℃~37℃にもなるハウスの中で5~6時間。スポーツドリンクを持って、土の上に寝転んでじっとトマトを下から見続けました。下から植物を見るということはないので、全然違う角度から見ることで、トマトをやろうか・・・自分の気持ちをじっくりと確かめました。もちろんトマトと寝て品目を決める人は他にはいません。でもそれが康嗣さんのひとつの選択だったのです。
田舎暮らしが支える、新しいスタート
現在、康嗣さんはトマトのハウスを新設したばかり。これから土を耕し整えて、8月に定植し11月頃から収穫をしながら旬である1月~2月までにトマトの味を調えていきます。建てたハウスはとても背が高く大きなタイプで、農業担い手育成センターで使っているものと同じ環境制御型です。環境制御とは栽培方法の技術で、温度の管理やミストでの湿度管理と炭酸ガスでトマトの生育をトータルで管理する仕組みになっています。
このハウスでトマトを育てるための準備をしながら、畑からすこし離れた樹々に囲まれた高台の集落の中に家を借りて織田さん夫妻は暮らしています。夏はクーラーがいらないぐらいとても涼しく、周りで暮らすみなさんはちょっとした畑でなにかを作っていて、育てたものをおすそわけしてもらえ、それで旬を知ることができたそうです。いただいたら自分もなにかでおかえしをしながら暮らす良さや地域のみなさんの温かさが感じられます。
取材中、「ここは空がきれいですよね」と茜さん。いっしょに空を見上げて、本当にきれいな青空だなと眺めていると、そっと茜さんが「実はトマトがわたしは苦手で、康嗣さんが育てる品目をトマトに選んだときはとまどいがあったんです」と笑いながら教えてくれました。
茜さんの笑顔から今は新しく建てたハウスでいっしょにトマトつくりをすることを楽しみにしていることが伝わってきます。何年か先にはハウスの数も増やしてトマト農家として経営が軌道にのってきたら、趣味で果樹も育てたいねと話すご夫婦の様子が印象的でした。