養豚業から牛の肥育へ
香川県さぬき市でご主人とともに牛の肥育と和牛繁殖を行う芳竹作知さん。芳竹さんは宮崎県で養豚業を営む家に生まれ、中学生の頃には農業に携わりたいと思っていた。といいます。東京農業大学で農業や畜産について学び、卒業後は地元宮崎県で両親と一緒に養豚業に奮闘していました。いつもの日常が一変したきっかけは2010年に宮崎県南部を中心に発生した口蹄疫。芳竹さんの農場にも出荷制限がかかり、厳しい現実に直面しました。そんなとき、大学の同級生だったご主人にも相談しながら、芳竹さんは養豚業を頑張り続けました。
その後、ご主人とのつながりが良き縁となり、家族の後押しもあってご主人のいる香川県へ嫁ぐことになります。ご主人の実家は肉牛の肥育が主な仕事。大学卒業後に首都圏で農業に携わりご主人も結婚の1年ほど前にUターン。二人そろって新たなスタートを切りました。
肥育から繁殖へ業態をシフト
あれから、9年。現在、芳竹さん夫婦が力を入れているのは和牛の繁殖。一昨年に二人で人工授精の資格を取り、翌年から実際にはじめました。「自分たちで種付するのはなかなか難しいけど、そこから生まれてくる子は本当にかわいい」と顔をほころばせます。もともと行なってきた肥育は、ご主人のご両親が中心となり続けています。
資格を取って新しいことにチャレンジすることに不安はなかったのか尋ねると、「今は子牛の導入コストがとても高いんです。採算を見ていくとこのままでは赤字になってしまう。繁殖で生まれた子牛を育てて出荷すれば飼育のコストは抑えられますし、子牛は収支が安定しやすいですから」とご主人が酪農業界の事情を教えてくれました。「経営的に安定したら、肥育まで考えたい」まずは繁殖して子牛を出荷するのがスタートです。と教えてくれました。
困った時には地域の農業委員の方に相談したり、先輩方にアドバイスをもらえる環境があるそうで、周りの温かさに芳竹さん夫妻のモチベーションは支えられています。
母親だからできること
人工授精から生まれた子牛の担当は芳竹さんです。「食欲旺盛な子にミルクを少し多くあげるとお腹を下してしまったり、それが長引くと食欲不振になったりします。かわいいからってあげすぎちゃいけないんですよ」とまるで自分の子供の面倒を見るように話してくれました。日々の気温やミルクの量一つでは変わってしまう子牛の体調。作業の中でも一番気を使うところなのだそう。二児の母でもある芳竹さんだからできる気配りや観察力があるのでしょう。「僕が気づけないようなことに気づいてくれる。母性や女性の細やかさがなせることなのかなと思います」とご主人も芳竹さんの観察眼を頼りにしています。
繁殖に業態変えすると言われた時は不安ばかりだった、と当時を振り返る芳竹さん。「資格試験の勉強できるかな? 自分たちでちゃんと種付けできるかな?」と次から次へとわいてくる悩みごと。「主人に『やるしかない!』と励まされてなんとかやってこれました」と笑顔を見せます。
これからは食育の機会を作りたい、と今後についても意欲をみせます。「わたしが子供の時には、実際に育てた豚を家族で食べて『おいしいね』と命の大切さを学ぶ機会ありました。だから、自分の子供にも身近に牛がいる環境で『わたしたちが育てている牛だよ』と言って食べてもらいたい」現状では難しくても、将来的に業態を拡大させて肥育までの一貫経営ができれば、それも可能になります。
これまでと同じ方法が通用しない、というのはどの業界も共通の課題です。その時の世の中の流れやニーズを読み解いて、アクションを起こさなければいけません。「だから今後も二人で試行錯誤しながら牛飼いを続けていきます」大変なことはたくさんあるけど、動物が好きだからこれからも続けていける。芳竹さん夫妻の愛情を受けた子牛たちが、ここですくすくと育っています。